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「それは本当か!」
「はい。無事に店主から承諾を頂きました」
翌日、ブレーデンはジョシュアに報告していた。丁度エマリエルも横にいて、ジョシュアは嬉しそうにエマリエルの方を向いた。
「どうされたのですか?」
「君がこの間言っていた、コーヒーを出してくれる店の話だ。
ブレーデンが行ける様に、手筈を整えてくれた」
エマリエルは一瞬目を丸くした後、「本当ですか!?」と思わず大きな声を出した。
「行くって…いつですか?」
「明日の夜だ」
「明日!?」
エマリエルがまた大きな声を出すので、ジョシュアは吹き出した。
「…あまりにも急なお話ですもの」
「はは…すまない。式が終わったらしばらく忙しくなるから、行くならその前にと思ったんだ。
ただこの通り急な話だったから、きっと無理だろうと思って君には黙っていたのだけど、良かった」
「そう、ですか…」
最初は突然の話に戸惑っていたエマリエルだったが、段々と自覚してきたのか、頬がみるみる緩んでいく。
ジョシュアはそれを見て微笑んだ。
その時、部屋のノック音が響く。ジョシュアが返事をしようとしたのを、ブレーデンは止めた。
「私が対応致します」
「ありがとう」
ブレーデンは二人の楽しげな声を背に、部屋を出た。
「どうした?」
「結婚式の進行が少々変更になりまして、修正した進行表をお持ちしました」
「何が変わったんだ?」
「来賓の導線と祝辞の順番を少し調整しております。
大きな変更ではございません」
「分かった。預かっておく」
ブレーデンは修正されたという進行表を受け取る。念のため修正されていない箇所も含め、一から読み進んでいる内に、見慣れない言葉が目に入った。
「”指輪贈呈の儀”…?」
それは、前回目を通した時にも気になったことをブレーデンは思い出す。ただその時は式全体の流れを把握する事を優先した為、あまり深く考えなかった。
(…そうだ)
その時、ブレーデンの脳裏にリリアンヌによる文化講習がよみがえった。
リーズリー国では、男性が女性にアクセサリーを贈ることは求愛を意味し、結婚式でもその想いを示す儀式が行われる。
その際は指輪を贈るのが一般的だと聞いていた。これはノルヴェイン国にはない風習だった。
ブレーデンの動きが止まる。
脳裏に浮かんだのはリリアンヌの顔ではなく、七宝焼きのブローチを前に顔を真っ赤にしたダリアの姿だった。
――どなたか女性にプレゼントをするとか。
――……この流れを読んでくれ。君に買ってやると言っているんだ。
――え!?
――何をそんなに驚く事がある。
――だ、だって……! いえ、大丈夫です! 自分で買いますから!
――それとも私が贈ることに、何か問題でもあるのか?
「………っ」
ブレーデンは進行表を持っていない方の手で、顔を覆う。そして、はーー、と長く息を吐いた。
「………やってしまった」
耳まで赤くした男の呟きは、廊下に虚しく消えていった。
当日の夜。ダリアは入城し、エマリエルの部屋を訪れた。
「ダリア!来てくれたのね」
「ハノーヴァー卿が声をかけて下さりまして」
「最近会えてなかったから、嬉しいわ」
エマリエルの言葉にダリアは嬉しくなる。
エマリエルは簡素なドレスに、顔も隠れるフード付きのマントを着用していた。ブレーデンによるとあまり目立たない様に、警備も最低限で行くという。
「まさか本当に行けるとは思わなくて、いつか行けたらいいな、くらいの気持ちでお店の事を殿下にお話ししたの。
そうしたらこんなに大事になってしまって…」
「いいのですよ。むしろこうしてお二人のお手伝いが出来るなんて、光栄です」
するとエマリエルが申し訳なさそうに小声で言った。
「…実は、とっても楽しみなの。私的な用事で夜に出歩くなんて、初めて」
そう言って笑うエマリエルに、ダリアは和みつつも、少し切なくなった。
(…これが、王族として生きるということなのね)
ダリアは改めて、今日の成功を祈った。
一度エマリエルと別れ、ダリアはブレーデンに指定された場所へと向かった。警備にあたる人物達と、そこで最終的な打ち合わせをする事になっている。
その場所へと近づくと、数名の人影が見えた。どうやらブレーデンはまだ来ていない様だった。
ダリアは緊張しながら「ご機嫌よう」と声をかけた。
「ダリア殿。ご機嫌よう」
最初に声をかけてくれたのは、エマリエル付きの護衛騎士だった。いつも送り迎えをしてくれるので、顔見知りだ。
「え、ダリア殿ですか!?」
その時、聞き覚えのない声で名前を呼ばれて、ダリアは体を固まらせた。
「ずっとお話ししてみたいと思っておりました!」
そう言って一人の騎士が、ダリアの前に現れる。
(この人…確か殿下の護衛騎士の)
ブレーデン同様、よくジョシュアの側に仕えている騎士のうちの一人だった。勿論、存在も顔も知っていたが、思い返せば確かに一度も会話をした記憶がない。
「ジョシュア殿下に仕えております、エドガー・フォーターと申します。以後お見知り置きを」
そう言ってダリアの手を取り、エドガーが口を寄せようとした時だった。
「何をしている」
低い声が飛ぶ。
気付けばブレーデンが二人の間に立ち、エドガーの顔を片手で押さえていた。もう片方の手で、ダリアの手を自然に引き戻す。
「ばのーヴァーぎょう、おづがれざまでず」
「そのままで喋るな」
ブレーデンは露骨に嫌そうな顔で手を離すと、エドガーの顔を抑えていた方の手をハンカチで拭った。
(びっくりした…少しだけ)
エドガーの突然の口付け未遂もだが、ブレーデンに手を握られた事の方がダリアにとって驚きだった。
(…あのブローチのせいよ)
他意はないと分かっている筈なのに、妙な意識をしてしまった自分を叱咤する。ダリアは誰も見ていない隙に、軽く自分の頬を叩いた。
ブレーデンはハンカチをポケットにしまいながら呆れた様に言う。
「普通に名を名乗ればいいものを…だからお前と話させたくなかったんだ」
「別に普通ではないですか?」
飄々としているエドガーに、ブレーデンが頭を抱えた時だった。
「お前と一緒にされたくないんだが」
また新たな聞き覚えのない声が聞こえて見てみると、またもう一人男が現れた。
(この方も…殿下の護衛騎士の方だ)
その人物は胸に手を当てて、ダリアに礼をした。
「ジェドイック・ラナイアと申します。私もジョシュア殿下に仕えております。よろしくお願いします」
エドガーとは違う落ち着いた雰囲気の騎士だった。ダリアも頭を下げ、「こちらこそよろしくお願いします」と言った。
お互いの挨拶を済ませた後は、スケジュール、道程、警備配置を確認し、すぐに解散となった。
ダリアは先にジェドイックと共に店の方へ行き、店主への挨拶と、事前準備を行う。
「行って参ります」
「ああ、よろしく」
ダリアも一緒にジェドイックとブレーデンに礼をする。顔を上げると、ブレーデンと目が合った。
一瞬だけ、ブレーデンの表情が固まる。
だが次の瞬間には、何事もなかったかのように視線を逸らした。
(…なに?)
ダリアは何か違和感を感じたが、そこで問う訳にもいかず不思議に思いながら城を出た。




