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「どうしてお前は出来ないんだ」
ブレーデンは幼い頃から、そう言われてきた。
ハノーヴァー家の三男は、優秀な兄二人に比べて不器用な子どもだった。
剣を持てばどこかへ飛んでしまうし、読み書きも算術も兄たちに比べると随分と理解が遅く、体も小さかった。
母親はブレーデンを産んでまもなく亡くなった。最後の言葉は、「あの子達をお願いします」だった。
特に産まれたばかりのブレーデンの事を、母親は気にかけていた。
それを知っていたアダラントは、何においても成長が遅いブレーデンがどうなっていくのか、責任を感じていた。
ただこのブレーデンの不器用さは、成長とともに少しずつ解消されていった。年を重ねるにつれ、アダラントが求める水準の結果を出せる様になった。
そもそも、兄二人が特に優秀なだけだったのだ。実際には、ブレーデンも十分に人並み以上の能力を持っていた。
ただ、剣の才だけは、最後まで開花することがなかった。
アダラントが宮内卿を務めていたため、歳の近い第一王子のジョシュアとブレーデンは顔を合わせることが多かった。
ジョシュアも、将来国を背負う者として幼い頃から期待され、様々なものを背負い込んできた。
立場は違えど二人の境遇は少し似ていて、自然と親しくなった。
二人でいる時だけは、背負っているものを忘れ、年相応の少年の様に遊び、時には小さないたずらをして笑い合っていた。
やがてジョシュアが成長し、正式に側近をつけることになった。
代々、王子の側近はハノーヴァー家が務めており、アダラントも宮内卿を務める前は国王の側近だった。
そのため、順当にいけばハノーヴァー家の長男が選ばれるだろうと思われていた。
ところが、ジョシュアが側近として選んだのはブレーデンだった。いくら優秀になってきたとはいえ、長男に比べればまだまだ半人前だった。
当然、周囲からは疑問の声が上がり、特にアダラントは国王に直訴までした。
けれど、ジョシュアは決して譲らなかった。
自分の事を一番理解しているのは、ブレーデンだけだと言い切った。
ブレーデンは驚いた。誰かにその様な事を言われたのは初めてだったのだ。
ブレーデン自身、自分は出来損ないの人間なのだと思って生きてきた。
兄二人は若くして、それぞれ近衛騎士団と王立騎士団の副団長を務めていた。いずれは確実に団長へ昇進するだろうとまで言われている。
それに比べて自分は、何者にもなれないまま一生を終えるのだろうと思っていた。
幼い頃から兄たちと比べられ続けてきたブレーデンにとって、それは疑いようのないことだった。
そんな自分に、ジョシュアは役割を与えようとしてくれている。必要としてくれている。
何よりブレーデンにとって、ジョシュアは初めてのかけがえのない友人だった。
だからアダラントから、「本当にお前に務まると思っているのか」と問われた時、ブレーデンは初めて父親に強く言った。
「はい。一生をかけて、殿下をお守りします」
それは、幼い頃から父の言葉に逆らうことのできなかったブレーデンが、初めて自分の意思を貫いた瞬間だった。
こうしてブレーデンは、ジョシュアの側近となった。それから長い年月を二人は共に過ごした。
ブレーデンはその間もひたすら努力を続け、周囲の目は「幼いハノーヴァー家の三男」ではなく、「優秀な第一王子の側近」と見る目が変わった。
ブレーデンは本気で、ジョシュア以上に大切な人間が現れるなどとは思っていなかった。
ジョシュア以外の守る人間を作りたくないと、一生独身でいる誓いまで立て、仕え続けるつもりでいた。
ーーダリアと出会うまでは。
最初は、ただ興味を惹かれる人間だと思っていた。
ダリアの選ぶ言葉は純粋で、暖かみがあった。対人関係が得意ではないブレーデンにも、不思議なほど真っ直ぐに伝わってくる。
自分でも知らない内に、事あるごとにダリアを巻き込む様になった。
そのたびに困惑したり、怒ったりするダリアの表情を見るのが、いつしか面白くなっていた。
だから、また話したくなる。またダリアの反応を見たくなる。
そうしてブレーデンは、どんどんダリアとの関わりを増やしていき、気づいた時には、愛情を感じるようになっていた。
ただ、その感情を「恋」だと認めるまでには、少し時間がかかった。
ダリアと話すことが楽しい。彼女が笑えば嬉しいし、困っていれば放っておけない。それだけだと思っていた。
ブレーデンはこれまで、誰かに心を動かされることなどなかった。だから、ダリアに対して抱いているこの感情が何なのか、考えようともしなかった。
ただ、気づけば彼女の姿を探している。
彼女がどこにいるのか、何をしているのか。誰と話しているのか。
そんな事ばかりが、自然と目に入るようになっていた。
そしてアダラントの言葉によって、最悪のタイミングで気付いてしまう。ダリアを愛しているのだと。
自分の鈍感さを呪った。
アダラントはハノーヴァー家の威厳に誇りを感じているため、家格を重んじる。何の繋がりもない子爵家との婚姻を認めるはずがなかった。現実主義な所は父親も同じだった。
それでもダリアと一緒になりたいのなら、ハノーヴァー家から出ていかなければならないだろう。
ハノーヴァー家の人間であるという信頼で側近という役割を得たのだから、それがなくなるという事は、ジョシュアの元を離れるということだ。
ジョシュアは初めて自分を必要としてくれた。何者にもなれないと思っていた自分に、生涯をかけて仕える意味を与えてくれた。
――一生をかけて、殿下をお守りします。
その誓いだけは、何があっても違えるつもりはなかった。けれど今、自分の目の前には、もう一人、失いたくない人がいる。
初めて、心から愛した女性。ダリア。
どちらも、ブレーデンにとってかけがえのない存在だった。
ジョシュアを選べば、ダリアを失う。
ダリアを選べば、ジョシュアの隣にはいられない。
ブレーデンは、どうすればいいのか分からなくなっていた。




