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ただの子爵令嬢ですが、なぜか王子の恋愛相談役になりました  作者: はくまいキャベツ
第三章 ただの子爵令嬢ですが、王子と他国の姫の仲介役をする事になりました

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7

 


 期待通り、ホットサンドもチェリーパイも絶品だった。


 ダリアはコーヒーを飲んだ経験が数回しかないので、本当のおいしさをまだ理解できていないが、チェリーパイとの相性は最高だった。


 ちなみにブレーデンはいたくここのコーヒーが気に入った様で、二杯も飲んでいた。


「どれも最高でしたね」

「ああ、お二人もきっと気にいるだろう」


 二人は満足げに階段を降りると、店主が優しい笑顔で迎えた。


「いかがでしたでしょうか」

「とても美味だった。これは我が主人もかならず気に入るだろう」

「大変嬉しいお言葉ありがとうございます。

 良ければ雑貨も見ていってください。世界中を旅した友人が、各国から買い付けてきた物を置いております」


 店主の言葉にダリアは心が躍った。ちらりとブレーデンを窺う。


「好きにみるがいい」

「ありがとうございます!」


 無事了承してもらい、ダリアは目を輝かせて店を回りはじめた。


 確かに見た事がない様な物ばかりで、ブレーデンの言葉を借りるならまるで旅をしている気分だ。ダリアは必要最低限のお金しか持ってこなかった事を後悔した。


 色々目移りする中、一際ダリアの目を引くものがあった。


「…綺麗」


 思わず呟く。


 それは掌に収まるほどの、小ぶりな花のブローチだった。

 まるで絵画を閉じ込めたような繊細な色彩が宿り、金色の縁取りがその美しさを一層引き立てている。こんな細工は見た事がなかった。


「それは七宝焼きと申します。金属に釉薬をのせ、何度も焼き上げる東方の工芸品でございます」

「七宝焼き…」


 初めて耳にする言葉を小さく繰り返し、ダリアはまじまじとブローチを見つめた。

 宝石とは異なる、しっとりとした艶を放っている。


「気に入ったのか?」

「はい」


 値札へ目を落とす。


(講師料でいただいたお金を何に使おうか悩んでいたけれど…良いものを見つけたわ)


 ダリアは店主に声をかけた。


「すみません、今持ち合わせがなくて…後でまた来ますので、こちらを取っておいてもよろしいでしょうか?」

「ええ、勿論ですよ」

「なら私が買おう」


 そう言ってブレーデンがブローチを手にする。


「…え、ハノーヴァー卿が付けるんですか?」

「そんな訳ないだろう」

「どなたか女性にプレゼントをするとか」

「…この流れを読んでくれ。君に買ってやると言っているんだ」


 ダリアは言葉を失う。そして「え!?」と珍しく大きな声を出してしまい、慌てて口元を抑えた。


「何をそんなに驚く事がある」

「だ、だって…!いえ、大丈夫です!自分で買いますから!」

「今持ち合わせがないのだろう?」

「では今お金を持ってきます!」

「そういう事を言っているのではない…買ってやると言っているのだから、素直に受けるべきだ」


 その時、ブレーデンはダリアが顔を赤くしている事に気付いた。


「なぜそんな顔をしている」


 ブレーデンは心の底からダリアを不思議そうに見つめた。そこでようやくダリアは、自分が勘違いしている事に気付いた。


「い、いえ…何でもありません」

「…よく分からない人だ。主人、これを包んでくれ」

「かしこまりました」


 二人のやりとりを終始和かに見ていた店主は、丁寧にブローチを受け取った。


 店を出ると、ダリアは手元の小さな袋を見て呟いた。


「自分で買うと言いましたのに…」


 そんな様子のダリアにブレーデンは呆れながら言った。


「何をそんなに固執しているのか分からんが、これも感謝の印だ。

 先程主人に貸し切りを申し出た時、難しい顔をしていた。俺だけでは了承してもらえなかったかもしれない。無事に遂行できたのは君のおかげだ。

 それとも私が贈ることに、何か問題でもあるのか?」

「な、何もありません!ありがとうございます!」


 そう言ってダリアはブレーデンを置いて先に歩き出す。


「クロワッサンを食べに行くんですよね!早く行きましょう!」

「…ああ」


 ブレーデンは首を傾げながらダリアを追いかけた。


 そして本当にブレーデンはクロワッサンも冷菓子も、何食わぬ顔で食べた。

 しかも美味しいと何度も連呼するので、ダリアは土産用にクロワッサンを買い、冷菓子はダリアも食べた。


 そんな事をしているうちに、先ほどまであれほど気にしていたブローチの件も気にならなくなり、ダリアは気持ちを切り替える事が出来た。


「あの、一つ提案してもよろしいでしょうか」

「何だ?」


 冷菓子を食べ終えたダリアがブレーデンにそう言った。


「エマリエル殿下が初めてコーヒーを飲むというイベントもとても素敵なんですが、もっとお二人の親密さを深めるなら、やはり落ち着いた雰囲気と二人だけの空間が必要だと思うのです」

「もう一箇所寄るという事か?」

「ええ。案内します。少し歩きますがよろしいですか?」

「ああ、構わない」


 そう言って二人は歩き出した。


「ここです」


 そこは少し街に外れたところにある小さな展望台だった。

 石造りの手すり越しに、王都の街並みが広がっている。


「高さはあまりありませんから、街全体を見渡せるわけではありません。でも、その分人も少なくて、とても静かなんです。

 夜景でしたら、ここからでも充分楽しめると思います」

「道中も平らな坂だったな。近くまで馬車で来れそうだ」


 ブレーデンは辺りを見渡し、警備の配置を考える。


「いかがでしょうか?」

「悪くない。視界も開けている」


 無事に採用されてダリアはほっとした。


「よくこんな所を知っていたな」

「家族で王都を散策していた時に見つけました」

「成程。確かに絶景とは言えないかもしれないが、綺麗な夕陽が見える」


 ブレーデンの言葉でダリアも目を向けると、太陽がオレンジがかっている。集まったのは昼過ぎだったので、陽が沈み始めていた。


 二人は自然と手すりに手をかけ、景色を見る。


「うまくいくといいですね」

「ああ。だがお二人の空気感は、明らかに前より良いものになっている。必ず良き夫婦となるだろう」


 ダリアは嬉しそうに微笑む。その表情を見て、ブレーデンは言った。


「そうなると、君はもう必要なくなるな」

「はい」


 ダリアは迷いなく頷く。

 ブレーデンはそんな横顔をしばらく眺め、それから静かに口を開く。


「実は殿下に伝えたんだ。君が非公式の場ではもう会えないと言っていると」


 ダリアがゆっくりとブレーデンを見る。


「殿下はとても残念そうだったが、理解を示していた。

 ただ、エマリエル殿下との縁は、そのまま続けて欲しいとのことだ」

「それは勿論です」


 ブレーデンは微笑む。そしてぽつりと呟く様に言った。


「こうやって君と出かける事も最後か」


 ダリアの心臓が跳ねる。誤魔化すように、前を向いた。


「ここまで怒涛の日々でした。まさか私の人生に王族の方々が関わるなんて、思いもしませんでしたから」

「そうだろうな」


 夕陽がゆっくりと街並みを茜色に染めていく。

 二人はその景色をしばらく眺め、ぽつりぽつりと言葉を交わした。


 やがて陽が沈み始める頃、二人は静かに展望台を後にした。


「ここで大丈夫です」

「そうか?まだ少し距離はあるが」

「お父様とお兄様が帰ってくる時間なので」

「…そうか」


 ダリアの心臓がまた跳ねた。ブレーデンの声が、表情が、もう非公式の場で会うのは最後にすると言った時に見せたものと似ていたからだ。


 先程言っていたブレーデンの言葉がダリアの頭を反芻する。


 “こうやって君と出かける事も最後か”


(そっか…最後なんだ)


 ダリアは何かが込み上げてくるのを抑えて、微笑みながら言った。


「今日はありがとうございました」

「こちらこそ突然の訪問だったにも関わらず、感謝する。では、また当日」


 二人は別の道へ行く。お互い、示し合わせる様にあっさりと別れた。


「お帰り、ダリア。いつの間にかいなくなっていたから驚いたわ」

「ごめんなさい、急用を思い出して…そうしたら友達にばったり会って、お茶してきたの」

「そう」


 グラムとワーノルドはまだ帰ってきていなかった様でダリアは安心する。自室に戻る前に、ダリアはリリアンヌに問うた。


「…ねえお母様。殿下に、リーズリー国では男性が女性にアクセサリーを贈る事は、求愛を意味するとお伝えしたわよね?」

「ええ、勿論よ。結婚式の作法に含まれている事ですもの」

「そうよね…」


 自室に戻ったダリアは、ブレーデンが買ってくれたブローチを手にする。


(お母様は確かに伝えていた…。 

 でもあの様子は、どう見てもそれを知っている人の反応ではなかったわ。前回蜂蜜を買ってくれた時と、同じ感じだったもの)


 本当に他意はなかったのだろう。結局、一人で勝手に舞い上がっていたのは自分だけだった。

 あの時の呆れたようなブレーデンの顔を思い出し、ダリアは両手で顔を覆って大きく息を吐く。


(後ろで聞いているだけでリーズリー語を習得するほどの癖に、どうしてそれは頭から抜けているのよ)


 考えれば考えるほど恥ずかしくなり、ダリアは頭を振った。


「もう忘れよう」


 自分に言い聞かせるように呟くと、ブローチをアクセサリーボックスへ大切にしまった。



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