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(…私に、縁談…?)
ダリアは差し出された縁談の申し込みが書かれた書状を手に取り、目を通す。
その申し出先を見て、更に驚いた。
「ローディン伯爵家…!?」
なぜこの様な格上の家から、私に縁談の話が…?」
「この家だけではない」
グラムは静かに告げる。
「他にもいくつか申し出があった。その中でも、家柄、人柄ともに申し分ないローディン伯爵家を私が選んだ」
「……っ!」
ダリアは驚きのあまり、口を開いたままグラムを見つめることしかできない。
「予想どおり、我々バッケン家が此度のリーズリー国との婚姻に深く関わったことは、貴族たちの間で広く知られているようだ」
ダリアは息をのむ。
「とりわけお前は、殿下のスピーチを成功へ導いた立役者だ。
さらにエマリエル殿下の茶会にも度々招かれ、ジョシュア殿下、エマリエル殿下の双方から信頼を得ている事は間違いない」
グラムは一度言葉を切り、目を細めた。
「今のバッケン家は、王家から多大な信頼を得ている一族と見られている。
将来を見据え、今のうちに縁を結んでおきたいと考える家が現れても、不思議ではない」
じわり、とダリアの手のひらに汗が滲む。
書状を握る指先に力が入り、紙に小さな皺が寄った。
「なお、ローディン伯爵は、お前自身を見込んでの申し出だそうだ。もちろん、王家との縁が後押しになったことは否定できないだろうが…。
お前に妙な噂が立たずに済んで安心していたんだがな。まさかこの様な形で注目を浴びる事になるとは」
そう言ってグラムは小さく息を吐いた。
講師の役目を終えた後は、静かな日常へ戻れるものとグラムは思っていた。
妙な噂が立たぬよう気を配り、これ以上王家との縁を深めないよう本人にも伝え、案じてきたが、もはやそれだけで済む段階ではなかった。
それほどまでに、ダリアが残した功績は大きかった。
ダリアが貴族社会の渦中の人間となるのは、避けようのない必然だったのだ。
「………」
衝撃の連続でダリアは茫然としていた。グラムは優しく言う。
「今すぐに返事をしなければならないという事はない。相手も人生に関わる決断だという事を、理解してくれていると思う」
「これは…必ず受けるものなのですか?」
グラムは押し黙った。
ダリアはその事に気づいて、胸がざわつく。
ややあった後に、グラムはゆっくりと言った。
「…いや。必ずではない。
だが、伯爵家からの正式な申し出を無下に断れば、相手の面目を潰すことになる。断るにしても、それ相応の理由が必要だ。
恐らく四日後の殿下の披露宴で顔を合わす事になるだろう。いいかい?」
「…はい」
返事をした後、ダリアは目を伏せた。
「お父様は…この縁談をどう思われていますか?」
少し考えた後に、グラムは言った。
「とても光栄な話だと思っている。
ローディン伯爵とは多少面識があってな。見識のある方だ。お前を評価しての申し出にも、納得がいく。
だから家柄の格差はあれど、お前の意思を無碍にする事
なく、尊重してくださるだろう」
(お父様は…このお話に前向きなのね)
ダリアの胸の奥が、ずきりと痛む。
この様な良縁、断る理由などないだろう。
家柄も申し分なく、グラムも安心できる相手なのだから。
それなのに、なぜ胸が痛むのか。
自分がどんな表情を浮かべているのか分からず、俯いて顔を隠しながら「……お父様にお任せします」と言ってダリアは部屋を出た。
自室に戻り、背中でゆっくりと扉を閉めた。パタン、という音だけが部屋に響く。
ダリアはそのまま扉にもたれ、ぼうっと足元を見つめる。
どれほどそうしていただろうか。やがて重い足取りで鏡台へ向かい、その前で立ち止まった。
手を伸ばし、鏡台に置いてあるアクセサリーボックスの蓋を開ける。そっと取り出したのは、あの七宝焼きのブローチだった。
ダリアは指先で、そっとブローチをなぞる。
縁談の話がきているーーそう言われた時に浮かんだのは、ブレーデンの顔だった
どうしてそうなったのか、なんて分からない程、ダリアも幼い訳ではない。
(そうか…私は)
現実主義で、ロマンの欠片もない。失礼なことも平気で言う。
振り回されたことだって、一度や二度じゃない。
(…でも、いざという時は誰よりも頼りになって、裏表がないからこそ、嬉しい言葉は真っ直ぐ届く。
大切な人の幸せを心から願えて、完璧な人間かと思えば、意外と抜けている所もあって――)
どんどん溢れてくる言葉達に、ダリアは自嘲した。
(前は嫌な所の方が、たくさん言えたのに…)
ダリアは鏡台に腕を重ね、その上へ頬を預けて横を向いた。
視線の先には、青く澄んだ空が見える。
(私はあの人が…好きなのね)
ダリアは静かに、自分の想いを受け入れた。




