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「ダリア!久しぶり」
「お久しゅうございます、妃殿下」
エマリエルに初めて会った時の張り詰めた雰囲気はもうない。
その穏やかな表情を見て、ダリアは嬉しくなる。
「披露宴で会えると思っていたのに、あなたがどこにいるのかすら分からなくて残念だったわ」
「招待客が多かったですから。でもしっかりお二人の姿を目に焼き付けましたよ。思わず泣いちゃいました」
「もう…ダリア。本当にありがとう。あなたのおかげよ」
エマリエルは嬉しそうに微笑んで、ダリアを抱きしめた。ダリアも烏滸がましく思いながらも、そっと腕を回す。
体を離すと、エマリエルは続けた。
「婚姻後は忙しかったからなかなか時間がとれなくて…実は無理を言って、この時間を設けてもらったの。だからあまりゆっくり出来ずごめんなさいね」
「いえ、それでもこうしてお誘い頂けるなんて光栄です」
ダリアの心が暖かくなる。エマリエルは無邪気にダリアの腕を取ると、「さあ、座って」と案内してくれた。
席にかけ、ダリアがいつものように土産を出す。今回もエマリエルは大喜びだった。
二人は会話を楽しみながらお茶をする。すると突然、エマリエルが畏まった様に背筋を伸ばした。
「…どうされました?」
「あのね、どうしてもあなたに直接聞きたくて、今日は来てもらったの」
ダリアの胸がざわつく。一体何だろうと思っていたら、エマリエルが意を決した様に言った。
「今度、リーズリー国にジョシュアと凱旋するのだけど、あなたも帯同してもらえないかしら?」
「わ、私ですか?」
ダリアは驚く。エマリエルは頷いて続けた。
「あなたに紹介したいものがたくさんあるの。こうしてジョシュアとの仲を深めれたのは、あなたのおかげだから、その礼をしたくて…どうかしら?」
断る理由などない。ダリアは笑顔で答えた。
「ぜひ行きたいです」
「良かった…!」
妃からの誘いを断る者など、そうはいないだろう。
けれどエマリエルは、本気で断られる可能性を感じていたらしい。その事に、ダリアは自然と表情を綻ばせた。
出発の時期も食事会より前だった。講師の依頼は一件入っていたが、この事情を話せば日程をずらしてもらうことに問題はないだろう。
ダリアは誘ってもらった嬉しさも込めて、エマリエルへ礼を述べた。
そしてあっという間に茶会の時間は終了し、エマリエルに別れを告げた。
部屋を出てしばらく歩いたところで、ダリアはふと足を止めた。
そして踵を返し、帰路とは反対の方向へ歩き出す。
向かったのは、茶会の後にいつもブレーデンと落ち合っていた部屋だった。
ジョシュアとエマリエルの仲が深まった今、二人がここに集まる理由はない。
それでも、もしかしたらーーそんな淡い期待を捨てきれず、扉をそっと開ける。
案の定、部屋には誰の姿もなかった。
「…当たり前よね」
自嘲気味に呟きながらも、そのまま部屋へ入る。
ダリアは待ってみる事にした。
ブレーデンと顔を合わせたのは、ジョシュアとエマリエルが街へ出かけた日が最後だった。
自分の恋心を自覚してからというもの、ブレーデンの姿を思い浮かべるたびに会いたくなる。恋しくなる。
ぼんやりと窓の外を眺めながら、ダリアはふと頬を緩めた。
(…リーズリー国、楽しみだな)
エマリエルたちに帯同すれば、ブレーデンと過ごせる時間がきっとある。
感謝の気持ちから誘ってくれたエマリエルに対し、不純な期待を持っている事に少しだけ後ろめたかった。
それでも、この機会を嬉しいと思わずにはいられない。
(…そうよ。きっと帯同中に会えるんだから、今日はもう帰ろう)
そう気持ちを切り替え、踵を返した。
その時だった。
廊下から足音が近づいてくる。やがて部屋の前で止まり、扉がゆっくりと開いた。
「……!」
入ってきた人物は、部屋にダリアがいることに目を見開く。ダリアもまた、息を呑んだ。
二人の声が、ほとんど同時に重なる。
「どうしてここにいるんですか?」
「なぜここにいる?」
扉の向こうに立っていたのは、ブレーデンだった。
随分と久しぶりに間近でブレーデンを見て、ダリアは咄嗟に目を逸らす。途端に心臓が鳴り出した。
顔は赤くなっていないだろうか、にやけてしまってないだろうかと、頭を巡らせる。
ブレーデンは気まずげに頭を掻いてから、ゆっくりと入室した。
「…驚いた。まさか君が来ているとは」
声も久しぶりに聞いた。この抑揚のない低い声が、ダリアの心臓を更に震わせる。
「ここに集まるのが習慣で…つい来てしまいました」
ややあった後に、ブレーデンも「…私もだ」と言った。
ダリアは本当なのだろうか、と思った。
なぜならダリアは習慣などではなく、期待を寄せてここに来たからだ。本人に言えるわけがないので、適当に嘘をついただけ。
その真意を問うわけにもいかず固まっていると、ブレーデンはいつもの場所に腰掛けた。ダリアもそうする。
「お久しぶりですね」
「ああ。元気そうで何よりだ」
(前までどう話していたんだっけ…)
改めて自分の不器用さを実感する。ダリアはブレーデンから見えない位置でスカートを握り、何とか平常心を保ちながら会話を試みた。
「皆さん相変わらずの様で、安心いたしました」
「久しぶりといえど、たった何週間かだろう」
「毎日の様にお会いしていたので」
「そうだな」
「そういえば、妃殿下からリーズリー国に帯同して欲しいとお誘いを受けました」
「ああ、私が提案したからな」
ダリアの動きが止まる。
「…ハノーヴァー卿がですか?」
そして思わず聞き返していた。ブレーデンは不思議そうにこちらを見て言った。
「そうだが?」
まるで、それが特別なことではないようにブレーデンは答えた。その反応に、ダリアの方が戸惑う。
思わず問うていた。
「なぜ提案を?」
「君に随分と会えていないと思ったからな」
「…それはええと…妃殿下が言われたのではなく、あなたがそう思ったからですか?」
「そうだ」
(…この人、自分で何を言ってるのか分かってるのかしら?)
この部屋で再会した時から、薄々気づいてはいた。
ブレーデンは「まさか君が来ているとは」と確かに言った。
それはダリアが来ないと分かっているのに、この部屋に足を運んだということだ。
その上、ダリアに会えていないからと、エマリエルに提案までしていたという。
そこまで揃えば、もう考えるまでもない。
(この人…私の事が好きなのね)
ダリアは、ベアトリスとどうやってブレーデンの真意を知るか、あれこれ考えていた時の会話を思い出す。
ーー結構、手強そうではあるわよね。
ーーそうなの。事実しか言ってこないし。
ーーちょっと触ってみたら?
ーーそ、そんなの無理よ!
ーーそれくらいしないとだめよ。相手は堅物さんよ?
「…ふふっ」
ダリアは思わず吹き出す。
「どうした」
「いえ…ちょっと思い出して」
「…突然だな」
(ベアトリス、そんな事をする必要もなかったわ。この人…分かりやすいにも程がある)
もしかしたらダリアと同じ様に、ブレーデンもこういった事は不器用なのかもしれない。しかも全部無自覚にやっている辺り、ダリアよりも質が悪い。
何はともあれブレーデンの気持ちが分かった今、ダリアがしなければならない事は決まっている。
首を傾げているブレーデンに、ダリアは言った。
「一つお願いがあるのですが」
「何だ」
それでもやっぱり勇気がいる。ダリアは一拍置いた後、思い切って言った。
「リーズリー国滞在中に、どこか出かけませんか?
ふ…二人で」
少し噛んでしまったが、ダリアは何とか言い切った。
さすがに顔を見れなくて、俯く。
「………」
(…ちょっと待って、何も言ってこないのだけど)
沈黙に耐えかねて恐る恐る顔を上げると、固まったブレーデンがそこにいた。
「あの、ハノーヴァー卿?」
「…あ、すまない」
我に返ったようにそう言うと、なぜかブレーデンは立ち上がり、ダリアに背を向けた。
「…あ、あの」
ダリアからしたら一刻も早く答えが欲しくて声をかけたのに、ブレーデンは動かない。
「難しい、ですか?」
「あ、いや…そうではない。予定を思い返していた」
ブレーデンはそこでようやく振り向いてダリアと対峙したが、目線はなぜか二人の間にあるテーブルに集中して話を続けた。
「出発までに調整しておく。その…行こう。ぜひ」
「はい。よろしくお願いします」
「では失礼する」
そしてそのまま目線は逸らされたまま、ブレーデンはそそくさと部屋を出て行ってしまう。
ダリアは思わず笑ってしまった。




