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城を出て店へ向かう道すがら、ダリアは先ほどから気になっていた事を尋ねた。
「もしかして…ラナイア卿とフォーター卿は、例の件で謹慎されたお二人ですか?」
「ええ、そうです。
それと、家名でなくても良いですよ。私ならジェドイック、エドガーならエドガーで構いません」
「…分かりました。では、ジェドイック卿とお呼びします」
(ブレーデン卿…。
…いえ、やっぱりハノーヴァー卿のままでいいわ)
そう思いながら、ダリアは重ねて問う。
「ずっと気になっていました。殿下はどうやってあの場を抜け出したのです?」
「…エドガーのせいですよ」
ジェドイックは面倒くさそうに話し始めた。
「あいつはあの様に不埒な面はありますが、ああ見えて熱い所もあるのです。ましてや忠誠を誓った殿下の恋慕事となると、放っておけなかった様です。
殿下はエドガーと入れ替わり、突然私にうまく誤魔化せと言い残し、どこかへ行ってしまわれました」
「…なるほど。よく騒ぎになりませんでしたね」
話を聞くと、思っていた以上に無謀な事が行われた様だった。
「殿下とエドガーは背丈も髪色も一緒ですから。我々は替え玉という役目も担える様に、選出されているのです。
まさかその様な使い方をされるとは思いませんでしたが」
「…そうでしょうね」
ジェドイックはうんざりした様に続ける。
「おかげで私は巻き添えで謹慎処分、その間は無給、さらにブレーデン卿には散々しごかれました」
「お気の毒様です…」
ダリアが心底同情していると、ジェドイックが窺うようにダリアに問うた。
「私も一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「はい。何でしょう」
「ブレーデン卿とは…恋仲なのですか?」
「はい!?」
静かな街にダリアの声が響く。ジェドイックは慌てて「しーっ!」と人差し指を口に当てた。
「す、すみません…」
「いえ、私が妙な質問したからです。すみません」
ダリアの心臓がドッドッと跳ねる。先日リリアンヌからもブレーデンとの関係性を問われ、そんなに自分達は親密に見えるだろうかとダリアは疑問を抱いた。
「その反応から見るに…恋仲ではないと?」
「あ、当たり前です!
あの例の件があってから殿下に相談を受けるようになり、その流れでハノーヴァー卿と行動を共にすることが多かっただけです」
何とか説明するも、ジェドイックは「そうですか…」とダリアが思っていた反応ではなかった。
「…あまり納得いっていない様子ですね」
「…ええ、実は」
とりあえずダリアはジェドイックの話を聞く事にした。
「先日ブレーデン卿が、コーヒー店の店主に貸切の承諾を貰いに出かけられたんですが、話をするだけだからすぐに戻ると仰っていたんです。
なのに帰ってきたのは陽も暮れてから。しかもよくよく聞いてみると、ダリア殿に協力を得たと」
ダリアは驚く。
展望台へ行ったことはダリアの提案だったとはいえ、それ以外の時間をゆったりと過ごしたのは想定外だったのかもしれない。
「しかもそれだけじゃないですよ?エドガーにダリア殿への接近禁止命令を出しました。それもかなり強めに。
なぜかそれにも私は巻き添えをくらい…今日になってようやくダリア殿と話ができる様になった訳です」
だから二人と会話をした事がなかったのかと、ダリアは気付く。
先ほどの口付け未遂時にブレーデンが言った「だからお前と話させたくなかったんだ」という言葉も頷ける。
「そうだったのですね…」
「ええ。あれほど殿下のお側を離れなかった方が、最近はよく姿を消されますし、以前より表情も柔らかくなりました。
ここまで状況が揃っていれば、自然とそういった関係なのでは?と疑ってしまいますよ」
ダリアは返す言葉に困った。簡単に“はい、そうですね”と答えられる話ではない。
するとジェドイックが残念そうに言った。
「それにしてもそうですか…そういったご関係ではないと…我々としては嬉しい話だったのですけどね」
「なぜです?」
「ブレーデン卿は、結婚しないとずっと頑なに言っておられますから」
そういえば、とダリアは思い出す。
確かクリスティナ・シルタッドの生家へ行った時にその様な事をブレーデンが言っていた。
「私も聞きました。何か理由があるのですか?」
「ええ。ブレーデン卿には兄上がお二人いらっしゃいますから、家の跡継ぎを気にする必要がない事と、何より殿下以外に守るものを作りたくないのだそうです。
殿下は“そういうのはいいから”と呆れておられますが」
ブレーデンは本当にジョシュアの事を崇拝しているらしい。
「ただ部下としては、もう少しは仕事以外の事にも目を向けて欲しい所です。
先ほども言いましたが、ダリア殿と関わる様になってから、ブレーデン卿の雰囲気が変わりましたから」
ダリアは恥ずかしくなり、慌てて前を向く。そんなダリアに、ジェドイックは続けた。
「私はお二人の事を応援しておりますよ」
ダリアは「…応援って…何ですか」としか返せなかった。
店に到着すると、店主が快く二人を迎えた。店のカーテンはすでに閉まっていた。
「お待ちしておりました」
「本日はご協力頂き誠にありがとうございます。既に目隠しもしていただいてる様で、助かります」
「ええ、閉店時にいつもこの様にしておりますので」
二人は動線の確認と、念のため食事をする場所もチェックする。
「素敵…」
二階に上がるとステンドグラスのランプや、可愛らしい形をしたガラスのシェードがつけられた照明のみが付けられていた。ガラスに反射した色とりどりの光が天井や壁に散っている。
その中央に丸テーブルと椅子が二脚置かれていた。
前回来た時とは違う特別な空間に、ダリアは店主の心意気を感じた。
「いかがでしょうか?」
「とても素敵です」
「それはよかったです。ランプと照明もさまざまな国から集めたもので、私の自慢のコレクションなのです。
お二人の素敵な時間に彩りを添えられて嬉しいです」
ダリアが店主に微笑んでいると、ジェドイックが「到着された様だ」と言った。
三人は下に降りて、ジョシュア達を迎える。
「…これはこれは」
店の中に入ってきた主役の二人を見て、店主は目を見開き頭を下げた。
「ジョシュア殿下…ご機嫌麗しゅう」
「今日は私のわがままに付き合ってもらってすまなかったな」
「いえ…まさか貴方様とは。大変光栄にございます」
店主はジョシュアの結婚式が近いので、そこに招待されたどこかの貴族が来るのだろうと考えていたが、まさか本人がくるとは思わなかった様だ。
「私の妻になる人だ」
「初めまして。エマリエル・ヴァン・ダンジェといいます」
「私なんかにその様な…ああ、ありがとうございます。本当にこの度はおめでとうございます」
店主は目尻を指で拭うと、「ごゆるりとお過ごし下さい」と言った。
二人はまず雑貨に目が行ったようで、楽しげに商品を手に取っては会話している。
(すっかり微笑ましいお二人になって…)
ダリアが感慨深く二人を見つめていると、警備配置を終えたブレーデンも店の中に入ってきた。
二人の様子を見て、ブレーデンも自然と口元を緩める。
「…楽しそうだな」
「…はい」
それから二人は二階へ上がると、エマリエルはダリアが初めてここを訪れた時と同じように目を輝かせた。
そして椅子に腰掛けると、二人はすぐにメニュー表を手に取った。
「何にしようかしら?」
「ブレーデンによると、ホットサンドが美味しいらしい」
「美味しそう!ぜひ頼みましょう。あ、でもこれも気になるわ」
「俺はこれが気になってる」
ジョシュアもこのように私的に出歩くことはほとんどないため、高揚している様子だった。
そのおかげか、二人とも肩の力が抜け、自然体で言葉を交わせている。
それを見届けたダリアは、そっと下に降りた。
「どうだ?」
「一気に距離が縮んだ様です」
「それは良かった」
上から聞こえてくる二人の楽しげな声を聞きながら、ブレーデンは少し言いづらそうに口を開いた。
「…この間のブローチの事なんだが」
ダリアの心臓が小さく跳ねる。そしてなぜこの様な状況でその話をするのだろうと思いながらも、問うた。
「何でしょう?」
「…すまない。君がリーズリー国の文化に通じている立場だということを忘れて、何も考えずに贈ってしまった」
ダリアは目を丸くする。
(だからさっき気まずそうな顔をしていたのね)
そして思わず苦笑した。
「やはり、お忘れだったのですね」
「ああ。後になって気付いた」
ブレーデンは短く息を吐く。
「君に恥ずかしい思いをさせてしまった。本当に申し訳ない」
あれほど堂々としていた人が、こんなにも素直に頭を下げるとは思わず、ダリアは驚いた。
(随分と反省してるのね…)
そう思いながら、ダリアは言った。
「いいですよ。もう気にしておりませんし、私が勝手に勘違いしただけですから」
そこで言葉を切り、少し迷ってから続ける。
「もし気になるようでしたら、お代はお支払いします」
「いや、必要ない」
ブレーデンは即座に首を振った。
「あれは私が贈ったものだ。そのまま受け取ってくれ」
「…はい」
(そうなると、贈った事実は変わらない事になるのだけど…)
そう思いつつ、ここはそもそもリーズリー国ではなくノルヴェイン国なのだから、とダリアは考え直した。
一方二人は大変楽しく過ごせた様で、晴れやかな表情で、下に降りてきて店主に声をかけた。
「どれもとても美味しかった。あんなに飲みやすいコーヒーは初めてだ」
「嬉しいお言葉ありがとうございます」
食事を楽しんだ二人は、店主に礼を言い、雑貨もいくつか買って、満足げに店を出る。
馬車に乗る前に、ダリアはエマリエルに話しかけた。
「いかがでしたか?」
「…コーヒーってあんなに苦いのね」
嬉しそうにそう話すエマリエルに、ダリアは微笑む。
馬車は次の目的地へと出発した。




