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顔合わせ当日。
ダリアは城の一室へ通され、城のメイドたちの手によって着飾られていた。
ブレーデンからは「身一つで来い」とだけ言われていたため、まさかここまで手厚く迎えられるとはダリアは思ってもいなかった。
部屋へ入るなり湯浴みに案内され、全身を丁寧に磨かれた。
おかげで肌は見違えるほどなめらかになり、髪には艶が宿った。
そして感心する暇もなく今度は化粧と髪を整えられ、気づけば上品なドレスまで身にまとっていた。
こんな贅沢な施しをされたのは生まれて初めてだ。
ブレーデンによると、これもジョシュアの礼の一つらしい。
ただあまりにも普段と違う装いに、ダリアは落ち着かない。そわそわとしながら、ブレーデンの迎えを待った。
(それにしても、どうしてあの人と一緒に行かなきゃいけないのかしら…)
これもブレーデンから「迎えに行くから待ってろ」とだけ言われている。
(側近なんだから、殿下の側にいなきゃいけないんじゃないの?)
慣れない環境に落ち着かず、ダリアはついブレーデンへの文句ばかりが頭に浮かんでしまう。その時、ノック音が響いた。
ダリアが返事をすると、扉が開く。
「すまない、遅くなった」
そう言ってブレーデンが入室してきた。
彼も今日はいつもの騎士服ではなく、儀礼用の礼装に身を包んでいた。
ダリアが顔を上げると、ブレーデンと目が合った。
するとブレーデンの動きが止まり、一度だけダリアの頭の先から足元まで見たのが分かった。
「どこかおかしいですか…?」
「いや、問題ない。とても綺麗だ」
まるで空が青いとでも言うような口調でさらりと言われ、ダリアは目を瞬かせた。
「それって褒め言葉ですか?」
「そうだが?」
即答され、ダリアは呆れてしまう。
ブレーデンのことだ。社交辞令などではなく、本当に思ったままを口にしたのだろう。
なので本来ならば、喜ばしい言葉のはずなのだが。
(何かしら…もう少し言い方ってものがあるでしょうに)
そう思いつつも、ダリアは「…ありがとうございます」と感謝を述べたのだった。
部屋を出ると、ブレーデンが片腕を差し出した。どうやら会場までエスコートしてくれるらしい。
ダリアは一瞬躊躇した。関係性のない男女が腕を取って、大勢の目がある場所へ向かっていいものなのか。
「どうした?」
しかしブレーデンは至って普通の様子で、ダリアを待っている。
(この人、私が立ち上がる時にも必ず手を差し出してくれるし…こういうエスコートも、騎士として当然なのかもしれない)
ダリアは恐縮しながらも差し出された腕に手を添え、ブレーデンと共に謁見の間へと向かった。
「私の家族はもう到着していましたか?」
「分からない。準備で慌ただしかったから、会場内はまだ見れていないんだ」
「でしたら、わざわざお迎えに来ていただかなくても良かったのに」
「間に合わなければ、誰かに頼むつもりだった。
だが間に合った」
いつものブレーデン節に、ダリアはそれ以上何も言えなくなる。
ただ慣れない場所で見知った顔に会えたことに、実は少しだけほっとしていた。
忙しい中でも迎えに来てくれたことは、ダリアにとって素直にありがたかった。
すでに城内にいたため、二人はほどなくして謁見の間へと到着した。
ブレーデンが言っていた通り、会場内も準備で慌ただしい様子だった。
おかげで、二人が連れ立って現れても、誰も気に留めていないようでダリアは安心した。
「ダリア」
そう思った矢先に、聞き覚えのある声が聞こえた。
「お母様!それにお父様も」
その声の主はリリアンヌだった。横にグラムもいて、夫婦揃ってダリアを待っていた様だ。
「まあ!随分と綺麗にしてもらっちゃって」
「素敵じゃないか。よく似合っている」
ダリアの装いに、二人とも大満足の様子だ。
そういった事に無頓着なはずのグラムにまで褒められ、ダリアは嬉しくなる。
スカートをつまんで小さく礼をすると、二人は思わず笑みをこぼした。
「お母様もとっても素敵だわ」
「ふふ…ありがとう」
実はリリアンヌもダリアと同じように城で支度をするよう勧められていたが、丁重に辞退していた。
ドレスだけを受け取り、身支度は自宅で済ませてきている。
ダリアも辞退するつもりだったが、「せっかくの機会なのだから」と押し切られ、こうして支度を任せることになった。
ダリアは不思議に思っていたが、二人の嬉しそうな顔を見ると、娘のいつもと違う晴れ姿が見たかったのだなと気付いて心が和んだ。
グラムがブレーデンに頭を下げる。
「本当にありがとうございます」
「いえ、殿下からの感謝の印ですので」
ブレーデンも二人に礼をすると、ダリアに向き直り言った。
「私は、最後の確認に行ってくる。
あそこで飲み物を配っているはずだ。それでも飲んで待っててくれ」
「はい。ご案内、ありがとうございました」
そしてブレーデンはその場を離れた。
「………」
そのブレーデンの姿を、グラムが固い表情で見つめている事にダリアは気付く。
思わず「お父様?」と声をかけていた。
「なんだ?」
「…いえ。あ、お兄様は?」
「仕事でちょっとしたトラブルがあってね。
代わりに行ってくれているんだ。もうすぐ来ると思う」
何事も無かった様にグラムはこちらを向いた。
それを見ると、なぜブレーデンを見つめていたのか問う事が出来ず、ダリアは誤魔化す事しか出来なかった。
そしてグラムが言った通り、それからすぐにワーノルドも会場に到着した。
ワーノルドはダリアを見るや否や、二人以上の勢いでダリアを褒めちぎる。
それにたじたじになっている内に、先ほどグラムが固い表情をしていた事は、いつしか頭から抜けていた。
「ダリア、はい」
「ありがとう」
配布しているという飲み物を、ワーノルドが持ってきてくれた。
二種類用意されており、一つは泡のワイン、もう一つはリーズリー国では一般的な、スパイスを効かせたカクテルである。
ワーノルドが持ってきたのはカクテルの方だった。二人は口をつける。
グラムとリリアンヌが監修したため、ちゃんと本格的なものになっている。馴染みのある美味しさに、二人は目を合わせて微笑んだ。
「招待客は筆頭貴族と我々だけか…。今回の講師依頼がなければ、呼ばれなかっただろうな」
「ええ、そうね」
今日は婚姻に先立つ、両家の顔合わせの席だ。
招かれているのは王族に連なる者や、国政を担う上級貴族、そして今回の婚姻に深く関わった者たちだけである。
子爵家であるバッケン家がこの場にいることは、本来ならば異例の事だ。それに気付いたダリアは、少し居心地が悪くなった。
「目立ってるかしら…私達」
そう呟くと、ワーノルドが小さく吹き出す。
「多少はな。だが、それで肩身を狭くする必要はない。
母上はリーズリー国の元貴族令嬢だ。講師依頼がくる理由は明快だし、実際お前はよく頑張った。
堂々としていろ」
そう言ってワーノルドは、ダリアの背中をぽんぽんと叩いた。
こういう時、性格が正反対のワーノルドの存在は、不思議とダリアを安心させてくれる。
背中を叩く大きな手の温もりに、ダリアの頬は自然と緩んだ。
やがて準備で慌ただしかった空気も落ち着き、あとはリーズリー国の到着を待つのみとなった。
周囲の招待客たちも、「もう王都には到着しているらしい」と囁き合っている。
出発から到着まで、両国の騎士団が合同で警備を行っているとダリアは聞いている。余程のことがない限り、無事に到着するはずだ。
(いよいよね…)
ダリアにとって、これまでで最も大きな仕事の成果が試される時が、刻一刻と近づいていた。




