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大きな拍手の中、顔合わせの挨拶は終わった。
歓談の時間を設けた後は、王族の中でもごく限られた人間のみで、両国の食事会が別室で行われる。
ダリア達は勿論ここで解散だ。
ノルヴェイン国の貴族達が、順にエマリエルに挨拶をしていくのが見える。エマリエルとデイビットは通訳を介しながら、対応している様だ。
その様子を見ていると、エマリエルは元々物静かな方らしく、終始控えめな受け答えに徹していた。
だが先ほどまでの固い表情は見られない。
(…やっぱりこの婚姻を望んでいないのかしら)
折角の成果が、当の本人に響かなければ意味がない。
でもきっとジョシュアの気遣いと誠実さは伝わっているはずだ。
そう願いながら、ダリア含むバッケン家もエマリエルに挨拶をしに行った。
『初めまして、グラム・バッケンと申します』
『おや?リーズリー語を…ああ、あなたがゼーダ伯爵家のご令嬢を娶られた』
『はい。妻のリリアンヌです』
ゼーダはリリアンヌの実家である伯爵家の名だ。
グラムに紹介され、リリアンヌはリーズリー伝統のカテーシーを見せた。
デイビットは嬉しそうに頷く。
『あなた方が我が国の言葉と文化を、彼らに伝えてくれたと聞き及んでいる。
おかげで安心してエマリエルを送り出す事が出来る。心から感謝する』
『いえ、私達は殿下のご要望の下、お力添えをしただけです。
全ては殿下の御心のおかげです』
『ああ…あのスピーチは本当に感動した。なあ、エマリエル』
『はい』
この返事だけでは本心が分からず、グラムの後ろでエマリエルを見つめていた時だった。
エマリエルがグラムに問うた。
『言葉の指導はどなたが?』
『私の子どもたちです』
ワーノルドとダリアは前に出た。
『ワーノルド・バッケンと申します。
私はあくまで補助を務めただけです。殿下をご指導したのは、妹になります』
突然名前を呼ばれ、ダリアは慌てて礼をする。
『ダリア・バッケンと申します』
『おお、あなたが…。
難しい発音も、殿下は正しく話されていた。あなたが美しいリーズリー語をお話されるからだ』
『ありがとうございます』
『どうやらエマリエルと歳が近いようだ。たまに話し相手になってやってくれないか』
『そんな…滅相もありません』
『ぜひ私からもよろしくお願いしますわ』
エマリエルの淡々とした受け答えに、ダリアは社交辞令なのだろうと受け取りながらも、了承する。
(でももし本当にエマリエル殿下とお話出来る機会があったら…殿下の誠実さをぜひこの方に伝えたい)
結局エマリエルの本心は分からぬまま、会場はお開きとなった。
「素敵な挨拶だったわね!
私、つい目が潤んじゃった。ダリア、頑張ったわね」
自宅に戻る馬車の中、リリアンヌはまだ興奮冷めやらぬ様だ。
「いえ、努力されたのは殿下だわ」
「確かにそうかもしれない。でもお前の努力あってのことだ。私は誇らしいよ」
グラムの言葉に、先ほどまで胸を締め付けていた悲しみが少しだけ和らぐ。
礼を述べようとした時、グラムの表情が曇っている事にダリアは気付いた。
「お父様?」
「……」
ダリアの問いかけにも答えず黙っていたグラムだったが、やがて何かを決意したように口を開いた。
「私は…少し心配している」
「あなた」
リリアンヌが制するように夫の名を呼ぶ。
「心配?」
ダリアが二人の様子を不思議そうに見つめていると、代わりにワーノルドが口を開いた。
「ダリアが王族の方達と深く関わっている事ですか?」
ダリアは、はっと目を見開いた。
「…そうだ。
殿下はもちろん、王城の人間がお前に心を許し始めている。リーズリー国の方々までもな」
その言葉を聞いて、ダリアは顔合わせの前、グラムがブレーデンを静かに見つめていたことを思い出した。
ダリアの心が大きく騒めき始め、グラムが何を言いたいのか、頭を巡らせる。
「もちろんお前を講師として信頼してくださっているだけだと分かっている。それはありがたいことだ。
だが周りの貴族は、そんな単純な話としては受け取らない。妙な勘ぐりをしたり、あらぬ噂を立てたりする輩もいるかもしれない」
その言葉を聞いて、ダリアは気付かされた。
自分が関わっている相手は、国を動かす人間たちなのだ。
いつの間にか、その感覚が麻痺していた。
「お前を余計な渦に巻き込みたくないんだ。
講師の件が終われば、この縁も一区切りにした方がいい」
そもそもダリア自身も困惑していたはずだった。
手の届かない様な存在とここまで深く関わることになるなど、思いもしなかった。正直、最初は迷惑だとさえ思っていたのに。
それなのに、気付けばジョシュアとエマリエルがこれからどう歩み寄っていくのか、自分に何か手助けできることはないかと考えている自分がいた。
(頼まれてもいないのに…私ったら)
「一区切りにした方がいい」という言葉が、ダリアの胸に重くのしかかる。
ずっとそう望んできたはずなのに、なぜ素直に受け入れられないのか、自分でも理由は分からない。
少しだけ俯いたまま、ダリアはかすれた声で「…分かりました」とだけ答えた。
それから複雑な思いで過ごしていたダリアの元に、一通の手紙が届いた。
(…城からの要請)
またいつもの様に、秘密裏に城に来て欲しいという手紙だった。
なぜ呼ばれているのかは分かっている。十中八九、エマリエルとの事だ。
グラムの言葉がダリアを揺さぶる。だが、行かないわけにもいかない。
(これを最後にしよう。
講師としての役目は果たしたし、そもそもこれはあの時書いた念書外の話なのだから、私を縛るものなんて何もない。
私がきちんと話せば殿下も……ハノーヴァー卿も分かってくれる)
ダリアはいつも以上に警戒しながら家を出て、城へと向かった。
「来たか」
今回もブレーデンがダリアを迎えた。
ダリアは会釈してブレーデンの元へと歩み寄る。
「どうした?」
「え?」
「元気がなさそうに見える」
まだ顔を合わせただけで声も発していないのに、そんな事を指摘されてダリアは目を瞬く。
「そうですか?」
「違うのか?」
「…ええ」
「ならばいいのだが」
(…私ってそんなに分かりやすいのかしら?)
ダリアが困惑していると、ブレーデンは胸に手を当てて言った。
「まずは君に感謝を述べたい。
あの様な立派な殿下を見る事が出来たのは君のおかげだ。心から礼を言う」
そう言って頭を深く下げられ、ダリアは恐縮しつつも素直にその言葉を受け取った。
「嬉しいお言葉、ありがとうございます」
「……」
それなのに、ブレーデンは眉を顰める。
「何です?」
「やっぱりおかしい。君はそんなに素直だったか?」
「…失礼ですよ」
思わずむっとしたダリアは、ブレーデンを置いてさっさといつもの談話室へと向かう。
「すまない、怒らせたか?」
「揶揄わないでください」
「揶揄ってるつもりはない」
「声が笑っていますよ」
「そうか?」
正直不服ではあるが、ブレーデンのおかげでダリアはいつもの自分を取り戻したのが分かった。
「ダリア嬢、来てくれてありがとう。いつもすまないね」
「いえ」
今回もジョシュアは部屋で先に待っており、ダリアを出迎えた。
二人で対面する様にソファに座る。
(いつの間にか当たり前のように受け入れていたけれど、こうやって殿下と顔を合わせるなんて、普通はあり得ない事なのよね…)
ダリアは改めて自分の置かれた環境を俯瞰し、必要以上に踏み込まないよう心に決めた。
「きっと大勢の人に言われているだろうけど…改めて礼を言わせてほしい。君のおかげでリーズリー国の信頼を得る事が出来た」
「勿体無いお言葉、ありがとうございます。
本当に素晴らしいスピーチでした。
私の母は感動のあまり、目が潤んだと」
「そうか…それは嬉しいな」
その言葉とは裏腹に、ジョシュアは視線を落とす。
ダリアは自分と同じ様な事が、ジョシュアの心に引っかかっているのが分かった。
「ですか…その、エマリエル殿下のご様子が」
そう言いかけてやめた。
ジョシュアが悲しそうに微笑んだからだ。
少しだけ沈黙が続く。ジョシュアはゆっくりと口を開いて言った。
「…どうやら、俺は彼女に嫌われているらしい」




