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王太子夫妻に呼ばれたアダラントは、辟易していた。
大方、息子のブレーデンと子爵令嬢の関係を認めてやってくれと頼まれるのだろう、と思っていたからだ。
話を聞く分には構わない。だが、実際にどうするのかという話は別だ。そんなことを考えながら、アダラントは二人が待つ部屋へ向かっていた。
ーー一生をかけて、殿下をお守りします。
そうブレーデンが宣言した時、アダラントは息子の覚悟を感じた。
それまで、兄に比べて不器用な末っ子だと思っていた。
だがいつの間にか、自分の人生を自分の意志で決められるほどの男になっていた事に驚き、そして嬉しくも思った。だからこそ、アダラントはブレーデンを信用した。
結婚もしないという覚悟を尊重するため、アダラントはこれまで何度か持ちかけられた縁談をすべて断ってきた。周りもそれを認識し、心から王子を敬愛する優秀な側近として、評価していた。
だがその覚悟は、いつの間にか崩れていたようだった。
別に、アダラントがそうしろと言ったわけではない。ブレーデンが結婚する意思を持ったこと自体は、むしろ喜ばしいことだった。
ただ、せめてこれまで縁談を断ってきた相手方の立場を考えるべきだと、アダラントは思っていた。これまで散々断っておきながら、今になって簡単に子爵令嬢との婚姻を認めるわけにはいかない。
ただ、もう相手に関わるなと言ってからのブレーデンは、明らかに様子がおかしかった。
仕事こそこなしているものの、ぽっかりと穴が空いたような表情は、いつまで経っても変わらない。親だからこそ分かる程度の変化なのかもしれないが、どう見ても意気消沈している。
それならば、無理に誰かと結婚するよりも、やはり当初の予定通りこのまま独身を貫くべきなのではないかとアダラントは考えていた。
しかも、相手の子爵令嬢にはすでに縁談が持ちかけられているという話を聞いている。それも、格上からの申し出らしい。
ならば、これは一時の感情だったということにして、お互いに別の道へ進むのが一番良いのではないか。
アダラントは、そう終わらせようとしていた。
「失礼します」
アダラントが入室すると、王太子夫妻は立ち上がって迎えた。
いくら宮内卿といえど、王族である二人からそのような扱いを受ける立場ではない。アダラントに敬意を払い、真摯に話そうとしている事がよく伝わってきた。
(…それ程までに本気、という事か)
アダラントも敬意を払い、ちゃんと二人と向かい合う事にした。
「突然の呼び出しにも関わらず、快く応じてくれて感謝している」
「いえ。これも私の務めですので」
アダラントはあくまで仕事の一環として応じている、という態度だった。
声色も表情もいつも以上に固い。感情論に耳を傾けるつもりなどない事が窺える。
(やはり、ある程度察している様だな)
ジョシュアは薄く笑みを浮かべてから、口を開いた。
「話は他でもない、ブレーデンの事についてだ」
「何でしょうか」
白々しくそう問うアダラントに、ジョシュアははっきりと言った。
「ブレーデンとダリア・バッケン子爵令嬢との関係を認めてほしい」
しん、と静まり返る。アダラントはゆっくりと口を開いた。
「なぜ殿下が臣下の色恋事に口を出されるのです?」
「ブレーデンはただの臣下ではない。大切な友人だからだ」
「では友人として、ブレーデンに私を説得する様頼まれたのですか?」
「これは私の意思だ」
エマリエルは横で聞いていて、アダラントの只者ではない雰囲気に圧倒されていた。あのブレーデンが、父親の前では縮こまってしまう理由がよく分かる。
ジョシュアも、この人物の前で虚勢やごまかしは無理と判断し、素直な言葉で伝える事にした。
「俺は二人に大変な恩義があり、尊敬もしている。そんな二人が結ばれる事は俺にとっての幸福でもあるんだ」
「それはそれは…勿体無いお言葉でございます」
思ってもない様な言葉にジョシュアは少し苛立ちを感じたが、アダラントの思う壺だと思いすぐに気持ちを落ち着かせる。
「なぜ認めたくないのか、あなたの理由を聞かせて頂きたい」
ジョシュアがそう問いかけると、アダラントは小さく息を吐いてから口を開いた。
「すべて息子が言い始めた事です。一生殿下に仕える事も、そのために結婚もしない事も、どれも強要した訳ではありません。
だから私もその覚悟に答えるべくあの子を後押しし、持ちかけられた縁談も全て断ってきた。そう簡単に認められないのは当然でしょう」
「だが誰かに惹かれてしまうのは、予期できない事だ」
「ええ、色恋とはそういったものです。ですがそれは一時の感情でもあります。
私にはあの子が勝手に決めた誓約に縛られて、制限している事で、余計に相手を求めてしまっている様に見えます」
ジョシュアは口を結ぶ。その時、エマリエルが口を開いた。
「一時の感情…ですか」
視線がエマリエルへ集中する。
「私はこの中で圧倒的にブレーデン卿との関わりが短く、お二人の様に深くまでは知れていません。
ですがこの短い期間でも、ブレーデン卿が自分を律する事の出来る人間だと知っています。だからあなたはブレーデン卿の言葉を信じ、今回の出来事に強く裏切られたと感じているのでは?」
今度はアダラントが黙った。エマリエルは淡々と続ける。
「そんなブレーデン卿が、自分を律する事が出来なかったのです。これが一時の感情で終わらせられる話でしょうか」
部屋が静まり返る。ややあった後に、アダラントは言った。
「確かにおっしゃる通りかもしれません。
ただ、だから認めろと言われても、それだけが理由になると思いますか?」
「十分ではありませんか?私からすれば、想い合っている二人を引き裂く理由が、縁談を断ってきた周りへの配慮というだけでは納得出来ません。
ましてやバッケン家に悪評がある訳でもなし、ダリア自身にも何か問題がある訳でもないのに」
「…そのダリア氏についてですが」
まさかの矛先に二人の動きが止まる。アダラントは続けた。
「殿下の講師として大変優秀で、国王も信頼を置くほどの方だとは存じております。
ただ、王宮を管理するものとして少々冷静に見てしまう所もあるのです」
「…何が言いたい?」
ジョシュアの問いかけにアダラントは静かに答えた。
「ダリア氏は、人の懐に入るのが随分とお上手な方だとお見受けしました。殿下方もすっかり心を許しておられる。
…それだけに、殿下方の人の好さにつけ込み、何か思惑があって近づいているのではないかと、私は少々案じております」
エマリエルは強く手を握り、ジョシュアは腕を組んで背もたれに体を預けた。アダラントは、二人の苛立ちを瞬時に感じとりつつも続ける。
「ブレーデンの妻という立場は、何をするにも都合が良いでしょう。だから何の関係性もない子爵家との関係を結ぶ事に、抵抗を感じているのです」
「…あなたの言い分はよく分かった」
ジョシュアは「ただ」と言って続ける。
「…ダリアが、俺たちを利用しているだと?」
ジョシュアの低い声がアダラントの耳に入るが、構わず答えた。
「その可能性を考えている、というだけです」
「何のために?」
「それは私にも分かりません。だからこそ、警戒しているのです」
「分からないのに疑うのか」
「分からないから疑うのです。王宮を預かる者として、可能性を一つずつ潰していくのは当然でしょう」
ジョシュアは黙る。これがアダラントがダリアを受け入れられない本当の理由なのだとジョシュアは理解した。
確かにあまりにも信頼されすぎているただの子爵令嬢を疑うのは、アダラントの立場からすると自然だろう。
「一度も彼女と話したことがない人間が…そうやって疑うのか」
思わず呟いていたジョシュアの言葉に、アダラントがぴくりと反応する。ジョシュアはアダラントを真っ直ぐ見つめて言った。
「彼女は聡明なだけではない。人の痛みを理解し、人を思いやることのできる、素晴らしい女性だ。
まるで彼女が、人の懐に入り込み利用するような人間だと言いたげだったな。…彼女が我々を利用しているだと?
違う。我々の方が、彼女を手放せないんだ」
「殿下…」
慌ててエマリエルがジョシュアの腕に手を添える。
「…すまない。少し熱くなった」
そう口では言うものの、その瞳には怒りが残っている。
エマリエルはジョシュアに手を添えながら、ブレーデンの父へ静かに言った。
「落ち着いてください、殿下。
私達のダリアを、このような表面しか見られない方に理解していただけるとは、最初から思っておりません」
ジョシュアが思わず目を見開く。
「…エマリエル?」
「むしろ、ご理解いただけなくて結構。
あなたのような方に認められなくとも、ダリアが素晴らしい女性である事実は、何一つ変わりませんから」
その一言で、部屋の空気がさらに張り詰める。ジョシュアは苦笑混じりに小さく肩を落とした。
「…エマリエル。君も落ち着こう」
「私は十分落ち着いております」
「その台詞は、全く説得力がないな」
エマリエルのおかげでジョシュアは冷静になれたのが分かった。そして静かにアダラントに目を向ける。
「それに、我々が彼女を庇うほど、我々が彼女に陶酔している様にしか見えないだろうからな」
アダラントは図星を突かれた様に表情が強張る。
エマリエルはそれでも「…だから理解して頂かなくとも結構と言っているのです」とぶつぶつ言っている。ジョシュアはそんなエマリエルを宥めていると、アダラントが問うた。
「なぜここまで親身になられるのです…?
我が息子は出来損ないだったにも関わらず、殿下が指名してくださったおかげで今の立場でいられているのに、その職務を放棄したのですよ?」
「アダラント卿、そうやってブレーデンを落とす様な言い方をするのはやめてくれ。気分が悪い」
アダラントは目を見開く。ジョシュアは冷静に続けた。
「その様なことを言っているのは、あなたとブレーデンだけだと自覚した方がいい。ブレーデンはずっと優秀な人間だ」
アダラントの信じられない様な表情に、ジョシュアは更に言い募る。
「いつまで本質を見ないおつもりか?
ハノーヴァー家の人間だから側に置いているのではない。ブレーデンだからだ。
例えハノーヴァー家を出ることになっても、私の側近はブレーデン以外あり得ない。そう私が言えば、周囲も必ず納得するだろう。
それくらいブレーデンは信頼を得ている事を、あなたは知らないのか?」
ジョシュアは言い切った。アダラントは少し目を伏せる。
「きっと見ようともしていないのだろうな」
黙ったままのアダラントをしばらく見た後に、ジョシュアは言った。
「これからはぜひその凝り固まった見方を変えてほしい。
ただ、ダリアの事は別だ。一度話してみてほしい。彼女と」
「話す…?」
アダラントは首を傾げる。ジョシュアは小さく頷き言った。
「俺は彼女から人を知る事の大切さを学んだ。知る前と知った後は、世界が変わるんだ。あなたはダリアを知るべきだ」
アダラントは珍しく不服そうな表情を見せた。なぜそこまでしなければならないのかと。
しかし、ジョシュアの言葉は一理あった。
アダラントはダリアと対面した事がない。全て憶測でしかなかった。
それに自分は絶対に懐柔されない自信がある。
「…分かりました」
アダラントはジョシュアの提案を飲む事にした。




