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「…それでエマリエル殿下が、ノルヴェイン語を話せると分かったと」
「そうです」
案内された部屋で、ダリアは二回目の茶会で起きた事をブレーデンに話した。
「なぜ秘密になさっているのかは、教えてくださらず…」
「恐らく殿下に知られたくないのだろう。ノルヴェイン語を話せるとなると、直接会話が出来てしまうからな。
殿下はゆっくりであればリーズリー語を理解できるが、エマリエル殿下は一度も速度を落とされた事がない。
結果、殿下は十分に聞き取れず、今も通訳を介してコミュニケーションをとっている状態だ」
ダリアはすぐにそんな事はないと否定したかった。
だが、エマリエルのジョシュアに対する態度を見ていると、違うとは言い切れない。
「話すことまで避けられるなんて…お二人の間で何かあったのですか?」
「分かっていたら、もうとっくに対処している」
「覚えがないという事ですね…」
しん、と静まり返る。
しばらくしてブレーデンがゆっくりと口を開いた。
「私も、エマリエル殿下がノルヴェイン語をお話になる事を、殿下に伝えるべきだと思う」
「ですがどうやって?」
「我々が伝えられないのなら、やはり御自身で伝えてもらうしかない」
「御自身で、ですか…?」
まさかの答えにダリアは目を丸くする。
「あんなに拒否されている方が、御自身で伝えられるとは思えません」
「ああ、分かっている。だからエマリエル殿下が自らノルヴェイン語を話しているところを、殿下が偶然目にすればいい」
あまりに単純な答えにダリアは言葉を失った。そしてややあった後に「…成程」と呟く。
(どうして気付けなかったんだろう…)
そう思うほど単純なものではあるが、一気に腑に落ちた。
ブレーデンにはいつも振り回されてばかりだが、やはりこの人はすごい、とダリアは改めて尊敬した。
「次の茶会はいつだ?」
「分かりません。近々声をかける、とは言われていますが」
「その茶会を外でやるのはどうだろう。今改築の件で色々見回っている最中だから、偶然を装って出くわすことが可能だ」
「良いですね…!」
エマリエルとの茶会中はノルヴェイン語を話す事になっている。それさえ見せれば、エマリエルも言い逃れ出来ないだろう。
「このエマリエル殿下の秘密を知っているのは他にいるのか?」
「はい。エマリエル殿下付きのメイドと一部の近衛騎士、と」
「ならばメイドから、エマリエル殿下に茶会を外でやる事を提案させておこう。あとはエマリエル殿下が了承してくださるか、だが」
「今庭園の薔薇が見頃だとエマリエル殿下が仰っていました。お花がお好きな方の様で、部屋にも必ず飾ってらっしゃいます。きっと了承されるかと」
「ならば大丈夫そうだな」
話はここで切り上げる事になった。
先にブレーデンが退出し、時間差でダリアもその部屋を後にする。
最近ずっと悩んでいたからか、心も足取りも軽い。
行き詰まっていたものに、ようやく道筋が見えたおかげだ。
(やっぱりあの人に相談して良かった)
ダリアはほっと胸を撫で下ろした。
そして作戦通り、次の茶会は城の庭園で行う事が書かれた招待状が届いた。あとはエマリエルがノルヴェイン語を話す姿をジョシュアに見せるだけだ。
当日、ダリアは庭園にいた。エマリエルが言っていた通り色とりどりの薔薇が咲いていて、とても美しい。
色々と見回っていると、数人の足音が聞こえた。
『ご機嫌よう、ダリア』
『エマリエル殿下、本日もお招き頂きありがとうございます』
『良い天気になって良かったわ。とても楽しみにしていたの』
『私もです』
テーブルと椅子が置かれた場所へ案内され、二人は腰掛ける。
『今日は折角だから、薔薇のお茶を用意したの』
『私も薔薇の香料を使用したお菓子を持ってまいりました』
『考える事は一緒ね』
『…はい』
ここでダリアはある違和感に気付く。いつもなら最初の挨拶から、ノルヴェイン語を話していたはずだ。
だが先程からエマリエルの口から発されるのは、リーズリー語である。
『あの…エマリエル殿下。今日はノルヴェイン語を話さなくてもよろしいのですか?』
『ええ。ここだと誰が聞いているか分からないから。勉強はまた今度にするわ』
ダリアの笑みが一瞬だけ固まる。
(…まずい)
エマリエルがノルヴェイン語を話さなければ、この作戦は始まる前に終わってしまう。
大好きな花に囲まれているからか、エマリエルはいつにも増して楽しそうに話をしている。ダリアはそれを何とか返しながら、必死に頭を働かせていた。
折角用意してくれたお茶も、美味しいと噂の持参してきたお菓子も、全く味がしない。背中に一筋の汗が流れた時だった。
「だあれ?」
可愛らしい声が聞こえた。
「あら、ご機嫌よう。どうしたの?」
ダリアは目を見開いた。
あれほど警戒していたエマリエルが、ためらいなくノルヴェイン語を口にしている。
そのエマリエルの視線の先を見ると、幼子がこちらを見ていた。
(ミイナ王女殿下…!殿下の従姉妹君だわ)
ミイナは小さな手足を使ってこちらに寄ってきた。
「なにたべてるのー?」
「薔薇のお菓子よ」
「みーな、おかしだあいすき」
「そうなの?私も大好きなの。
ねえ、ミイナ王女が好きそうなお菓子はある?」
そう言ってエマリエルはメイドに声を掛けた。そしてミイナを手招く。
「こんな所でどうしたの?メイドさんは?」
「んー、わかんない!」
「…迷子かしら」
「探してまいります」
「よろしくね」
一人のメイドがそう言ってどこかへ行った。
「ミイナ王女のメイドさんが来るまで、一緒にお茶会をしましょう」
「やったー!」
両手を挙げて喜ぶミイナに微笑みながら、エマリエルはミイナを膝の上に乗せた。
「いいでしょう?ダリア」
「勿論です」
あんなに警戒していたエマリエルが、ミイナの登場によって自然と警戒が解かれ、ノルヴェイン語を口にしている。
その事に安堵するよりも、ミイナに対するエマリエルの優しさに、ダリアは心が暖まっていた。
(ぜひ殿下にも、このエマリエル殿下の一面を知って欲しい)
なぜエマリエルがここまでジョシュアを避けているのかはわからない。
ただこんなにも暖かい心を持った二人がすれ違い続けるのは、もはや心が痛むほどだ。
(もうこのタイミングしかないわ…!どうか間に合って)
そう思った時だった。何人かの足音がダリアの耳に届く。エマリエルはまだ気付いていない様だ。
「おいしいねー、これ」
「ふふ…私もお気に入りなの」
「みーなもすき!」
「じゃあ、あとでメイドさんに渡しておくわね。
ミイナ王女は他に何が好き?」
「あとはねー、ぶどーもすき」
「私もよ!いつもお腹いっぱい食べちゃうの」
和かにミイナと会話をしていたエマリエルもその足音の存在に気付き、そちらに目を向ける。
「どう?見つかっ…」
しかしそこには、エマリエルが思っていた人物はいなかった。
「エマリエル王女…」
「ジョシュア殿下…なぜ…」
ジョシュアは目を見開いていた。
どうやら、エマリエルが幼いミイナと、ごく自然にノルヴェイン語で会話をしている所を目にしたからだ。
エマリエルはハッとして口元を抑える。そんなエマリエルをきょとん、とした表情で見ていたミイナが言った。
「どうしたのー?」
「………」
「おなかいたいいたいなのー?」
『ち、ちがうわ』
「なんていってるのー?」
矢継ぎ早に質問するミイナに、エマリエルは観念した様に言った。
「何でもないわ。大丈夫よ」
エマリエルの口から発さられたはっきりとしたノルヴェイン語を耳にして確信を得たジョシュアは、思わず息をのんだ。




