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そろそろ開場の時間となった頃、ノック音が響いた。
(…彼だったりして)
そう期待しながら返事をすると、入室してきたのはジョシュアの近衛騎士、ジェドイックだった。
「お久しぶりです。ダリア殿」
「お久しゅうございます。ジェドイック卿」
「お迎えにあがりました。会場へ案内します」
「はい」
ダリアは鏡を見て軽く整えてから、ジェドイックの隣に並ぶ。
「行きましょうか」
「…はい」
そして部屋を出た。ダリアはジェドイックの後ろについて行く。
すると、ジェドイックが立ち止まった。自ずとダリアも足を止めると、ジェドイックがこちらに振り返って言った。
「どうされました?」
「え?」
「不思議そうな表情をしておられたので」
ジェドイックの言葉に、ダリアはぴくりと反応した。
「ブレーデン卿ではなかったからですか?」
「ち、ちが」
(そうだ…この人は私達の仲を疑っているのだった)
ダリアは一つ咳払いをして、正直に話すことにした。
「以前ハノーヴァー卿にエスコートして頂いた時に、腕を取らせて頂いたので、それが通常なのかと」
「いえ?そういった決まりはございませんが」
「…そうですか」
(つまり…あれは彼の独断だったのね)
ダリアの頬がほんのり赤く染まる。それを見てジェドイックはにやりと笑って言った。
「ブレーデン卿は、明日ノルヴェイン国から宮内卿が急遽来られる事になったので、その調整をしております。なので私が代わりに」
「き、聞いておりません」
「左様ですか」
ジェドイックは楽しげに踵を返す。ダリアは俯きながらその後を追い、やがて会場に到着した。
「では私は失礼します」
「ありがとうございました」
ジェドイックは礼をすると、一緒に来ていたダリアの護衛の騎士の肩を叩いてダリアを託し、どこかへ行った。
開始までもう間も無くとなり、招待客の数も増して行く。混雑を避けるため、ダリアは壁際の方で待機する事にした。
やがて楽隊によるファンファーレが鳴り響き、まずは国王夫妻、続いて本日の主役であるジョシュアとエマリエルが姿を現した。
会場は盛大な拍手に包まれる。祝辞が述べられたあと、二人によるファーストダンスが始まった。
エマリエルのプラチナブロンドの髪がくるりと舞い、互いを見つめ合って踊る二人の姿は、とても美しい。
微笑ましく見つめながら、ダリアは踊り終わった二人に拍手を送る。
やがて歓談の時間となり、招待客たちはジョシュア達に祝いの言葉を述べに行ったり、ダンスを楽しんだり、食事を取ったりと思い思いに過ごし始めた。
ダリアはまず、エマリエルとの橋渡しをしてくれた、王弟デイビットに挨拶に向かった。
『おお、ダリア殿。ようこそリーズリー国へ』
『お久しゅうございます。デイビット殿下』
ダリアがカテーシーを見せると、デイビットは微笑んで言った。
『元気そうで何よりだ。そういえば、ゼーダ伯爵は欠席と伺ったのだが、どうれたのだ?』
『実は他国の方へ旅行へ行っていて…』
『はは!本当に仲の良いご夫婦だ』
このエマリエルの凱旋は急遽決まったので、数日前からリーズリー国を発っていたダリアの祖父母は、やむなく欠席となった。
『姪のほうも、仲良くやれている様だな』
そう言いながらデイビットは、招待客に対応する二人を見て目を細める。
『はい。お二人のお姿を見ていると、とても和やかな気持ちになります』
『姪からいろいろ聞いているよ。君とジョシュア殿下の臣下が良くしてくれたとね』
『これも全て、デイビット殿下が私と妃殿下の縁を結んでくださったおかげです』
『確かに…君を姪の話し相手に、というのはかなりの思いつきだったのだが、良い判断だった』
デイビットはそう言って満足げに頷く。ダリアは思わず笑みをこぼした。
『ぜひ楽しんでいってくれ』
『ありがとうございます』
ダリアはデイビットに深く礼をして、その場を後にした。
「少し混雑している様だから、落ち着いた頃にお二人に挨拶に行くわ」
「かしこまりました。お飲み物をお持ちしましょうか」
「ええ、お願い」
そう言って護衛の騎士が、その場を離れる。その時だった。
『こんばんは』
男性の声がして辺りを見渡すと、招待客の一人がこちらを向いて立っていた。ダリアはようやくそこで、自分が話しかけられている事に気付いた。
『…こんばんは』
『初めてお見かけしたものですから、お声をかけさせていただきました。我が国の方でしょうか?』
『いえ、私は…』
『失礼します』
飲み物を持って戻ってきた護衛騎士が、二人の間に入るように立った。そしてリーズリー語で、ダリアは王太子夫妻の客人であることを簡潔に伝えて、相手をやんわりと遠ざけてくれた。
「ありがとう。助かったわ。リーズリー語を話せるのね」
「少しだけですが、何とか伝わったようで安心しました」
ダリアは飲み物を受け取り、口に含みながら元恋人の事を思い出していた。
(こうやって話しかけられたのが、きっかけだったのよね。見慣れない顔だから目立っているのかも。警戒しよう)
しかしその後も、ダリアは何人かの男性に声をかけられる。
そのたびに護衛の騎士が穏やかに話を切り上げてくれたものの、こんなに色々な男性に話しかけられた経験がなかったダリアは、すっかり萎縮してしまった。
ジョシュア達の方を窺ってみるも、まだまだ落ち着く気配はない。
「…一度部屋に戻ろうかしら」
「かしこまりました」
部屋まで送ってもらい、頃合いを見て呼んでもらおうと考えたダリアは、出入り口の方へ向かおうとした時だった。
『失礼、エマリエル王女のお知り合いとお伺いしたのですが』
またもや話しかけられてしまう。
『…ええ』
『そうなのですね。私の家も王家の方達と繋がりがあるのです』
『申し訳ございません。主は』
『どういった経緯でお知り合いに?』
護衛の騎士が二人の間に入ろうとするが、相手はそれを遮る様に言葉を重ねる。リーズリー国の貴族な事もあって、護衛の騎士はそこで黙らざるを得なかった。
(他の話しかけてきた人達を見て、私達が強く出られないのが分かったのね)
ダリアは顔を引き攣らせながら、何とか話を合わす事にした。適当に応対して、体調不良を理由に退く事にしようと決める。
『私がジョシュア殿下の講師を務めさせて頂いた事が、きっかけで』
『何をご教示されたのです?』
『リーズリー語です』
『ほう!殿下の堪能なリーズリー語はあなたのおかげですか!』
その瞬間、ダリアは余計な事を言ってしまったと思ったが、もう遅かった。それをきっかけに相手はどんどん勢いを増していく。
矢継ぎ早に質問をされ、ダリアも早く話を切り上げたいという態度を露骨に示しているつもりだった。しかし相手は気付いていないのか、気付いていないふりをしているのか分からないが、一向に止まらない。
さすがに見かねた護衛の騎士が、『申し訳ございません』と強く間に入った。
そしてダリアの体調が優れないので、部屋に戻ろうとしていた事を慣れないリーズリー語で何とか伝えてくれた。
『そうだったのですね…大丈夫ですか?』
『…ええ。少し人の多さに充てられたみたいで』
これで解放される。そう思ったのも束の間、相手は変わらぬ表情で言った。
『良い休憩場所を知っております。案内しますよ』
そしてついに相手はダリアの肩に触れた。ぞくり、と肌が粟立つ。
護衛の騎士が、ダリアの肩にある相手の手をとろうとした時だった。
『失礼』
(……また?)
一瞬そう思ったが、それは聞き覚えのある声だった。ダリアの胸が高鳴る。
その声の主を見て、ダリアはほっと息を吐いた。
『彼女は私のパートナーなのです。お手を離して頂けますか』
抑揚のない低い声は、淀みないリーズリー語で冷たく言い放つ。相手は一瞬で怯み、ダリアから手を離した。代わりにその男がダリアの肩に触れる。
『待たせてすまなかった』
『いえ…』
そしてその男は睨む様に相手を一瞥して、ダリアと共にその場から離れた。
「大丈夫か?」
「はい…助けて頂いてありがとうございました」
ダリアは肩に添えられた手の温もりと、すぐ隣にいる男の近さに、心臓があり得ないほど激しく脈打っていた。
しばらく歩いて、十分距離を置いた所で二人は立ち止まる。その男ーーブレーデンは辺りを見渡し、もう一度ダリアを見て言った。
「…今夜の君は、少々目立ちすぎるな」
苦言のような口調とは裏腹に、その瞳にはダリアしか映っていなかった。
「………」
ジョシュアは少し高い位置にある玉座から、ダリアとブレーデンの様子を見ていた。
(無事に合流出来たようだ)
そう安心した後、先程の出来事を思い出す。
エマリエルとのファーストダンスが終わり、二人は招待客の対応に追われる事となった。
ほとんどが結婚式にも出席していた人物達だったため、ジョシュアも顔と名前はおおよそ把握している。だが中には記憶が曖昧な相手や初対面の人物もいた。
そういう時は、後ろに控えるブレーデンが小声で名前を教えてくれるのが常だった。
そして正に今、玉座の下で謁見の許可を待つ人物の名を尋ねようと、ジョシュアは小さく呼びかけた。
「…ブレーデン」
「………」
「…ブレーデン、おい」
「………」
「…おい、名前を…」
いつもなら名前を呼んだだけで耳打ちしてくれるはずのブレーデンから一向に返事が返ってこず、ジョシュアは思わずブレーデンを見た。
すると、ブレーデンは全くこちらに目もくれず、会場のどこか一点を見つめていた。
(一体何を見てるんだ…?)
珍しいこともあるものだと、その視線の先を追う。
(ダリア嬢?)
その一瞬で、ジョシュアは全てを把握した。
実は最近、ブレーデンがその人物に惹かれているのではないかと、何となく勘付いていたのだ。
しかもよく見たら、ダリアはどこぞの貴族令息に声をかけられているようだ。ジョシュアはにやりと笑うと、ブレーデンの袖を引っ張る。
「おい、さっきから呼んでいるのだが」
「…申し訳ございません」
本当にジョシュアの声は少しも届いていなかったらしい。突然引っ張られて目を見開くブレーデンの顔を見て、ジョシュアは思わず吹き出した。
「…あの」
「すまない。大変珍しいものを見られてつい、な。
なあブレーデン。あの方と、あの方と、それからあそこにおられる方の名前を教えてくれ」
ブレーデンは即座にジョシュアの問いに答える。ジョシュアはそれらを頭に入れると、ブレーデンの背中を叩いて言った。
「よし、じゃあ行ってこい」
「…行ってこい、とは?」
「ダリア嬢の所にだよ」
ブレーデンの目が再び見開く。
「困っていそうじゃないか。お前が行ってこい」
「…しかし、殿下のお側を離れるわけには」
「ジェドイックとエドガーがいる。いいから行って来い。大丈夫だから」
そう言ってジョシュアは、ブレーデンの背中を軽く押した。
振り返ったブレーデンは、なおもためらうような表情を浮かべる。それでもジョシュアは無言のまま顎をしゃくり、“行け”と促した。
やがて観念したようにブレーデンは一礼すると、迷いのない足取りでダリアの元へ向かう。
その背中を見送りながら、ジョシュアは口元を緩めた。
(頑張れよ、友よ)




