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リーズリー国から帰ってきてから、ダリアはブレーデンとの日々を思いかえす毎日だった。
初めて会った時。
ジョシュアの恋の後始末をした時。
突然リーズリー語の講師になった時。
ジョシュアとエマリエルの仲を取り持った時。
一緒にダンスをした時。
最初はブレーデンの事を現実主義の堅苦しい人間としか思えなかった。発する言葉は嫌味にしか聞こえず、どちらかと言えば嫌いな部類の人間だった。
それがいつの間にか恋に変わっていって、その嫌味すらも愛しく思えーー。
「…いや、そんな事はないわね」
そう呟いて、ダリアは小さく笑った。
けれど、一筋の涙が頬を伝う。
拭っても、また溢れてくる。
ブレーデンを思い出すたびに、ダリアは泣いていた。愛しているのだから当たり前だった。
(せめて、はっきりと想いを伝えれば良かったな)
散々振り返った最後に、いつもダリアはこう吐露する。
ブレーデンもダリアの事を愛しく思っていただろう。けれど、父親の重圧にダリアは勝てなかった。
つまり、ダリアへの想いはその程度だったということなのだ。そう思わなければ、納得できなかった。
(私がちゃんと言葉で伝えれていれば、それが彼の後悔になってずっと心に残り続けれたかもしれない)
ダリアは涙を流しながら、再び小さく笑う。
(ふとした瞬間に私を思い出して、胸を痛めればいいのに。ずっと私のことで後悔すればいいのに)
悲しくなったり、時には腹を立てたり、また悲しくなったり、そうやってダリアは日々を過ごしていた。
「ダリア様、お客様が来られました」
「…え?」
覚えのある展開に、ダリアの心臓が震える。メイドから訪問客の名前を聞き、ダリアは玄関まで向かった。
「ベアトリス…」
「ダリア」
ベアトリスはダリアを見るなり、そっと抱きしめた。
「彼かと思った?」
「…ちょっとだけ」
二人は小さく笑い合う。ダリアの部屋のソファに二人で横並びに座って、何でもない空間を眺めていた。
「ありがとう、きてくれて」
「いいのよ」
ダリアはベアトリスに今回の顛末についての手紙を送っていた。それを読んだベアトリスは、他国にいたにも関わらずすぐに駆けつけてくれたのだった。
「本当に、ありがとう。あなたの顔を見たら、すっごく安心した」
そう言ってダリアは、ベアトリスの肩に頭を乗せた。
「落ち着く…前回もだったけど…こういう時のベアトリスは本当に沁みるのよね」
「そこまで言ってくれたら、私も来た甲斐があったわ」
「私…もう恋愛なんてしない」
「前も言ってたわよ、それ」
「ううん、今回で本当に懲りた。…私、恋愛に向いてないのよ」
「だからローディン伯爵家との縁談を受ける事にしたの?」
「………」
ダリアは黙った。しばらく沈黙の時間が流れた後に、ベアトリスは優しく話し始めた。
「あなたが一番深く傷ついたのは想いが叶わなかった事よりも、彼がこんなにもあっさりとあなたから離れていってしまった事よね?」
ダリアは頷く。その拍子にぽたりと涙が落ちた。
「もしかしたら、他にも大きな理由があるのかもしれないとは考えた?」
「…勿論よ。でも家柄の差くらいしか思いつかない」
「でもローディン伯爵家は家柄関係なく、あなたを選んだじゃない」
「そうよ。だから私はこの縁談を受け入れるの。食事会の時も本当に良くしてくれて、ここなら大丈夫だって思えたから」
「彼を見返したいからじゃなくて?」
「…ちが!」
ダリアは体を起こして反論しようとした。しかし、喉に何かが詰まって言葉を失う。
結果、ただベアトリスを見つめて涙を流すことしかできなかった。
「ごめんなさい、ダリア」
ベアトリスはたまらずダリアを抱き寄せた。ベアトリスの肩口がダリアの涙で濡れる。ダリアはたまらず口を開いた。
「…そう、そうよ。私は彼を見返したいだけなの。自暴自棄になってるのも分かってる。
最低よね…相手の優しさにつけ込んで」
ベアトリスはダリアの背中をさすりながら、笑って言った。
「あなたのその自暴自棄になる癖は、相変わらずね」
「…何よそれ」
「前の時も、そこら辺の令息に声をかけて、さっさと恋人作ってやるって騒いでたじゃない」
「…そうだった」
ダリアも思わず笑う。
「ほら、やっぱり私は向かないのよ。一気に単細胞になっちゃう」
「そう?ダリアのこういう時だけ、自制の効かない人間臭くなっちゃう所、結構好きよ?」
「そうやって言語化されると…恥ずかしい」
「だから彼にもそうすればいいのよ」
ダリアはゆっくりと顔を上げる。ベアトリスは真っ直ぐ見つめて言った。
「相手もだけど、あなたも随分とあっさりと諦めるのね。前の時は相手の完全な裏切りだったから、修復不可能だけど、まだお互いの気持ちを確かめ合ってもいないんでしょう?
もうちょっと足掻きなさいよ」
ダリアは目を見開く。だがだんだんとまた伏せられて、弱気な声でつぶやいた。
「…でも、彼の父親が私を認めてくれるとは思えない」
「どうして決めつけるのよ。まだ話してもいないのに」
その時、ダリアはジョシュアに自分が言った事を思い出した。
相手を知る事。その為に会話が大事なのだと。
ダリアは若干困惑しながら、ベアトリスに問う。
「その…話がしたい、と言うの?宮内卿相手に、ただの子爵令嬢が?」
「そう。せっかく妃殿下という伝手があるのだから、そこに頼ってみたら?」
「あ、あなた、高貴な方をそんな伝手だなんて…」
「いいから!送る!アダラント卿と話がしたいって!」
ベアトリスのはっきりとした意見にダリアは怯んだ。
なぜならグラムの顔が浮かんだからだ。貴族社会に揉まれ疲弊した両親。ダリアもそうならないようにと、案じてくれていた。
(だけど…)
ダリアはぐっと手を握る。
そしてベアトリスを真っ直ぐ見つめ「送ってみる」と、瞳に強い決意を宿らせながら言った。




