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その目的の店は軽食が食べられるお店で、一番の特徴はコーヒーが飲める事だ。
コーヒーはノルヴェイン国で最近流通される様になったもので、リーズリー国にはまだ渡っていない。
「それで興味を持たれたのですね」
「その様だ。メイドに教えてもらって、行ってみたくなったらしい。
結婚式後は公務で忙しくなるからな。殿下としては、どうしてもその前に連れて行きたかったのだろう」
本当に着実に二人の距離は近付いてきている。ダリアは嬉しくなって思わず笑みが溢れた。
ちなみにダリアもその様な店がある事だけは知っていたが、実際に訪れたことはなかった。正直少し楽しみだった。
「ここだ」
店の外にまで豆の焙煎の香りが広がっていて、ダリアの胸が高鳴った。黒を基調とした外観は、白が使われる事の多い王都では珍しい。
中に入ると、いろいろな雑貨が置いてあるのが目に入った。
「いらっしゃいませ」
「ここの店主と話がしたい」
「私がそうです」
白い髭を蓄え、ゆったりとした喋りをする店主は優しく微笑みながら言った。
「夜の少しの時間だけ、貸切にする事は可能だろうか。勿論、それ相応の支払いもする」
「時間帯によりますが…」
ブレーデンは具体的な日にちと時間を店主に話すが、少し戸惑いが見られる様にダリアは感じた。
ブレーデンが話し終えた後、ダリアは口を開く。
「実は私どもの主人が結婚を控えておりまして、現在、お相手との親交を深めている最中なのです。
そんな中、奥様になられる方がこのお店を知って行ってみたいと言われまして」
「ほう…そうですか」
店主の表情が柔らかくなった。店主は続ける。
「ただ、コーヒーには眠りを妨げるカフェインが含まれておりますので、夜の時間帯というのが少し気になります」
「それは存じている。少量でもやはり難しいか?」
「そうですね…味わいが変わってしまいますが、カフェインをほぼ抑えたものもあります」
「主人に聞いておこう」
「よろしくお願いします。
お二人のご縁を結ぶお手伝いができるのでしたら、私も嬉しい限りです」
店主は快く引き受けてくれた。
「こちらこそ感謝を申し上げる」
それからブレーデンは店の中が見えない様に目隠しは出来るのか、店主一人だけで対応は可能か、こことは別の出入り口はあるのか、最後に具体的な食事メニューも聞いていく。
すべてクリアし、ブレーデンは頷くと店主に問うた。
「食事は二階でするのか?」
「はい」
やや間を空けた後、ブレーデンが言った。
「ダリア嬢、まだ時間はあるだろうか?」
「ええ、ありますが」
「主人、食事を摂りたい。構わないか?」
「丁度ひと席空いております。是非どうぞ」
「…え?」
二人は上に案内される。
「ご注文が決まりましたら、ベルでお知らせください」
そう言って店主は下に降りて行った。
「食事メニューを聞いていた時から、怪しいと思っていましたが…」
「ああ、このホットサンドが気になってな」
ブレーデンが食事メニューを聞いている時、これは個人的な質問として聞いているなと踏んでいたが、見事に的中した。ダリアは呆れつつも、笑みが溢れる。
「…実は私も気になっていたんです。このチェリーパイも頼んでいいですか?」
「勿論だ」
ブレーデンがベルを鳴らすと、店主が注文を聞きに来て、二人はコーヒーとホットサンド、チェリーパイを注文した。
「ここに来る途中に美味そうなクロワッサンがあったな。それに冷菓子屋も見えた。君は食べた事があるのか?」
「いえ、どちらもありません。…まさかそこも寄るのですか?」
「ああ」
当たり前の様に返されて、ダリアは目を丸くした。
「胃袋が足りるでしょうか…」
「君は食べれたらでいい」
(本当に全部食べるつもりなんだ…)
そう思ったダリアは自然と口にしていた。
「ハノーヴァー卿は、食べる事がお好きなのですね」
前回の旅から感じていた事だ。あの頃より親しくなった今、ダリアは言わざるをえなかった。
「まあそうだが…前も言っただろう。この土地でしか食べられないものを食べる。それが旅の醍醐味だと」
「旅って…ここは王都ですが」
「最近は忙しく、街へ出るのも久しぶりだ。しばらく来ないうちに随分と様変わりしている。私からすれば、旅に来たようなものだ」
(素直に好きと認めればいいのに…)
ダリアが苦笑しながら「そうですか」と返すと、不意にブレーデンがこちらを見た。
「君の方がそうじゃないか?」
「何がです?」
「茶会のたびに必ず菓子を持参していただろう。
エマリエル殿下が、君の持ってくるお菓子が美味しすぎて結婚式前なのに困る、と笑いながらぼやいていたそうだぞ」
「えっ?」
ダリアは目を丸くする。
「そのおかげで、君が次は何を持ってくるのか、メイド達の中で密かに噂になっている」
「そ、それって…」
「安心しろ。悪い噂ではない。注目されていることには変わりないが」
ダリアはほっと胸を撫で下ろすも、恥ずかしさは募った。
手ぶらで行くわけにはいかない、という理由でいつも菓子を持参していたが、単純にダリア自身が食べたくて選んでいたのも事実だった。
ブレーデンは続ける。
「それを聞くと、私なんかよりよっぽど君の方が食に通じているのではないか?」
そう言われると、さっきまでの勢いはどこへやら、ダリアは押し黙ってしまった。
実のところ、様々な食べ物に興味を持つようになったきっかけは、前回ブレーデンと出掛けた際に食べた揚げ菓子だった。
こんなに美味しいものがあるのだと知り、それ以来、もっと色々なものを食べてみたいと思うようになったのである。
だからこそ、その張本人であるブレーデンにだけは、素直に「はい」と認めるのが少し悔しかった。
黙り込んだダリアを見て、ブレーデンは呆れたように小さく息をつく。
「素直に好きと認めればいいものを…」
(なんであなたに言われなきゃいけないのよ!)
つい先ほど相手に対して思っていた事をそっくりそのまま言われて、ダリアは一層悔しくなった。
ブレーデンはそんなダリアの様子に気付いて言った。
「怒っているのか?」
「…いいえ?」
「ああ、拗ねているのか」
「もうお好きにどうぞ」
「なるほど」
「…っ!」
あまりに予想外の返事に、ダリアは堪らず吹き出した。
「何が“なるほど”なんですか」
「分からない、自然に言っていた」
そう言い終わってから、ブレーデンまで吹き出す。
「言ったご自身が笑っているではないですか」
二人はそのまま小さく笑い合った。




