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「すごいな、こんな場所があったなんて」
「あなたも初めてなの?」
「ああ。城から出ることなんて、公務以外殆どないからな」
二人は例の展望台に来ていた。ダリアを含む人間は、二人を囲う様位置についていて、距離を置いて警備している。
エマリエルはジョシュアの言葉に共感し、ぽつりと話す。
「私もよ。
こんな立場でいる以上、自分の意思だけで外へ出ることなんて出来ない。
いつも誰かがそばにいて、どこへ行くかも、何をするかも決められる」
(…誰と結婚するかさえ)
かろうじて心の中で呟いたエマリエルだったが、それでも言葉が喉の奥につかえる。
何だかジョシュアには言える気がする、そう思った時には、口に出ていた。
「あなた、好きな人がいたでしょう」
「えっ?」
「薄茶色の髪をしたメイドでしょう」
「なっ……!?」
あまりの動揺ぶりに、エマリエルは思わず吹き出した。
「あなた、分かりやすすぎるわ。仮にも次期国王でしょうに」
「だ、だって……」
「どうして彼女はメイドをやめちゃったの?もしかして、どこかに隠しているとか?」
「違う!」
ジョシュアは勢いよく否定する。
「彼女は結婚したんだ。…その時に、俺は振られて」
「“ふられて”って?」
「その…好きと言ったけれど、さようならと言われて…」
エマリエルはにやりと笑った。
『成程。告白して振られたのね』
「こ、『告白』?」
「彼女に好きと伝えたのね?」
「そう!…いや!……ああ、もう!」
顔を真っ赤にして頭を抱えるジョシュアを見て、エマリエルはとうとう堪えきれず、声を上げて笑った。
「初めて見た!あなたのそんな顔!ふふふ…」
「まさかこんな事を言われるなんて…ああ…」
そう言って項垂れる様に、ジョシュアは手すりに腕を置き顔を埋めた。その間もエマリエルはくすくすと笑う。
ジョシュアはそんなエマリエルをちらりと見ながら呟いた。
「…不快に、思っただろうか」
まるで罪人の様な表情である。
エマリエルは変わらず笑いながら、ジョシュアと同じ様に手すりに腕を置き、目の前に広がる景色を見ながらいった。
「いいえ?王族である前に一人の人間だもの。心を動かされてしまうのは、仕方のない事だわ」
まさか全肯定されるとは思わなかったジョシュアは、思わず言葉に詰まる。
やや沈黙があった後、ジョシュアは思い切って聞いた。
「なぜ知っていたんだ?俺は誰にも言っていないし、うまく隠せていたと思っていた」
「別に誰かに教えてもらったとかじゃないわ。見ただけで分かるもの」
「え?」
「私もそうだったから」
ジョシュアは姿勢を正す。エマリエルは変わらず目線は景色に置いたまま、言った。
「私にもね、いたの。好きな人。
その人も結婚したわ。あなたと違って、私は何も言えなかったけれど。
あなたはちゃんと伝えたのね。すごいじゃない」
今度はジョシュアがエマリエルに共感する番だった。
この少ない言葉だけで、エマリエルのたくさんの心情や葛藤が分かる。分かってしまう。
「…そんなものじゃない。
むしろ俺の身勝手な行動で、たくさんの人に迷惑をかけた。彼女にもね。
自分の立場というものを再認識させられたよ」
ジョシュアは再び手すりに腕を置き、エマリエルと一緒に景色を眺める。
この時、二人は同じことを思っていた。
本当に自分たちはよく似ていると。
(そういえば…)
ジョシュアは、エマリエルにずっと聞こうと思っていた事を思い出した。
「君は覚えているのか分からないんだけど…」
ジョシュアは懐かしそうに目を細めた。
「初めてリーズリー国との交流会が開かれた時のことだ。父上が演説をしている最中、後ろの小窓に一羽の鳥が止まった。
七歳だった俺は演説なんて半分も聞いていなくて、その鳥ばかり見ていた。
すると鳥がちょうど、父上の頭に乗ってる様に見える事に気付いてさ。しかも、その鳥が下の方をつつき始めたんだ。思わず吹き出した」
ジョシュアはまるでその当時に戻ったかの様に楽しげに話す。鳥が国王の頭を突いている様に見えたあの光景は、今でも笑えるほどだ。
「その時、俺の他にも笑いを堪えている声が聞こえたんだ。
それが君だった。自然と目が合って、お互い吹き出したんだけど…覚えてるかな」
この奇妙な親近感は、今日初めて生まれたものではなかったのかもしれない。
そう思って数少ない二人の思い出を、ジョシュアは問うてみた。
言い終わったジョシュアがようやくエマリエルを見た時、心臓が跳ねた。
エマリエルが驚いた様に目を開き、少し高揚した様な表情でジョシュアを見ていたのだ。
その表情だけで答えは十分だった。
「覚えていたんだね。君との婚姻の話が出た時、まず一番にこの時のことを思い出したんだ。
ああ、あの時一緒に笑った子かって」
「…不思議ね」
先ほどのジョシュアを揶揄う様な声色ではなかった。エマリエルは照れ隠しをするように視線を逸らし、小さく笑う。
「私もね、思い出したの。あなたとの結婚が決まったと言われた時。
絶対に笑ってはいけないあの空間で、一緒に笑い合ったあなたの顔を」
二人はやや見つめあった後、ハッとした様に目を離す。
火照った頬を誤魔化すように、手の甲を当ててジョシュアは言った。
「君が覚えてくれていて嬉しいよ。
正直…嫌われていると思っていたから」
「え?」
エマリエルの反応からして、そうではない事にジョシュアは気付く。エマリエルは申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「そう…そんな風に受け取らせてしまっていたのね。
この結婚は、政略的なものでしょう。私達はそれに従うしかない。
あなたに好きな人がいるのは知っていたから、必要以上に関わらない様にしようって決めてたの。
あなたも、その方がいいと思っているのだと…」
エマリエルは手すりから手を離し、ゆっくりとジョシュアへ向き直った。
「あなたを嫌っていたというわけではないわ。むしろ、それがあなたに対する礼儀だと思っていたの。
ごめんなさい。嫌な思いをさせてしまったわ」
「いや、謝らないでほしい。
俺の未熟さが、君にそんな気を遣わせてしまったんだ」
「いえ、謝らせて」
エマリエルがジョシュアの言葉に被せる様に、そう言った。合わせて真剣な表情で見つめられて、ジョシュアは口を閉じる。
エマリエルはそのまま続けた。
「あなたが最初、私たちの言葉で挨拶をしてくれた時、私は随分と素っ気ない態度を取ってしまったわ。
あの時は無理をさせてしまったと、申し訳なく思っていたの」
「そんな風に思っていたのか」
「ええ…本当は嬉しかった。
こうしてあなたと会話出来ている事も、あなたが努力してくれたからよ。だから私も応えようと思ったの」
エマリエルの言葉に、ジョシュアはハッとした。
(ダリア嬢が教えてくれた、相手を知ること…それだけで、こんなにも世界は違って見えるのか)
ジョシュアは改めて、ダリアに感謝したのだった。
「またどこかに出かけよう。君といれば出かける理由を一々考えたり、説明しなくていい」
「ふふ…そうね。色々な所へ行きましょう」
「まずはあの鳥を探しに行くか」
「それは名案だわ。ぜひそうしましょう」
二人は顔を見合わせ、あの日と同じように小さく笑った。




