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手紙を送る、と決意したものの、それは必要なかった。なぜならあちら側からダリアと面会したいという旨の手紙が届いたからだ。
しかもそれは非公式な場での申し入れだった。という事は、ダリアは両親に内緒にして行かなければならない上に、城の裏口から入城する事になる。
(原点回帰って感じね)
ダリアは感慨深くなりながら、その約束の日まで自分の気持ちと言葉を整理した。
当日。ダリアは城の裏口から入城した。そこには当然ブレーデンの姿はなく、ダリアは自分で例の談話室まで向かった。
「申し訳ございません、お待たせしてしまいましたか」
「いや、私が早く来てしまっただけだ」
入室すると、すでにアダラントは待っていた。ダリアに座る様に促す。
最初に口を開いたのはダリアだった。
「改めてご挨拶させて下さい。グラム・バッケン子爵が娘、ダリア・バッケンと申します」
「ああ、今日はご足労頂いたな」
「いえ、この様な機会を頂き誠にありがとうございます」
「殿下から、あなたという人間を知るべきだと言われてね。確かに非常に興味があるのだ。なぜあなたに関わる人間が、軒並みあなたを好いていくのか」
そう言ってアダラントは真っ直ぐダリアを見つめた。ダリアも目を逸さないように、真っ直ぐ見つめ返して言う。
「正直私には分かりませんが…人と関わる上で一つだけ心得ている事はあります」
「何だろうか」
「誠実である事です」
アダラントは拍子抜けした。
「それは随分…単純な答えだな」
「はい。なので、高貴な方達が私を信用して下さる事は大変嬉しく思いつつ、不思議でした。
ですがきっと受け入れてくださっている方達もまた、誠実だからこそなのかもしれないと思っております」
「そうなると…私は誠実ではないと?」
ダリアは一瞬ハッとした様な表情を浮かべたが、静かに口を結んだ後にこう言った。
「そう、なりますね」
「っふ…」
アダラントは思わず吹き出した。
「失礼。はっきりと言われたのは初めてだ」
「…大変失礼致しました」
ダリアは内心恐々していた。ここに来る上で誓った事は絶対に弱気にならない事だった。
(…でも、少し間違えたかもしれない。普通に失礼な発言だったわ…)
そう反省していたが、アダラントは意外にも好意的な態度で受け入れた。
「なるほど。君は面白い人物の様だ」
そう言ってアダラントは続ける。
「息子の事を簡単に話そう」
それからダリアは、ブレーデンの生い立ちを聞いた。おかげでダリアは腑に落ちた。
(…彼は、私と殿下を天秤にかけた状態だったのね)
ブレーデンがジョシュアを心から敬愛している事は、ダリアもよく知っている。自分の事を簡単に手放したわけでは事を知れて、安心した。
「なぜ嬉しそうなんだ?」
それが表情に出ていたのだろう。アダラントは眉を顰めてダリアに問うた。
「…私の事を、殿下の側にいる事と同等に想ってくださっているのが分かったからです」
アダラントは目を見開く。普通は自分の事を一番にして欲しいと考えるのが一般的だと思っていたが、ダリアは違うようだった。ブレーデンのジョシュアを敬愛する気持ちを知っていて、理解もしている。
(…なるほどな)
その時、ダリアがそっと口を開いた。
「アダラント卿は…もし彼が私と一緒にいる事を望んだら、本当に彼を追い出すのですか?」
アダラントはややあった後に答えた。
「そうだ」
ダリアは目を伏せる。そして決意を固めたように前を向いた。
「彼は食べる事が好きなんです」
「…は?」
意外な切り口にアダラントは驚いた。ダリアは気にする事なく続ける。
「でも頑なに認めないんです。どんな時でも、すぐ食べ物に目移りするくせに」
ダリアはこれまでのブレーデンとの思い出を頭に浮かべながら話す。
「あの人は、好きなものを素直に好きと言えない。好きと言えるのは、あなたが認めたものだけ」
「…君は何が言いたい?」
「彼を解放してあげて下さい」
ダリアの手は震えていた。でも、これだけは伝えようと心に決めていた。
アダラントは腕を組み、足も組んで背もたれに体重をかけて言った。
「君までそう言うのだな」
ダリアは目を見開く。その時、突然扉が開いた。
「…ハノーヴァー卿」
現れたのは、ブレーデンだった。
「来るなと言ったはずだ」
アダラントは冷たく言い放つ。しかしブレーデンは強く言った。
「はい。でも、もう逃げたくはありません」
ダリアの横に来ると、ブレーデンはアダラントに頭を下げて言った。
「私は彼女を愛しています」
その時、ダリアも立ち上がって言った。
「私もです!私も、彼を愛しています!」
二人は目が合う。にこりと微笑み合うと、今度は二人でアダラントに頭を下げた。
「どうか私達の関係を許していただけませんか」
しん、と部屋が静まり返る。やがてアダラントの深いため息が聞こえた。
「…全く、何を見させられてるのやら」
アダラントは呆れた様子で呟くと、ブレーデンを見つめて言った。
「お前を立派に育てなければならない。昔も今も、その気持ちは変わらない。…ただ」
一拍置いた後、アダラントは言った。
「もうとっくの昔にお前はちゃんと成長していたようだ。いつまでも幼い末っ子扱いして悪かったな」
そう言ってアダラントは立ち上がると、言った。
「先程、ブレーデンが君を選んだら追い出すと言ったのは嘘だ。君がどんな反応をするのか見たかっただけだ」
ダリアは目を瞬かせた後言った。
「…やはり親子ですね。そうやっていつも息子さんに振り回されてます」
「な、何を」
「そうか。お前、気をつけろ。私はそれでよく妻に叱られていた」
動揺するブレーデンに、アダラントは続けた。
「妻の親戚に跡継ぎに困っている家がある。お前にそこを継いでもらおうと思う。それが条件だ。いいな?」
ブレーデンは目を瞬いた後に、「…はい!」と力強く返事をした。
「大分力は弱まっているし、領地も然程広くはない。それでもいいんだな?」
「勿論です」
「まあ、お前達ならうまくやれるだろう」
アダラントはダリアを見た後に、続ける。
「その前に、相手の家の許しを得ねばな。その辺りは最近結婚をした兄達の方が詳しいだろう。お前の事を応援していたぞ」
「兄上がですか…」
お互い仕事が忙しく滅多に顔を合わせていないが、自分の事を想ってくれている事にブレーデンは感動した。
「聞いておきます」
「ああ。ではこの話は終わりだ」
「ありがとうございます!」
ブレーデンは深く頭を下げる。アダラントはそれに手を上げて答え、部屋から出て行った。
アダラントは廊下を歩きながらここ最近の出来事を思い浮かべていた。
アダラントがブレーデンとダリアとの関係を反対している事は、瞬く間に噂になった。その結果、アダラントはたくさんの人間に言われたのだ。
認めてあげろ。
ダリアの何が不満なのか。
ブレーデンも立派にやっている。
それはブレーデンの兄達、更には国王にまで言われたのだ。
もうここに来る前から二人を認めるつもりだったが、ダリアの言葉を聞いてその意思はより固まった。何よりはっきりとブレーデンを愛しているとダリアが言ってくれた時、やはり嬉しさが優った。
あえてハノーヴァー家を継がせなかったのは、文字通り自分からブレーデンを解放するためだった。
それがアダラントがしてやれる、これまでブレーデンを縛り続けた償いだ。
「…これで、いいんだよな」
そう呟いたアダラントは、珍しく仕事に向かうことなく、妻の墓前へと足を向けたのだった。




