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「幼い頃は、あんな風ではなかったと思うんだがな。成長するにつれ、距離を置かれる様になった。
元々物静かな性格だから、俺の思い過ごしかもしれないと思っていたんだが…」
「だからエマリエル殿下とどう歩み寄ればいいのか、悩んでおられたのですね」
「情けないけど、そうだ」
ジョシュアがため息を吐く。
顔合わせの場で見たエマリエルの反応が、ジョシュアの疑念を確信へと変えてしまったのだろう。これまでのジョシュアの頑張りを知っているダリアにとって、歯がゆい気持ちになった。
(なぜエマリエル殿下は、ジョシュア殿下と距離を取ろうとするんだろう。
相手を知ろうとしてくれることは、普通なら嬉しいものだと思っていた…。私は間違っていたのかしら)
どうやったら二人の距離が少しでも近づけるのか、ダリアは頭を巡らせる。
その時、ジョシュアが「すまない」と言った。
「なぜその様なお言葉を」
「こんな話をするつもりはなかったんだ。だが君にしか話せないから、つい吐き出してしまった」
「気になさらないで下さい。
こうやって吐露する事で、何か解決策が見つかるかもしれません」
「いや、これ以上君を巻き込むわけにはいかない。
時間をかけて、彼女の心を解きほぐしていく事にするよ。すぐに結果を得ようとしたのが、浅はかだったんだ」
てっきり、エマリエルとこれからどうしていけばいいのか相談されるものだと思っていたダリアは、思わず「え?」と声に出ていた。
呆気に取られているダリアを置いて、ジョシュアは続ける。
「今日は君に礼をしたくて来てもらったんだ。
後で菓子と茶を用意させる。本当はもっと大きな礼をしたい所だけど、いつもの様に派手な事は出来ないんだ。
その代わり、ゆっくり過ごしてもらっていいから」
ジョシュアが立ち上がる。
「今日は本当にありがとう。今回の件とは別に、また君に相談したくなることがあるかもしれない。その時は、また力を貸してくれると嬉しい」
そう言って部屋から退出しようとした時だった。
「あの」
ダリアは無意識にジョシュアを呼び止めていた。
(必要以上に踏み込まない…そう決めたはずなのに)
ダリアはそう思いながらも、言わずにはいられなかった。
「その…デイビット殿下に、エマリエル殿下の話し相手になってくれないかと頼まれているのです。
もし宜しければ、その話をお受けしたいのですが」
「エマリエル王女と…?」
ジョシュアは意外そうに目を見開いた。
「君はもう、俺達の事を抱えなくてもいいんだ」
「はい。分かっております。
ただ…一度、お話をしてみたいのです」
ダリアはジョシュアを真っ直ぐな瞳で見つめた。
ジョシュアも黙ってダリアを見つめる。そして観念した様に、静かに言った。
「…分かった。デイビット殿下に話をつけておくよ」
「ありがとうございます」
ダリアはほっと息をつく。
ジョシュアは「詳細が決まったら、またいつもの様に手紙を送る」と言って部屋から出て行った。
ブレーデンも一緒に行ってしまったため、ダリアは運ばれてくるという菓子を一人で待つ。
「自分から首を突っ込むなんて…馬鹿みたい」
そうぼやいた後に、ため息をつく。
だがダリアは本当にこれで最後にするつもりだった。解決しても、しなくても、自分が首を突っ込むのはここまで。
(だからこそ、やれる事をやらなくちゃ)
そう考えていたら、扉のノック音がした。ダリアは慌てて姿勢を正す。
扉が開き、まず見えたのは菓子やカップを乗せたラック。それをひいて現れたのは、ブレーデンだった。
「何だその目は」
「…いえ、てっきりメイドの方が持ってこられるかと思っていたので」
「君との事は、ごく一部の人間にしか知られていないと言ったはずだ」
ブレーデンはそう言いながら入室し、慣れた手つきで紅茶を入れる。
「…お上手ですね」
「これくらい出来て当然だ」
嫌味でもなく謙遜でもなく、当たり前の様にブレーデンはそう言い放つと淡々と準備を進める。
ダリアは小さく肩をすくめ、大人しく準備が終わるまで待った。
やがてブレーデンが菓子を乗せた皿と、紅茶を入れたカップをダリアの前に置いていく。
「ありがとうございます」
「ああ」
そして向かい合う様に座った。
(…このまま残るのね)
ダリアは疑問に思いながらも「いただきます」と言ってカップに手を伸ばした。
「君が自分から問題ごとに首を突っ込むなんて珍しい」
伸ばした手が止まる。顔を上げると、ブレーデンと目が合った。
「……」
ダリアは止めていた手を再び動かし、カップを手に取る。そして紅茶を一口飲んだ。
「美味しい。お上手ですね」
「どうも」
しん、と静まり返る。
ダリアはカップをテーブルに置き、ブレーデンを真っ直ぐ見て言った。
「これを最後に、非公式な場でお会いするのはやめようと思います」
ダリアの言葉に驚く様子もなく、ブレーデンは静かに受け止めた。そのままダリアを見つめながら問いかける。
「誰かになにか言われたのか?」
ダリアは答えない。ブレーデンは続けた。
「君が我々と深く関わりすぎているのでは、とか?」
「………」
ダリアは思わず口を噤んで俯いた。
それは、答えと捉えられても仕方がない反応だった。
「だからいつもと様子が違ったんだな」
「…何も言っておりません」
「そうだな、これは私の独り言だ。気にしないでくれ」
(本当にすごいわ。全てお見通しなのね)
ダリアは言われた通り、そのままブレーデンの独り言として処理する事にした。
ブレーデンは続ける。
「独り言ついでに言っておくが、その人物が危惧しているようなことはない。安心しろ。
公の場で君と殿下が親しく言葉を交わす姿は、一度も見せていないし、今後もそのつもりもない。
勿論、デイビット殿下、エマリエル殿下ともな」
ダリアが顔を上げる。
「君はあくまで講師という立場だ。それ以上でも、それ以下でもない。
周囲に余計な憶測を抱かせるような真似は、我々もしない。
だから、気に病む必要はない」
グラムが危惧していた事など、既にブレーデンは想定済みだった様だ。
この男の前で隠し事は無意味と判断したダリアは、自分の想いを打ち明ける事にした。
「ハノーヴァー卿のおっしゃる通り、先日、お父様に言われたんです。
私が王族と深く関わりすぎていることが心配と」
ダリアは静かに言葉を紡いでいく。
「その時、私は思い出しました。
私が話している人は、この国を背負う方々なのだと。
どうしてそんな大事なことを忘れていたのか、少し考えてみたんです」
やや間を空けて、ダリアはぽつりと言った。
「…私、楽しかったみたいです」
ブレーデンが目を見開く。
「本当に烏滸がましいのですが、いつの間にか私まで、お二人を親しいご友人のように思っていたのかもしれません」
ダリアは自嘲する。そんなダリアをブレーデンは黙って見つめている。
「現にこうやって、殿下に必要ないと言われているのに、自分から関わりにいってしまいました。
私の様な者が偉そうに、殿下ご夫妻の未来を憂うなんて本来あってはならない事です」
ダリアはブレーデンに頭を下げた。
「私に不利益が及ばないよう、お気遣いいただいていることには心から感謝しています。
ですが、私が気に病んでいるのはそこではありません」
ダリアは顔を上げ、言った。
「これは自戒です。自分の立場を見失いかけた私への戒めとして、この縁はこれきりにしたいのです」
「……」
ややあった後に、「…分かった」というブレーデンの声が聞こえてダリアはほっとする。
ブレーデンと目が合った瞬間、ダリアは息をのんだ。
いつもの無表情。
いつもの落ち着いた瞳。
なのに、その目だけが、ほんの一瞬だけ寂しげに揺れた気がした。
「冷めないうちに飲んでくれ」
そう言ってブレーデンは部屋を出て行った。
ダリアはしばらく扉を見つめたまま動けなかった。
ようやくカップを手に取る。
“冷めないうちに”
そう言われていたが、もうすっかりカップの紅茶は緩くなっていた。
出された菓子にも手を出すが、さっき見たブレーデンの表情が頭から離れない。
おかげで、きっと美味しいはずの菓子は、味が分からなかった。




