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淹れ直されたカルダモンティーが二人の前に置かれる。
先ほどまで穏やかだった空気は、一変して張り詰めたものへと変わっていた。
“誰にも言わないで”
エマリエルはそう口にしたきり、ダリアから視線を逸らしたまま俯いている。
なぜエマリエルはノルヴェイン語を話せるのか。
いつから学んでいたのか。
なぜ、それを秘密にしているのか。
次々と疑問が浮かび、ダリアは何度も口を開きかけては閉じた。
相手はリーズリー国の王女だ。秘密にしたいことを、根掘り葉掘り尋ねていいはずがない。
話題を変えようと考えていると、不意にエマリエルが口を開いた。
「…何も聞かないの?」
意外にも、その話題に触れたのはエマリエルの方だった。
「聞いても…よろしいのでしょうか」
「答えるかどうかは、私が決めるから」
真っ直ぐに見つめられ、ダリアは小さく息を吸った。
「なぜ、ノルヴェイン語を話せるのですか?」
エマリエルは少し考えた後に、『ちゃんと伝えたいから、リーズリー語で話してもいいかしら?』と言って、ダリアはもちろん了承した。
『理由は簡単。ここで生きていく上で必要だと思ったからよ。
前々からジョシュア殿下との婚姻の話は耳にしていたから、通訳役を務める者に、時間を見つけて教わっていたの。本格的に始めたのは婚約が決まってから』
『この事を知っている方は…』
『私付きのメイド、一部の近衛騎士、それからあなたよ』
『デイビット殿下もご存知ないのですね』
『叔父様はきっと方々に自慢するだろうから』
そう言ってエマリエルは少し微笑んだ。
その理由に偽りはないだろう。だがダリアが一番知りたいのはなぜそれを隠す必要があるのか、だ。
『なぜ秘密にされるのですか?』
『それは…言えない』
やはり教えてくれるわけがなかった。
『ごめんなさい…あなたの事を信頼していない訳ではないのよ?
でも誰にも言うつもりはないの』
『勿論です。むしろまだ出会って間もない私にその様なお言葉を頂けるなんて、光栄です』
『…ありがとう、ダリア』
エマリエルはほっとした様に微笑んだ。
それからダリアは、今度はエマリエルにノルヴェイン語を教える約束をした。
次回から会話は出来る限りノルヴェイン語でしようという事になっている。
偶然知ってしまったエマリエルの秘密。
エマリエルはジョシュアと同じように、相手の言葉を学んでいた。その事実をジョシュアが知れば、きっと喜ぶだろう。
何より、二人の距離を縮めるきっかけになるかもしれない。
ただあんなに隠したがっている事を、ジョシュアに告げ口する訳にはいかなかった。
(でもどうにか殿下に伝えたい…)
そう考えたダリアは、どうやってこの事をジョシュアに伝えるのが最適解なのか、頭を悩ませた。だが、すぐに限界を悟った。
これは王族同士の問題だ。自分一人にできることなど、ほとんどない。協力者が必要だ。
ジョシュアに近しい人物で、口が堅く、機転の利く人物ーーそんな人間は、一人しかいなかった。
「今日もありがとう。とても楽しかったわ」
「私もです」
「また近々手紙を出すわ」
「お待ちしております」
三度目の茶会が終わり、ダリアがエマリエルの部屋を出ようとした時だった。
「エマリエル殿下、デイビット殿下がお呼びです」
エマリエルの近衛騎士がやって来てそう言った。
「分かったわ」
エマリエルが立ち上がると、ハッとした表情を浮かべた。
『あなたを送る人間がいなくなってしまうわ。必ず騎士を連れ歩く事になっているの』
『道順は分かっておりますから、大丈夫です』
『そう?ごめんなさいね』
そう言ってエマリエルは部屋を出て行った。
(これはチャンスだわ…!)
部屋を出ると、城門へ向かう回廊をダリアはいつもよりゆっくりと歩いた。視線はさりげなく周囲を見回し、一人の人物を探す。
(あとは運だけど…)
ダリアが心の中で祈りながら歩いていたら、中庭にいくつかの人影が見えた。
(あそこにいるのは…殿下!という事は)
ジョシュアの後ろで、今日も仏頂面のまま控えているブレーデンを見つけた。ダリアが探している張本人だ。
(どうやって声をかけようかしら…)
ダリアがいる場所は二階。ブレーデンの視界にさえ入れば、気付いてもらえるだろう。
とりあえずダリアは、下に降りる事にした。
ジョシュアは誰かと建物を指して何か話している。古くなった箇所を修正、改築するという話をダリアは聞いたので、おそらくその話し合いだろうと推測した。
ブレーデンの視界に入りたいが、あまりうろつく訳にはいかない。ダリアは一度だけ回廊を回る事にした。
ダリアは緊張しながら、ブレーデンが正面を向いている側の廊下を歩いた。
曲がり角を曲がり、ちらりとブレーデンを伺う。しかし、ブレーデンは前を向いたままだった。
(だめだったのかしら…)
ダリアが意気消沈した時だった。ブレーデンがこちらを見たのだ。
ハッとしたダリアは足を止める。だがここでダリアは大きな失態をした。どうやって自分の元に来てもらおうか、考えていなかったのだ。
あたふたしたダリアが最終的にした事はーー手招きだった。
ダリアが小さく手招くと、ブレーデンは思わず吹き出した。
ダリアの顔が瞬間的に熱くなる。
(笑わなくてもいいじゃない…!)
ブレーデンは咳払いをすると、ダリアにだけ見えるよう手のひらを下に向け、上下にゆっくりと動かした。
(待っていろ、という事かしら)
ダリアは不安になりながらも、人目につかなさそうな場所を見つけてそこで待つ事にした。
やがて打ち合わせは終わり、ジョシュアたちはその場を後にした。
「ダリア嬢がいたな。最近よく見かけるから、どうやらエマリエル王女とうまく付き合ってくれているようだ。
…どうした?ブレーデン」
中庭で打ち合わせをしていた時に、ジョシュアは廊下を歩いていたダリアを見かけた。
その話をブレーデンにすると、なぜか俯いて小さく肩を振るわせている。
「何だお前。笑っているのか?」
「失礼しました。少々、可愛らしいものを目にしまして」
「……は?」
およそブレーデンの口から発せられたとは思えない単語に、ジョシュアは眉を顰める。
(もしやダリア嬢の事か?)
そう思ったが、ジョシュアにはダリアが廊下を歩いていただけにしか見えなかった。
あのブレーデンが、そんなことで笑うとは思えない。
「殿下、少々席を外してもよろしいでしょうか」
「…ああ。あとは部屋に戻るだけだから好きにしろ」
「ありがとうございます」
そう言ってブレーデンはどこかへ行ってしまった。
何も知らないジョシュアは首を傾げながら、部屋へ戻っていったのだった。
ダリアは目立たないよう壁際に身を寄せ、しばらく待っていると、ブレーデンが現れた。
「さっきのは何だ。私は子どもか」
「い、いきなりなんですか!
何も思いつかなかったんです!子爵令嬢の分際で、伯爵様を手招くなんて大変失礼致しました!」
ダリアが顔を赤くして謝る姿が面白いのか、珍しくブレーデンがクスクスと笑った。
「そ、そんなに笑いますか?」
「ああ、なかなか愉快なものが見れた」
「失礼すぎます!」
「すまない。場所を移動しよう。こっちだ」
そう言ってブレーデンは歩き出す。
ダリアはその後ろを追っていると、ブレーデンの肩が再び小さく震えている事に気付く。
ダリアは堪らずブレーデンの背中を軽く小突いた。




