2
いよいよ出発当日。
ダリアはリリアンヌと共に港にいた。
「少し早く着きすぎたわね」
「お母様、あそこで待ちましょう」
二人は護衛を兼ねた従者と共に、船を待つ人たちが利用するベンチに腰掛けた。
「良い天気になって良かったわね」
「ええ。絶好の船日和ね」
二人はしばし海を眺める。
最近の講師依頼により、リリアンヌとこうしてゆったりとした時間を過ごすのは久しぶりだった。
ダリアはずっと気になっていた事をリリアンヌに聞いてみることにした。
「…ねえお母様。こんな時に聞く事じゃないのかもしれないけど、お父様の事で聞きたい事があるの」
「あら、何かしら」
ダリアは、横並びで座っているリリアンヌの方に体を向けた。
「…お父様って、どうして爵位に関してはあまりこだわりがないのかしら。
その…貴族社会と距離を置きたがっているというか…国王様から直々に誉れを賜るなんて、一生に一度あるかないかの話なのに」
「そうねえ」
「もしかしたら、伯爵位になる機会だったのではないの?」
「そうかもしれないわね。でも爵位が上がろうが上がるまいが、お父様のお仕事は順調でしょう?だから、心配しなくていいのよ」
「…そう、ね」
だからこそ、ダリアは不思議に思うのだ。
子爵家という立場で、これほど長く王都に滞在できる者はそう多くないだろう。それも全て、グラムの事業が順調だからこそだ。
この事業は、グラムが一代で築き上げた。そう考えると、決して向上心や野心がなかったわけではないとダリアは思う。
すると、リリアンヌは小さく微笑んで言った。
「教えてあげるわ。別に隠す事でもないし」
「いいの?」
「ええ」
リリアンヌもダリアの方に体を向ける。
「前に話したと思うんだけど、私達が一緒になる時、少し大変だったって言ったの、覚えてる?」
「うん」
「私達は爵位も違えば国も違うから、お父様が…あ、あなたのお祖父様ね。私達の結婚を、簡単には認められないとおっしゃったの」
リリアンヌはここで一度言葉を切り、「ややこしくなるから、あなたのお父様の事は名前で話すわね」と言って続けた。
「せめて格式を上げてくれと言われて、グラムはその為に必死に動いてくれたの。
でもその頃にはグラムのご両親は亡くなられていて、頼れる伝手もなかった。
だから出席できる社交の場には片っ端から顔を出して、国政に関わるような有力貴族に気に入られようと奔走した。毎日毎日お酒を飲んで、頭を下げて、色んな人に媚びて…どうなったと思う?」
「…体を壊したのね」
「そう。正確には心と体をね」
ダリアの胸が締め付けられる。リリアンヌは眼前に広がる海を眺めた。
「だからやめて欲しいって私がお願いしたの。あなたがあなたじゃなくなるくらいなら、結婚なんてしないって。
そうしたら、今度はどうしたと思う?」
リリアンヌはにやりと笑って言った。
「事業を立ち上げて、お父様を黙らせるくらいお金を稼いだのよ。その時に築いた伝手を使ってね」
ダリアは目を瞬く。
「どう?すごいでしょう、あなたの父親は」
「ええ…本当に」
「そういう訳だから、もう貴族社会のあれこれに巻き込まれるのはもう懲り懲りなの。
今回また片足を突っ込んじゃったけど、祖国との架け橋になれたのだから、後悔はないわ。彼もそう思ってるはず。
どうかしら?これがあなたの疑問への答えよ」
ダリアは大いに納得した。両親の絆の深さを感じ、誇りに思う。ただ、ふと別の疑問が浮かんだ。
「お父様とお母様って、何かのパーティーで出会ったのよね?それからどうなって、想い合う様になったの?」
「うーん…それは話が長くなるから、また今度ね。
それにほら、来られたみたいよ」
リリアンヌの視線の先を見ると、人だかりがある。目を凝らしてみると、ノルヴェイン国の紋章が描かれた馬車が停まっていた。
ダリアは立ち上がる。
「ねえ、お母様。いつか絶対、その話聞かせてね」
「ふふ…分かったわ」
リリアンヌも立ち上がると、二人は馬車の元へ向かった。
到着すると、丁度馬車からジョシュアとエマリエルが降りてくる所だった。民衆たちが拍手で迎える。ダリア達も一緒に手を叩いた。
その時、ダリアはジョシュアの後ろに控えるブレーデンの姿を見つけた。思わず頬が緩み、何気なくその姿を目で追っていると、不意にブレーデンと目が合った。ダリアの心臓が震える。
ブレーデンは同じく後ろに控えているジェドイックに耳打ちすると、ダリアの方に足を向けた。
「迎えが来たみたい。お母様、こっち」
ダリアは群衆から外れてブレーデンを待った。まさか直々に迎えに来てくれるとは思わなくて、胸を弾ませる。二人はブレーデンと合流した。
「ご機嫌、ハノーヴァー卿」
「ああ、少し待たせただろうか」
「いえ、念のため早めに来ていただけなので」
「それなら安心した。お久しぶりです。マダム」
「お久しゅうございます、ハノーヴァー卿。この度は娘が光栄なお誘いを受けまして、大変嬉しく思っております。
夫は仕事で来られなかったのですが、よろしく頼みますとの事です。私からも重ねて、娘をよろしくお願いします」
「勿論です」
何だか嫁に行くような挨拶に、ダリアは恥ずかしくなり少し俯く。こんな何でもない挨拶にさえ、こう捉えてしまう辺り、結構重症かもしれない。
「荷物を頂こう」
「よろしくお願いします」
ブレーデンがダリアの荷物を従者から受け取っている時に、リリアンヌがダリアにこそっと言った。
「…あなたは彼と久しぶりじゃないのね」
「!!」
慌てて顔を上げると、いたずらっぽく笑うリリアンヌと目が合った。
「楽しんでらっしゃい」
その言葉に、いろんな意味が含まれている事をダリアは悟る。
(…もしかして、お母様は気づいてらっしゃる?)
そう思うも、この場でその真意を問う訳にはいかないので、ダリアは無言で頷くことしか出来ない。そして何とか手を振って、リリアンヌと別れた。




