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二人の祝辞が終わると、会場は歓談の時間となった。
飲み物が配られ、会場の隅には一口サイズの料理が並べられている。
参列者の数が多いため、主役である二人への挨拶は上級貴族に限られていた。当然、バッケン家はその対象ではない。
ダリアは直接祝いの言葉を伝えられないことに少し寂しさを覚えながら、ワーノルドとともにグラムたちのもとへ向かった。
「いた。あそこだ」
ワーノルドが人混みの先を指差す。
視線を向けると、グラムたちが誰かと言葉を交わしている姿が見えた。
二人は人波を縫うように歩み寄り、グラムに声をかけた。
「ああ、来たか。ダリア」
そう言ってグラムが横にずれた。ダリアはよく分からないままグラムの隣に並ぶ。
目の前にはグラムと会話をしていたであろう紳士が、にこやかにこちらを見ていた。その瞬間、ダリアは察した。
「サムエル・ローディン伯爵だ」
ダリアの予想通り、その人物は縁談を申し込んでいるという伯爵家の当主だった。
「娘のダリアです」
「初めまして、ダリア・バッケンにございます」
「君がそうか」
サムエルは目を細めて優しく微笑んだ。隣の夫人も同じような表情でダリアを見ている。
「話は聞いている。君のおかげで、この婚姻がうまくいったと言っても過言ではない。心から感謝するよ」
「いえ…そんな」
ダリアは気恥ずかしくなり俯く。サムエルは続ける。
「君だけではない、バッケン家そのものが国に貢献してくれたのだ。
国王も大変喜ばれていてな。君たち一家に何か誉をと進言されたというのに、この男は丁重に断りよった」
初めて聞いた話にダリアは目を見開く。グラムは申し訳なさそうに言った。
「私方には勿体無い話でしたので…」
「本当に欲のない男だ」
それはダリアも常々思っていた事だった。
グラムは事業に関しては積極的だが、爵位に関しては本当に無欲だ。むしろ避けていると言ってもいい。
(何か理由があるのかしら…)
ダリアがぼんやりと考えていると、これまで少し後ろに控えていた青年が、伯爵夫妻の隣へ歩み出た。サムエルはそれを見て、続ける。
「そこでぜひ我が家と縁を結べればと思い、縁談を申し込ませていただいた。紹介しよう。息子のセドリックだ」
「初めまして」
伯爵夫婦の隣に並んだ青年ーーセドリックはバッケン家に対し礼をした。そのまま自然とダリアと目が合う。
互いに相手の顔を見つめ、ほとんど同時に息をのんだ。
「もしかして……」
セドリックがそう呟いたのでダリアは確信し、今度はダリアが口を開く。
「先程助けて頂いた方…ですよね?」
「はい」
セドリックは、ダリアが人とぶつかって転びそうになった所を、とっさに支えてくれた恩人だった。
まさか知らない内に顔を合わせていたとは思わず、二人は驚く。
「どうした?」
「実は先程、偶然にも顔を合わせておりました。まさかこの様な形で再会する事になるとは思いませんでした」
「ほう、そうか」
ダリアは改めて、セドリックに礼をした。
「先程はありがとうございました」
「いえ。当然のことをしたまでです。式典の日ですから、人も多かったですし」
そんな二人のやり取りを見て、サムエルが言った。
「どうやら紹介する前に、息子の人柄を知ってもらえたようだ」
サムエルの言葉に、ダリアは納得した。
助けてくれた時の態度も、今の受け答えも気負いがない。誠実な人物の様だ。
サムエルは「思いがけない巡り合わせだ」と満足げに言うと、一度食事を共にしようと提案した。
グラムもそれに了承し、後日連絡という事になった。
ダリアは終始胸がざわついていた。何とか口角を上げて対応したが、やはり前向きに、とはいかなかった。
ローディン伯爵家にも、セドリックにも非はない。だからこそ、胸が痛んだ。
そうして結婚式は幕を閉じた。
未来の王となる二人は、誰もが見惚れるほど立派だった。その姿に、誰もが安心したに違いない。
本当に素敵な式典だったと、ダリアは静かに余韻に浸る。
ただ、ブレーデンとは会えなかった。
そもそも今まで気軽に会えていた事が異常だったのだ。何か言ってもらえるだろうかと勝手に期待を寄せて、ブローチをつけた自分が少し恥ずかしくなった。
辛うじて遠くに見えたブレーデンの姿を何度も思い浮かべながら、ダリアは会場を後にした。
「ダリア!」
「ベアトリス!久しぶりね」
その結婚式から数日後。ダリアは友人と会っていた。
「お帰りなさい。会えるのはもっと先だと思ってた」
「私もよ!会えて嬉しいわ」
ベアトリスは、グラムが長年取引を続けているフェルナン商会の一人娘だ。
ダリアとは幼い頃から交流があり、身分の違いを越えて親しくしてきた数少ない友人である。
最近は父親の仕事で国を離れる事が多く、こうして会うのは久しぶりだった。
ただ会えない間も、手紙のやり取りだけは欠かさずしていた。
「まさかあなたが、王都でこんな大役を担う事になるとはね」
「私もよ。殿下の先生になったり、王女の話し相手になったりなんて、今でも信じられないくらいよ」
「ふふ…本当ね!」
その為ベアトリスは、口外してはならない事以外はダリアの近況をある程度知っている。
このタイミングでベアトリスが会いに来てくれた事は、ダリアにとって、とてもありがたかった。
実は以前の痛い恋愛の時に、ベアトリスにはかなり世話になっていた。
散々話を聞いてもらい、気持ちの整理をつける事が出来たのだ。
ダリアはベアトリスを自身の屋敷に呼んでいた。
いつもならどこかへお茶をしに行くのが定番だったが、会う前から色々と相談する事は決めていたため、二人だけの空間にしたかったのだ。
それはベアトリスも理解していたのだろう。部屋に入って席に着くなり、「何かあったの?」と言った。
「…さすがね」
「当たり前よ。最近のあなたは、なかなか口外出来ないような環境に身を置いているからね。
部屋で話したいだなんて、その辺りの相談がしたいのだとすぐに分かったわ」
得意げに微笑むベアトリスにダリアは思わず吹き出す。そしてゆっくりと話し始めた。




