8
翌朝。今日は午後からジョシュアとエマリエルが街の方へ行くのでそれに帯同する事になっている。よって午前中は何もなかった。
けれどダリアは、何をする気にもなれなかった。ただベッドに横たわり、ぼんやりと天井を見つめている。
本当なら昨晩、ブレーデンと街へ出かけていたはずだった。
二人きりで過ごす時間の中で、きっと自分の想いを伝えていた。その時、ブレーデンはどんな顔をしただろう。何と言ってくれただろう。
そんなことを考えては、胸の奥が締めつけられるように苦しくなった。
(…また泣きそう)
昨日も何度も涙が込み上げては、声を押し殺して泣いた。
午後からはエマリエルとの外出がある。
それまでに、せめて目の腫れだけでもどうにかしなければならない。そう思っているのに、涙はなかなか止まってくれなかった。
ダリアは部屋から出る事にした。とにかく気を紛らわそう、そう思って当てもなく城内を歩く。
でももしかしたら、という期待もあったのかもしれない。いや、期待していた。
廊下を歩いていると、脇の扉が開く。そこから出てきたある人物と顔を合わせた。
ブレーデンだった。
「………」
二人は目が合う。しかしブレーデンは気まずげに目を逸らした。ダリアの胸が痛む。
ブレーデンは目を逸らしたまま言った。
「昨日は…すまなかった」
「いえ…」
悲しい沈黙。
何か言わなければ。そう思うのに、言葉が見つからない。
やがてブレーデンが口を開く。
「すまない、殿下から頼まれごとをされたのだ。失礼する」
そう言ってブレーデンはダリアを横切る。
彼は自分を避けている。そう確信した時、ダリアは振り返って声を出していた。
「嘘です」
ブレーデンの足が止まる。
「全然大丈夫なんかじゃないです。すごく…すごく寂しかった」
涙が出そうになるのを必死に堪えた。でも声は震えていた。
「もう…私とは、会ってくれないの?」
ブレーデンの背中に訴えかける様にダリアは言葉を紡ぐ。
(お願い、こっちを向いて…そんな事はないと言って)
ダリアは懇願する。しばしの沈黙の後、ブレーデンはこちらを向かないまま言った。
「…すまない」
ブレーデンはそれだけ言うと、そのまま歩き去って行った。
「………」
その背中を見送った後、ダリアは部屋に戻る。
程なくしてダリアの担当メイドが訪ねてきた。なんとエマリエルとの外出が茶会に変更になり、時間も午前になったと言う。
ダリアは慌てて冷水で顔を冷やし、化粧を直してエマリエルの元へ向かった。
「突然ごめんなさいね、ダリア」
「いえ、大丈夫です」
努めてにこやかに笑う。
エマリエルはしばらくダリアの顔を見つめたあと、ゆっくりと口を開く。
「その…口を出してはいけない事だと思っていたのだけど…ブレーデン卿との間で、何かあった?」
ダリアは目を見開く。呆然としたまま否定も肯定もせずにいると、エマリエルは続けた。
「もし顔を合わせるのが辛いなら、ここに無理している必要はないわ。責任を持ってあなたをノルヴェイン国に送るから、遠慮なく言ってちょうだい」
その時、ぽたり、とダリアの瞳から涙が落ちる。
「ああ、ダリア…」
エマリエルはそう言ってダリアを抱きしめた。
ダリアは午後の便で帰る事になった。
それを待つ間、ダリアはブレーデンへの自分の想いをぽつりぽつりと、エマリエルに吐露した。エマリエルはダリアの手を包むように握りながら、静かに話を聞く。
余計なことは何も言わず、ただ、泣きながら話すダリアのそばにいるエマリエルに、心の底から感謝した。
やがて、帰りの時間が近付いた。
荷物はメイドが全てまとめてくれた。ダリアはエマリエルに別れを告げると、そのメイドと、護衛の騎士を連れて城を出る。馬車の窓から見えた美しい城は、来た時とは違ってどこか物悲しく映った。
両親は予定より早く帰ってきた事に驚きつつも、暖かくダリアを迎えた。
それから数日後、ローディン伯爵家との食事会が行われた。
ローディン伯爵家の人の良さは相変わらずで、終始和やかな雰囲気で時間を過ごした。相手もダリアを気に入ってくれているのが分かる。
次の機会にはセドリックとダリアだけの時間を設けようという話になり、ダリアは了承した。
その晩、夕食を終えたグラムは自室で仕事をしていた。扉のノック音が聞こえ返事をすると、入ってきたのはダリアだった。
「どうした?」
グラムがそう問いかけるも、ダリアは俯いている。そしてややあった後に、ダリアは決意した様に顔を上げて言った。
「私、ローディン伯爵家との縁談を受けようと思います」
グラムは目を見開く。ダリアだけが真っ直ぐ前を向いていた。




