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ただの子爵令嬢ですが、なぜか王子の恋愛相談役になりました  作者: はくまいキャベツ
第六章 ただの子爵令嬢ですが、妃殿下の凱旋に帯同する事になりました

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7

 


「到着は明日の朝だと思っておりました」

「今夜の予定がなくなって、夕方の便で来たのだ。

 おかげでお前が、職務を疎かにしていた事を知れた。わざわざ予定を切り上げて来た甲斐があったというものだ」


 男が皮肉げに言うと、ブレーデンが小さく「…申し訳ございません」と言った。


 その男ーーブレーデンの父親であるアダラント・ハノーヴァーは、ノルヴェイン国の宮内卿である。


 国王の要請により、急遽リーズリー国へ向かう事となったアダラントは、最近妙な噂を耳にしていた。


 王子の側近である我が息子が、最近とある令嬢と一緒にいる姿をよく見かけるというものだ。しかもその令嬢は王子の妃にも気に入られており、リーズリー国への帯同を望まれ一緒に行っているという。


 何か嫌な予感がしたアダラントは、予定を早めてリーズリー国へと出立した。

 そして到着するなりすぐにパーティ会場へと向かった結果、アダラントの予感は的中した。


 王子の側に居なければならないはずの息子が、件の令嬢とダンスを踊っていたのだ。アダラントは静かに怒りを募らせ、会場を出た二人を追いかけたのだった。


「お前は結婚をしないのではなかったか」

「はい」

「先ほどの令嬢を、好いているのか」

「…いえ、その様な事はありません」


 やや間があった。それだけで十分だった。


 そもそも、先ほどの息子の表情を見れば明らかだ。あのような目で令嬢を見つめておいて、好意を持っていないなど、どう考えてもあり得ない。


 アダラントは頭を抱えて、ため息をついた。


「お前のような出来損ないを、殿下は選んでくださったのだ。そのご恩に報い、忠誠を貫くために、一生独り身でいる道を選んだ。そうであっただろう?」

「はい」

「私は強制などしていない。お前が言い始めたことだ。なのにお前は殿下のそばを離れて、令嬢に現を抜かし、自分が立てた誓いさえ崩れかけている…お前は一体何を考えているのだ」


 ブレーデンは押し黙ることしか出来なかった。

 だが皮肉にも、このような状況になったからこそ、ようやく自覚した。


 自分は、ダリアを愛しているのだと。


「もしお前が結婚という道を選ぶのなら、私は喜んで受け入れよう。だが分かっていると思うが、何の繋がりもない子爵家など許すわけにはいかない。

 ハノーヴァー家との縁を求める貴族が、どれだけいると思っている。忘れるな」


 アダラントの言葉が、ブレーデンの胸に重く沈む。


「もうあの令嬢に近付くな。分かったな」

「………」


 ブレーデンの喉が張り付いて、声が出ない。アダラントは呆れた様にもう一度「分かったな」と言った。


「……はい」


 ブレーデンは絞り出す様に、何とか返事をした。


 一方ダリアは、呆然とした様子で立ち尽くしていた。しばらくすると、ブレーデンの言う通り護衛の騎士がダリアを迎えにきてくれた。


 部屋までの道中、ダリアはブレーデンの父親の名と、その人物が宮内卿を務めている事を知る。そしてどうやら、先程ダリアとブレーデンがダンスをしている所も見ていたらしい。


(あからさまに…私達の事を認めない空気を感じたわ)


 その理由は、やはりダリアがただの子爵令嬢だからなのだろうと、直感した。


 そこでようやく、ダリアは自分が大切なことを見落としていたことに気付いた。

 例えブレーデンが自分を想ってくれたとしても、ハノーヴァー家の当主である父親が認めない限り、二人が一緒になることはできないのだ。


 しかも、先ほど垣間見た二人の親子関係は、バッケン家とはまるで違っていた。


 あの規律に厳しい態度こそ、ブレーデンの父親らしいともいえる。けれど、親子の間にあるはずの親しさはほとんど感じられなかった。

 まるで父と息子ではなく、上司と部下のようだ。


 その様な関係性で、ブレーデンが父親に強く出られるとは思えなかった。


「ありがとう、送ってくれて」

「いえ。お疲れ様でした」


 部屋に戻ったダリアは、鏡台の前に腰を下ろした。イヤリングを外し、ネックレスも外し、最後にブローチに手をかける。


「………」


 ゆっくりと外したそれをしばらく見つめる。そして、そっと両手で握りしめた。


(…明日、会えるよね?)


 ブレーデンとのダンスは、人生で一番幸福だったと言える時間だった。それが今はもう、遠い昔の事の様に感じた。


 翌朝、予定通りエマリエルによる王宮案内が行われた。


 エマリエルは昨夜の事は特に触れずに、いつも通りの様子でダリアに接した。おかげでダリアも暗い気持ちを引きずらずに、純粋に楽しみながら回っていく。


 最後に辿り着いたのは、大きなステンドグラスが貼られた図書館だった。


「ここは週に一回、一般開放しているの。これを見たら願いが叶うと言われていて、解放日は多くの観光客が来るのよ」

「願いが…叶う」


 それはこの城を題材にしたもので、青い空に映える様に、深い緑の山に聳え立つリーズリー城。そこに一筋の光が差し込んでいる、美しく壮大なステンドグラスだった。


 目を輝かせながらダリアが見ていると、エマリエルは呟く様に言った。


「…私は信じていないけどね」

「なぜです?」

「一つも叶わなかったもの」


 ダリアは、幼い頃から何度もこのステンドグラスに祈る、エマリエルの姿が頭に浮かんだ。

 今回の事で王族が抱える運命を知ったダリアは、胸が切なく震える。だがエマリエルが思いついた様に「あ、でも」と言った。


「一つだけ叶ったわ。素敵な人と巡り会えます様にって願ったの。おかげであなたに出会えたんだわ」


 そう穏やかに言ってくれたエマリエルに感謝しつつ、ダリアはにやりと笑う。


「そう言っていただき大変嬉しいのですが…それは私ではない方なのでは?」

「…何を言って」


 ハッとしたエマリエルの顔が徐々に赤くなる。そして「いいから、ダリアも何かお願い事してみなさい」と、誤魔化す様に言った。

 ダリアは微笑みながら、胸の前で手を結ぶ。


 そして一つだけ、願い事をした。


 エマリエルに別れを告げ、部屋に戻って昼食を摂った。

 そして図書館で借りた本を読んでいるうちに、夕方が迫る。

 ダリアは身支度を整え、今日もあのブローチもつけた。


 カチッカチッと時計の針だけが響く部屋の中、ダリアは一人ブレーデンを待つ。


 すっかり陽が落ちた頃に扉のノック音がした。


「……っ!」


 ダリアは返事もせずに扉の方へ向かい、勢いよく開けた。


「わあっ!」

「…ジェドイック卿」


 そこにダリアが望んでいた人物はいなかった。


「ごめんなさい、返事もせずに」

「いえ、大丈夫です」


 しん、と静まる。ジェドイックは気まずげに目を逸らした後、口を開く。だが言葉を発する前にダリアが言った。


「ハノーヴァー卿は、来られないのですね?」


 ジェドイックは一度口を結んだ後、静かに言った。


「はい。行けなくなってしまい申し訳ない、との事です」

「…そうですか」


 ダリアは俯く。でもすぐに切り替えて、何でもない事の様に気丈に「お伝え頂きありがとうございます」と言った。


 ジェドイックは何か言いたげだったが、ダリアはそれに気付かない振りをして、微笑みを続ける。


 ジェドイックはそれ以上何も言えず、「…失礼します」と言って、頭を下げた。ダリアはもう一度感謝を述べた後に、扉を閉める。


 ゆっくりと歩を進めて鏡台の前に立ち、胸についたブローチを見つめた。


「…やっぱりあのステンドグラスの迷信は、ただの迷信ね」


 そう呟いた後に、一筋の涙が頬を伝う。


 自分はもう、ブレーデンに会えないのかもしれない。

 そんな気がしてならなかった。



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