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「申し訳ございません。私の力が及ばないせいで」
「いや、君は十分やってくれていた。ああいう輩は仕方がない」
二人の後を追ってきた護衛の騎士に、ブレーデンは労いの言葉をかける。ダリアも「ハノーヴァー卿の言う通りです。どうか気にしないで」と言葉を重ねた。
「私が側にいるから君は下がってもらって大丈夫だ。もし何かあった時には、また声をかける」
「はっ」
(えっ…?)
まさかの展開に、ダリアは思わず問うていた。
「殿下のお側にいなくて大丈夫なのですか?」
「ああ、許しを頂いてきた」
ダリアの胸が高鳴る。そして先程言っていたブレーデンの言葉を思い出していた。
ーー彼女は私のパートナーなのです。
ダリアを守るための、ただの口上だと分かっている。だがこうして一緒にいてくれる事の意味を、見出そうとしてしまうのは仕方がない。
ブレーデンが片腕を差し出す。ダリアは頬を熱くさせながらそこに手を置いた。
期待に胸を膨らませていると、ブレーデンがすっと、どこか指を指して言った。
「あそこにあるケーキが気になっていたんだ。あれはなんだろうか」
「………」
ダリアは呆れながら「…ベリーのタルトじゃないですか?」と答えた。
「美味しい!」
「美味いな」
そのタルトを食べた瞬間、ダリアのしょぼくれた気持ちが一気に華やいだ。
「昨晩のデザートも美味しかったですよね」
「薄い小麦の皮でクリームを包んでいたものか?あれは絶品だった」
「お料理も美味しくて満腹だったのに、あっという間に食べてしまいました。あ!あそこに鮭が乗ったパイもありますよ」
「食べてみよう」
それから二人は用意されている料理に舌鼓を打った。美味しい美味しいと言い合う姿は、正直ロマンチックの欠片もない。でもこれが、自分達の形なのかもしれないと、ダリアは思った。
そうしている内に、ジョシュア達の前に並んでいた列が大分落ち着いていた。二人は揃って挨拶に向かった。
「まあダリア!とっても綺麗よ」
「妃殿下が用意してくださったおかげです。ありがとうございます」
ダリアを目にした瞬間、開口一番にエマリエルにそう言われてダリアは嬉しくなる。
「良かったわ。でも複数の男性に声をかけられていたそうね。不快な思いをさせちゃってごめんなさい」
「いえ…ハノーヴァー卿が来てくださったので、大丈夫です」
ダリアは自分で言って照れ臭くなり、ブレーデンの顔を見ない様にした。
それと同時に、やはりブレーデンはずっと自分を気にかけてくれていたのだなとダリアは確信する。
護衛の騎士に“充分やってくれていた”と労った時からそんな気はしていた。忙しいはずのエマリエルにもダリアの様子が伝わっているのを見たら、どうやらそういう事らしい。
(お仕事の邪魔をしてしまって申し訳ないけど…やっぱり嬉しいな)
その時、先程から面白そうに二人を眺めていたジョシュアが口を開いた。
「お前達、一曲踊ってきたらどうだ?」
ジョシュアの提案にダリアは目を丸くする。思わずブレーデンの顔を見ると、いつもと変わらぬ表情でさらりと言った。
「そうですね」
「え!?」
そして顔を真っ赤にさせてあたふたするダリアの腕を取り、ブレーデンは何の迷いもなく踊り場へ向かう。
そんな二人を、ジョシュアとエマリエルはにこやかに手を振って見送った。
(どうしよう…心の準備が)
焦ったダリアは訳も分からず口にした。
「あの…ダンスって…出来るんですか?」
ブレーデンの足がぴたりと止まる。
「…前から思っていたが、君はたまに失礼な事を言うな」
「だ、だって」
この様な想いを抱えているダリアだが、正直女性の手を取って優雅にダンスをするブレーデンの姿なんて想像つかない。しどろもどろになっていると、ブレーデンはフロアの中央へと足を進めた。
やがて立ち止まると、手に取っていたダリアの手をそっと引き寄せる。そのまま片膝をつき、胸に手を当てて礼をした。
男性が女性にダンスを申し込む時の、ノルヴェイン国の作法だ。
無駄のない、美しい一連の動作に、本当にあのブレーデンだろうかとダリアは思わず息を呑んだ。
「踊って頂けますか?」
「…はい」
ダリアが頷くと、ブレーデンは微かに微笑んだ。
立ち上がり、握っていたダリアの手を取り直す。もう片方の腕を背中へ回すと、促すようにダリアの身体を引き寄せた。
ダリアも空いた手をブレーデンの肩へ添える。
音楽に合わせてブレーデンが静かに足を踏み出した。ダリアもそれに合わせて、一歩を踏み出す。
ブレーデンにあの様な事を言ったが、ダリアはあまりダンスが得意ではなかった。その昔、社交デビューのために教えてくれたダンスの講師が言っていた事を思い出した。
ーーリードする男性が上手だと、とても楽に踊れるのよ。
(…先生の言う通りだわ)
記憶が曖昧だったステップや切り返しのタイミングが自然に出来ている。それは全てブレーデンがダリアを上手くリードしてくれているからだ。
(淹れてくれたお茶も美味しかったし、この人はまだまだ私の知らない魅力を秘めているのね)
ダリアのブレーデンに対する想いはさらに募る。
その時、ブレーデンが言った。
「そのブローチ、付けてくれているんだな」
気付いてくれた事に、ダリアは嬉しくなる。
「はい。とても素敵なので」
「珍しい細工だからな」
「それもありますが…あなたがくれた物だから」
ダリアはブレーデンの顔を見た。自分の想いが伝わってもいい。むしろ伝わってほしいという気持ちで見つめる。
ブレーデンもダリアを見つめ返す。二人の視線がぶつかった。
優雅な音楽が流れ、様々なペアがダンスを踊る中、そこだけは二人の世界になっていた。
やがて音楽が止まり、フロアの入れ替えが行われる。拍手をしながら、二人はフロアから出た。
「ありがとうございました」
「こちらこそ」
先程までの甘い空気とは一変して、少し気まずげにお互い顔を逸らしていた。でも組まれた腕は離れる事はない。
空いている方の手で熱くなった頬を冷やす様に当てていると、ブレーデンが辺りを見回した後に言った。
「…少し、外の空気を吸いに行こう」
「え?」
「動いたからか暑くなった。君も顔が赤い」
「そ、そうですね」
ダリアはその腕に手を添えたまま、二人は会場を出た。
「そういえば明日の事なんだが、少し遅れるかもしれない。突然宮内卿が来られる事になって」
「ジェドイック卿から聞きました。忙しい様でしたら、無理なさらなくてもいいですよ?」
「いや、行く。必ず」
「…分かりました」
まるで子どもの様に言うブレーデンに、ダリアは微笑ましく思った。今夜のダンスだけでも充分満ち足りていたが、欲を言えばダリアだって少しでも一緒にいたい。
「何か食べたいものはありますか?」
「なぜその様な事を聞くんだ?」
「なぜって…あなたがいつも言っているではないですか。そこでしか食べられないものを食べるのが、旅の醍醐味だと」
「はは…そうだったな」
「もういい加減認められたらどうです?あなたは食べる事がお好きなのだと」
「ブレーデン」
突然第三者の声がして二人は振り返った。そこには一人の男性が立っていた。
見知らぬ人物がブレーデンの名を呼んだ事に首を傾げていると、ブレーデンが呟く様に言った。
「…父上」
ブレーデンの言葉に、ダリアは慌ててカテーシーを見せた。
「初めまして。グラム・バッケン子爵が娘、ダリア・バッケンと申します」
しかし男はダリアには目も向けず、ブレーデンに言い放った。
「何をしている。殿下はまだ会場にいらっしゃるのだぞ」
「……」
ブレーデンは一瞬だけ黙り、ダリアの方を向くと「…すまない」と呟いた。
そっとダリアの腕を解き、男へ向き直る。
「申し訳ございません」
「早く戻れ。お前の職務を忘れるな」
「はい」
先程まで自分の隣にいたブレーデンが、まるで別人のように見える。
「ここで待っていてくれ。護衛の騎士に迎えに行かせる」
そう告げると、ブレーデンはダリアを残して歩き出す。
男も一度だけダリアを一瞥したが、何も言わなかった。
二人の背中が遠ざかっていく。
ダリアはその場に立ち尽くし、見つめることしかできなかった。




