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王太子夫妻一行の列に合流すると、メイドの仕着せ服を着た女性と、騎士らしき男性がダリアを迎える様に礼をした。
不思議に思いながらダリアも礼を返すと、ブレーデンが言った。
「紹介する。帯同中に君の世話をしてくれる、メイドと護衛の騎士だ」
「わ、私にですか?」
まさか自分に専属の世話係がつくと思わず、ダリアは驚いた。普段から身の回りの事はなるべく自分でしているため、今回の旅もそのつもりで参加していた。
すると、何やら横から視線を感じる。顔を向けると、ブレーデンが呆れた様な顔をしていた。
(…嫌な予感がする)
そう思った瞬間、案の定ブレーデンが静かに口を開いた。
「…国外に行くのだから当たり前だ。前にも近い事を言ったが、君はもう少し貴族令嬢としての自覚を持った方がいい」
「はい…」
(忘れてた…この人は、こういう事を言ってくる人だった)
ダリアは少しだけうんざりしつつも、「ありがとうございます」と感謝を述べた。
「私は殿下の元へ戻る。彼女をよろしく頼む」
「かしこまりました」
ダリアも二人に倣い、ブレーデンに礼をする。先ほどの小言に一瞬むっとしたものの、やはりどこかへ行ってしまうと少し寂しかった。
「ダリア!」
乗船して荷物を待機室に置いた後、ダリアはジョシュアとエマリエルの元に訪れていた。
「ありがとう、来てくれて」
「こちらこそお誘いありがとうございます」
「ダリア嬢、何だか顔を合わせるのは久しぶりだな」
「はい。お久しゅうございます、殿下。
遅くなりましたが、改めてご結婚おめでとうございます」
それから三人で話していると、船が動き始める。到着は二時間後だ。
「今日は天気が良くて安心しました」
「ああ、問題なく海を渡れる。きっと気持ちの良い潮風が当たるだろう」
「ええ、きっとそうね」
ダリアは二人のやり取りに少し違和感を感じた。それを察したのか、ジョシュアがさらりとした調子で言う。
「俺達は安全のために、甲板に出ることは出来ないんだ」
「…そうなのですね」
あまりに気軽に接してくれるのでダリアはまた失念していた。二人は王族なのだ。
最大限の安全を確保しなければならない。
「いつも遠出をする時は、こうして待機室や馬車の中で過ごしていたからな。今はこうして話し相手がいる分、随分と気が楽だ」
「ふふ…本当ね」
そう言って二人は微笑み合う。
すっかり似合いの夫婦になっていて、ダリアは心が和んだ。
それからダリアは滞在中の予定を聞かされた。
リーズリー国に滞在するのは三泊。昼過ぎに到着し、明日の夜に催される凱旋パーティまで自由に過ごしてもらって構わないとの事。
その後も二人は様々な公式行事が控えているが、その合間にエマリエルとの茶会や、王宮を案内してもらう時間が組み込まれていた。
「リーズリー国の王宮に入るのは初めてです」
「そうなのね!とても綺麗なステンドグラスが映える図書室に、珍しい植物が見られる温室、それに海が見える回廊と…あと、自慢のパティシエもいるの。
出来る事ならノルヴェイン国に連れて行きたかったくらいよ」
一気にダリアの目が輝く。その時ハッとしてジョシュアの後ろに控えているブレーデンを見ると、うっすら口角が上がっていた。
(…素直に食べる事が好きと認めればいいのに)
ダリアは改めて思う。
これほど分かりやすい所があるというのに、本人だけが気付いていないのだから困ったものだ。
その後もしばし歓談したあと、ダリアは部屋を出た。
「ダリア様、待機室に戻られますか」
「ええ、そうしようかしら」
部屋の外で待機していた騎士と移動しようとすると、退出した筈の扉が開いた。現れたのはブレーデンだった。
「…ハノーヴァー卿」
「少し話がある」
そう言ってブレーデンが騎士に目配せをすると、その騎士は礼をしてどこかへ行った。
「どうしたのです?」
「殿下達を、甲板にお連れしようと思うんだが」
「…!それはとても良いと思います」
ダリアが綻ぶ様に喜ぶと、ブレーデンも微笑んだ。
「殿下は産まれた時からずっと守られる立場にあった。だからこそ、この状況が当たり前になっているのだと思う。
ずっと仕えている私もそうだ。殿下を外に連れ出そうとは思いもしなかった」
ブレーデンは、廊下の小さな丸窓から見える海を眺めながら続ける。
「だがせっかくリーズリー国との友好関係が結べたのだ。この二国間の航路の間だけでも、旅の空気を味わってもらいたい。勿論、妃殿下にもな」
ダリアは何度も頷く。二人の楽しそうな顔が頭に浮かんで、もう頬が緩んだ。
「君が聞き出してくれたおかげだ」
「私はただ世間話をしただけですが…お役に立てて良かったです」
「ああ、それと」
海を見ていたブレーデンがダリアの方を向いた。二人は目が合う。
「二人で出かける件なのだが」
ダリアの心臓がドクン、と鳴った。
「明後日の夕方、時間が取れそうなのだが…どうだろうか。確か君も何も予定はなかった筈だ」
「はい。よろしくお願いします」
「君の部屋まで迎えに行くから、待っていてくれ」
「分かりました」
「では私は殿下達を甲板にお連れ出来るように、手筈を整えてくる」
「私も顔を出しますね」
「ああ」
そう言ってブレーデンは甲板の方に向かった。
その背中をしばし見送ったあと、ダリアは両手を顔に当てた。
それでも込み上げる衝動が抑えられず、意味もなく頭を振る。そのまま心臓が落ち着くまで待った。
やがて待機室へ戻ったものの、口元はどうしても緩んだままだった。
意味もなく座ったり立ち上がったりをくり返しているうちに、自然とブレーデンをどこに連れて行こうか考え始める。
自分の知っている店で、ブレーデンが好みそうなものを一つ一つ思い浮かべていると、廊下を歩く何人かの足音を耳にした。
(…もしかして)
そう思い甲板へ出てみると、ジョシュアとエマリエルの姿が見えた。
二人は頬を上気させて、それは楽しそうに海の向こうを指して笑っていた。
ダリアはあえて話しかけずに、その微笑ましい光景をそっと見守った。




