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「…なるほどね」
話せる範囲の事を、ダリアはベアトリスに全て話した。
「まあ普通に考えて断る理由なんてないわよね。こんな良縁」
「ええ…」
「だけどあなたはブレーデン・ハノーヴァー卿が気になっている、と」
「………」
そこに関しては少し濁して伝えたが、やはりベアトリスにはお見通しのようだった。
「何よ。そうなんでしょ?」
「う、うん…」
いざ言葉にされるとやはり照れてしまう。そんなダリアにベアトリスは、にやりと笑った。
「殿下一筋の堅物が、“君かもしれない”ねえ…」
「ちょっと!」
顔を赤くしてあたふたするダリアに、ベアトリスは思わず吹き出した。
「ごめんごめん!何だかときめいちゃって」
「…でしょう?」
かと思ったら、今度は頬を緩ませてにやにやするダリアに、ベアトリスは呆れつつも可愛らしく思った。
そして紅茶を一口含んでこくりと飲み込んだ後、静かに言った。
「この縁談は、断った方がいいわね」
「………」
ベアトリスの言葉に、ダリアの表情が固まる。
「分かってると思うけど、あなたの気持ちを押し殺して結婚したとしても、誰も幸せにはならない。そんな誠実なお家なら尚更ね」
「うん…」
どんどん落ち込んでいくダリアを見て、ベアトリスは一つ息を吐くと、明るい調子で言った。
「まあ、そんな簡単な話じゃない事は分かってるわ。
気持ちなんて二の次、建前と体裁で結婚をするのが貴族の世界だものね。これはただの、商家の娘の戯言」
それでもダリアは項垂れる様に俯いた。ベアトリスは目を細めながら言う。
「全く困った話ね」
「…本当に」
しん、と部屋が静まる。ベアトリスはしばらく一点を見つめた後、ゆっくりと口を開いた。
「他に好きな人がいる。でもあなたの立場じゃ簡単には断れない。だからと言って、このまま結婚する訳にもいかない。
となると…残る道は一つだけね」
「……?」
ダリアが首を傾げながら顔を上げると、ベアトリスはにやりと笑って言った。
「ブレーデン・ハノーヴァー卿に、略奪してもらうしかない」
「りゃ!?…ごほっ!ごほっ!」
口にすらした事のない言葉に、ダリアは言い切れず咳き込んだ。
「例えよ、例え。まだ婚約も何もしていないんだから」
ベアトリスは気にも留めない様子で続ける。
「ハノーヴァー家も同じ伯爵家。むしろ王家に代々仕えているハノーヴァー家の方が格式が高いのだから、その家からの申し出となると、ローディン家は手を引くしかなくなるでしょう?」
「そ、それはそうだけど…それこそ、そんな簡単な話じゃ…!」
「いーい?ダリア!」
ベアトリスは立ち上がる。
「恋愛ってのはいつまでも受け身じゃ駄目なのよ!自分で掴み取っていかなきゃ!
前回の時も言ったけど、受け身になるから、流されて利用されるの。散々言ったでしょう!?」
「…はい」
いつまでもめそめそしていたダリアに、ベアトリスがこうやって撃を飛ばしたのを思い出した。
ジョシュアにあれこれ言っていたのに、自分の事となると途端にダリアは不器用になる。やっぱり自分に恋愛は向いていないのだと、ダリアは悲しくなった。
「よーく聞きなさい。あなたがしなきゃいけない事は二つ」
しかしベアトリスは、そんなダリアに容赦なく続ける。ダリアの眼前に二本指を立てた。
「まずはブレーデン・ハノーヴァー卿の想いを確かめること。
話を聞く限り、向こうもあなたを意識しているのは間違いないわ。でも、それを本人が認めていないのか、認めたくないのかまでは分からない。
だからまずは、そこをはっきりさせること。
もし彼の想いを確信した場合、次にする事はーー」
ダリアの喉が鳴る。ベアトリスは再びにやりと笑うと言った。
「アタックあるのみ!!」
ダリアは目を丸くして瞬く。
「何よその顔」
「いやいや…あまりにも大雑把だし…わ、私が?それもあんな堅物を相手に?」
「そうよ。 あなたが。 彼に。 アタックするの」
ベアトリスは一つ一つの言葉を強く言い放った。ダリアの表情がどんどん強張っていく。
「大丈夫よ。好きな相手のする事は全て三倍増しで愛しく思うから、例えあなたの拙いアプローチでも響くはずよ」
(拙いのが前提なんだ…)
だがベアトリスの言う通りである。
前回の時も相手からの猛アプローチで交際をスタートさせたため、ダリアから動いて始まった恋は一度もない。そう指摘されて当たり前だった。
「そもそも…どうやって彼の気持ちを確かめたらいいのかも分からないのだけど」
「それを今から考えるのよ」
ベアトリスは席につくと、まるで酒を煽るように紅茶を飲み干し言った。
「任せなさい」
ダリアの目には、まるでベアトリスが輝いて見えた。
それからベアトリス先生による恋愛講座が始まり、それは夕方まで続いた。
「まあこんなものね」
「ありがとうございます!先生!」
終始目から鱗な話ばかりで、ダリアはすっかり陶酔していた。
「どう?出来そう?」
「うん…何だか出来そうな気がする」
「それはよかった」
そろそろ解散の空気が出始めたころ、ベアトリスがハッとしたように言った。
「そうだ、一つ気になった事があったわ」
「何かしら?」
「彼が結婚しない本当の理由よ」
ダリアもハッとする。ベアトリスは考える様に、顎に手を添えて続けた。
「その騎士から聞いた話だけだと、何だか腑に落ちないのよね…。
だって、殿下も止めてらっしゃらないんでしょう? 守られる側の方がそう仰っているのなら、好きな人が出来ても、結婚を避け続ける理由にはならないと思うの」
ダリアは少し目を伏せた。それはダリアも感じていた事だった。
でも、その理由を追求するのが怖かった自分がいたのを自覚する。もしその理由が、自分ではどうしようも出来ない事だったらーーー。
「たぶんそれが、あなたへの気持ちを素直に認められない理由な気がする」
ベアトリスの言葉に、ダリアは頷く事しかできなかった。
それから数日後、ダリアのもとに二通の手紙が届いた。
一通はエマリエルからの茶会の誘い。
もう一通は、ローディン伯爵家からの食事の誘いだった。
ジョシュアとエマリエルの婚姻をきっかけに、国内ではリーズリー語への関心が高まりつつあった。
そのためダリアも、貴族たちから依頼を受け、リーズリー語を教える機会が増えていた。
おかげで、それを理由にローディン伯爵家との食事会を限界まで引き延ばすことに成功した。
その日までに、ブレーデンとのことに決着をつけよう。ダリアはそう心に決めた。




