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緊迫した空気の中、ミイナのメイドが慌てた様子で迎えに来て、ミイナは無事に引き渡された。
それを見送ったジョシュアは、全員席を外すよう告げる。
ダリアは立ち去る前に、そっとエマリエルへ視線を向けたが、俯いたままの表情は見えなかった。
「…大丈夫でしょうか」
「我々はやれる事はやった。あとはお二人の問題だ」
確かにブレーデンの言う通りだった。結局どうするのかは、二人が決める事だ。
(…どうか、お二人の距離が少しでも縮まりますように)
そう小さく祈りながら、ダリアは静かに城を後にした。
皆の姿が見えなくなるまで待ったジョシュアは、エマリエルに静かに問うた。
「…ノルヴェイン語が話せるのか」
エマリエルは俯いたまま、小さく頷く。
「いつからだ?」
「婚約が決まってから学び始めました」
「なぜ隠していたんだ?」
「まだ未熟ですので」
(…そうは思えないがな)
同じくひと月リーズリー語を学んだジョシュアは、エマリエルが嘘をついている事がすぐに分かった。
エマリエルはしっかりとジョシュアの言葉を聞き取り、スムーズに会話できている。
(俺よりも以前から学んでいたはずだ)
恐らく隠していたのも意図的だろう。
だがエマリエルが言っている事が全て事実だと、ジョシュアは受け止めるしかない。
「そうか。何にせよ、我が国の言葉を学んでくれていたのはとても嬉しい」
ジョシュアは以前、エマリエルと仲良くなるにはどうしたらいいかとダリアに相談した時、相手が自分の国の事を学んできてくれたらどう思うか、と問われた事を思い出していた。
驚きは勿論あったが、ジョシュアは素直に嬉しかったのだ。
ジョシュアの言葉にエマリエルの肩がぴくりと反応する。
それが喜びによるものなのか、それとも戸惑いなのかは分からない。それでも、ジョシュアはこの機会を逃したくはなかった。
「君も知っている通り、私もリーズリー語を学んでいる身だ。最近は忙しくて時間を取れていなかったが…君を見ていたらまたやる気が出てきた」
エマリエルがゆっくりと顔を上げる。
ジョシュアはテーブルに手をついて、エマリエルを見ながら言った。
「今度から通訳を介すのはやめよう。互いの言葉を織り交ぜながら話せば、意思疎通は十分にはかれるし、勉強にもなる。
君が良ければ、だが」
一瞬目を外した後、エマリエルはちゃんとジョシュアの目を見て言った。
「…分かりました」
ジョシュアは微笑む。
「邪魔して悪かった。そこで待っていてくれ、メイドを呼んでくる。
…あ、そうだ」
立ち去りかけたジョシュアが、もう一度エマリエルと向かい合う。
「何でしょう?」
「明日の予定は?」
「結婚式の打ち合わせがあったかと」
「そうだったな…」
ジョシュアは顎に手を添えて考えた後、意を決した様に言った。
「それが終わった後、時間が取れそうなんだが、君は?」
「何もありません」
「そうか…なら、早速だが少しだけ付き合ってくれないか」
「分かりました」
「じゃあ、また明日」
そう言ってジョシュアは立ち去る。エマリエルはその背中を黙って見つめていた。
それからというもの、城内では通訳を介さずに言葉を交わす二人の姿が、たびたび見られるようになった。
「ダリア嬢」
ダリアがいつもの様にエマリエルの部屋へ向かっていると、覚えのある声で呼び止められた。
「殿下」
「エマリエル王女の所へ行くのか?」
「はい」
「丁度良かった。一緒に行こう」
「…はい」
ダリアは不思議に思いながらも、ジョシュアについて行く。
それからまもなくエマリエルの部屋に到着した。
「殿下、どうされたのです?」
エマリエルもジョシュアの突然の訪問に、驚いた様子だった。
「今日君から茶会があると聞いたから、差し入れを持ってきた。私が気に入っている茶葉だ」
「…ありがとうございます」
エマリエルが紅茶を受け取るのに併せて、ダリアも礼をする。
俯いたのをいい事に、口元が緩むのを抑えられなかった。
「じゃあ、また」
「はい」
そしてジョシュアは部屋から出て行った。
「…ダリア、口元があがっているわよ?」
「…分かりましたか?」
「ええ、とっても」
少し頬を染めながら、エマリエルはジョシュアから受け取った紅茶をメイドに渡す。
ダリアはせめてのお詫びと思いながら、手元の袋を持ち上げて言った。
「最近話題のラスクをお持ちしました」
ダリアが持っている袋を見ると、エマリエルは軽く睨みながら言った。
『命拾いしたわね』
大目に見る時にリーズリー国でよく使われる冗談に、ダリアは思わず吹き出す。
同時にこの様な軽口を言ってもらえるほど、親しくなってきた事に嬉しくなった。
そして早速差し入れの紅茶を飲んでみる。
さすがジョシュアが気に入っているものだ。二人は目を合わせて笑い合った。
「今日の茶会も知っておられたなんて、会話が増えた証拠ですね」
「そうね…合間を見つけてはお話に来られるから」
困惑している様子は伝わったが、嫌なわけではないのが分かった。またにやけたら怒られそうなので、ダリアは紅茶を飲む事で誤魔化す。
そこでダリアは、話題を二週間後に迫った結婚式へ移した。
「城の中も大分慌ただしくなってきましたね。街も日々飾り付けられて、すっかり見違えてきました」
ダリアの言葉に、エマリエルの手が止まる。しかしダリアは紅茶を手に取っていて、その事に気付いていなかった。
エマリエルが「そう、ね」と返してくれたので、ダリアはそのまま話を続ける。
「いよいよですものね。ドレスはもう決まっているのですか?」
「…ええ」
「楽しみですわ。なるべく近くで見られる様にしないと」
「………」
そこでようやくエマリエルからの返事がない事に気付いて、ダリアは顔を上げた。
そして胸がざわついた。エマリエルが目を伏せて、明らかに何か思い悩んでいる様な表情を浮かべていたからだ。
(お二人の距離は大分縮んだと思っていたのだけど…やはり結婚の話題になると、心を閉ざされてしまう。
まだ、エマリエル殿下の胸には何か引っかかっているものがあるのね)
ダリアは何も尋ねず、あえてエマリエルが口を開くのを待った。
返事をしてからというもの、紅茶の表面を見つめて黙っていたエマリエルだったが、やがて意を決したように顔を上げた。
「一つ、聞いてもよろしいかしら?」
「はい」
一拍置いた後、エマリエルは言った。
「殿下付きのメイドにいらした、薄茶色の髪の彼女は……どこへ行かれたのかしら?」




