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花泥棒に恋をする  作者: 柏木椎菜


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十四話

「……それで、彼は、何て?」

 かき消えそうな小さな声で、トーラは話の続きを促してくる。

「お前より自分は長い時間一緒にいて、結婚することは変わらないと。このことに口出しするなら、許嫁に手を出した人間として突き出すと言われた」

「脅されたの?」

「脅しってほどじゃないけど、彼にしてみたら僕は邪魔者だ。早くここから……君の側から離れてほしいんだろう。許嫁なんだから当然だとは思う」

「そんなことを言われてたのね……ごめんなさい。気を悪くさせてしまって」

「君が謝ることじゃない。それに彼の言うことも間違ってはない。無関係の僕は口出しできる立場じゃないから」

 僕は改めてトーラを見据えて聞いた。

「……帰る前に、教えてほしいんだ。許嫁は君と一緒になろうとしてるけど、僕から見ると大事にしたいっていう愛が感じられないんだ。君には、それが届いてるの? この結婚を心から待ち望んでるの?」

 質問に、トーラはじっと立ちすくみ、瞳を小刻みに揺らしてた。

「誤解しないでほしいんだ。僕は別に、二人の仲を裂きたいわけじゃない。ただ、自分が好きになった女性が、ちゃんと幸せになってほしくて……僕のわがままでしかないけど、君ともう会えないなら、自分の心を納得させておきたいんだ。これでよかったんだって――」

 その時、ふわりと空気が動いて、トーラが迫って来たと思うと、次の瞬間僕は抱き締められてた。彼女の金の髪が鼻をくすぐる状況に思考が追い付かない。これは、何が起きてるのか――とりあえず僕は呼びかけてみる。

「……ト、トーラ? 大丈夫?」

 僕の左肩に埋もれた頭がわずかに動く。

「あなただけ……」

「何……?」

「あなただけが、私の気持ちに気付いてくれる……それが、嬉しくて……」

 腕の力を抜いてゆっくり身を離すと、トーラは涙の滲んだ微笑みを見せた。

「嬉しくて、つい、抱き締めたくなって……」

「僕、また、君を泣かせた……?」

「違う。これも、昨日のも、嬉し涙よ。……座って話しましょう。私もちゃんと、心の内を話したい」

 帰りかけた足を戻して、僕達は机を挟んで向かい合わせに座った。トーラは指先で涙を拭くと、控え目な笑みを浮かべてこっちを見た。

「出会って間もないのに、あなたは私の心が見えるかのように聞いてくる……ええ。あなたの思ってる通り、私はこの婚姻を望んでない。望んでるのはレイダルだけ」

「やっぱり、そうなのか……なら婚約を解消すれば――」

「望んでないけど、彼とは一緒になるつもりよ」

「は? な、何で……結婚したくない相手と一生を共にする気なの?」

「そうするしか、ないから……」

 トーラは力のない、諦めた笑顔を見せる。

「理由はもちろんあるんだよね。聞かせてほしい」

 うつむいたトーラは短い沈黙を挟んでから口を開いた。

「……私達エルフ族の婚姻は基本、親同士が決めるものなの。古くからの慣習で、子供が大人の仲間入りをした時期に、親が婚姻相手を探して婚約させるのよ。そこに当人達の気持ちは関われないし、拒むこともできない。一度婚約すれば、それは家同士の契約になって、婚姻を果たすまで守らなきゃいけないのよ」

「じゃあ彼は、君の両親が選んだ人で、恋人として好きだったわけじゃないのか?」

「ええ。レイダルはある日、私の両親に紹介された人よ。この男性と婚姻を結びなさいって」

「君は、それを受け入れられたの?」

「受け入れるも何も、それが当たり前だから、彼が夫になる人なんだと思って素直に頷いたわ。よろしくお願いしますと……」

「初対面なんだろう? それで婚約なんて、あまりに強引過ぎるよ。エルフ族は自由に恋愛ができないものなの?」

「そもそもこの形ができたのは、私達が長く生きるからだったみたいで……何百年も生きてると、家族を持たずに独りで生き続ける者が多くいて、過去、都の人口が減る傾向にあったらしいの。それで時の首長がそれを止めるために、現在まで続く婚姻の手順を定めて慣習化させたと聞いてるわ」

「人口が減って焦る気持ちもわかるけど、これは結婚の強制だ。エルフ族としては安泰かもしれないけど、個人の気持ちや幸せはまるで無視してる。このやり方は間違ってるよ」

「間違ってても、私達は従うしかない。昔からの慣習だから……」

「それを破って、婚約を破棄したらどうなるの?」

「私の家の面目が潰れるでしょうね。いろんな人から白い目で見られる……あまり想像したくない」

 表情を歪めながらトーラは言う――なるほど。レイダルが結婚にこだわってる理由はこういうことなのか。面目を保つために、自分達の気持ちはどうであれ、結婚は果たさないといけない……そう考えてるわけか。

「面目のために結婚して、君は彼……レイダルと幸せにやって行けると思うの?」

 聞くとトーラは眉根を寄せて目を伏せてしまった。

「多分、難しいでしょうね……婚約当初は、私も恋人っていう存在に舞い上がって、彼のことを好きになろうと努力したわ。だけど彼の気持ちは私にはなかったの」

「どういうこと……?」

「彼の部屋へお邪魔した時、偶然見つけてしまったの。本に挟まってた手紙……それは彼の幼馴染みの女性へ向けたもので、レイダルが彼女への気持ちを真っすぐに伝えてた。妻を迎えても、君への想いは尽きることはないって……」

「それって、ラブレター……?」

「その時は半信半疑だった。だから彼の気持ちを確かめるために、一人でいるところをこっそり観察したりもしたわ」

「どうだったの?」

 トーラは目を伏せたまま肩をすくめて見せた。

「彼は空き地の木陰で、幼馴染みの彼女と手を握り合って楽しそうにおしゃべりしてたわ。その光景は、私以上に恋人同士に見えた……彼も、家のために婚姻を結ぶんだってわかったわ。本当に好きな人がいるのに、一緒になれないのは可哀想とも思って、ちょっと同情もしたわ。……あなたの家へ、香水作りに使う花を盗みに行ったでしょう? 一度に全部盗らずに一輪ずつ盗ったのは、少しでも婚姻を先延ばしにしたかったからなの。でもそんなことは無意味だって、無駄な抵抗だってわかってた。行き着く先は彼との婚姻しかないのよ」

 僕は唖然としながら聞いた。

「何を言ってるんだ? 君はそんな男と結婚するのか? 他の女性に心を向けてる男と、これからずっと過ごして行くつもりなの?」

「仕方ないのよ。これが私達の慣習で、逆らうことなんてできない……従うしかないから」

「君の幸せはどうなるんだ? 家の面目のために、嫌なことを我慢して、得られるはずの幸せを捨てて、それでいいと思ってるのか?」

「いいとは思わないけど、でも、慣習は――」

 僕は身を乗り出してトーラの肩をつかんだ。驚いた緑の瞳がこっちを凝視してくる。

「慣習なんてどうでもいい! 僕が聞きたいのは君の気持ちだけだ。本当はどうしたいのか、それを言ってほしい」

「言ったところで……」

 また目を伏せようとするのを、僕は肩を揺らして止める。

「この先、何十年、何百年の人生、ずっと後悔したいのか?」

 暗い瞳がハッとしたように僕を見た。

「それでいいなんて、思わないだろう?」

 トーラは何か言いたげな迷いを見せてたけど、言葉にするにはまだためらいがあるみたいだった。僕は手を離し、椅子に座り直して彼女を正面から見据えた。

「僕もさ、昔、後悔してたんだ」

「何を……?」

「軍に入ったこと。前に話したよね。半ば強制されたって。父さんは軍人家系だから、男子の僕は軍に入るのが当たり前だとされてたし、自分でもそう思ってた。本当は嫌だったけど、昔からそうしてきたことだから仕方ないって」

「同じね……今の私と……」

「ああ。僕も君と同じだったんだ。言いなりのまま兵士になったけど、その毎日は辛かったよ。当然だよね。望んで入隊したんじゃないんだから。だけどここでやめたら父さんに間違いなく叱られて家の恥にもなるから、どうにか耐えて頑張ってた。そんな中で起きたのが、魔獣討伐での怪我だ。入隊してまだ日が浅い時期に、僕は右足を失ってしまった……」

 ズボンの裾を短く結んだ先が揺れるのをいちべつして、僕は続ける。

「身体の一部を失ったことは大きな衝撃だった。だけど退役が決まった時は気持ちが一気に楽になったんだ。父さんや周りの意思から、やっと解放されるんだって。右足と引き換えに、僕は僕の自由を手に入れたんだ。そう思えば右足をなくした現実も、そんなに悲しむことじゃなくなったよ。まあ、生活は慣れるまで苦労したけどね」

 僕はトーラに笑いかけた。

「怪我は予期してなかったことだけど、でもそのおかげで僕は心の幸せを得られた。自分の気持ちに無理強いしない、自然な生活に戻れたんだ。今思うのは、当時の僕はいろいろ怖がって本音を出せずにいたんだ。とにかく父さんの顔色ばかり気にしてた。そんなだったから自分の意思や考えなんて隅に追いやってた。そういうやつだったから後悔をしたんだ。自分の思いを押し隠してたから。それで本当の幸せなんか得られるわけない」

 机の上で手を組んで、僕はトーラを見つめた。

「慣習を理由に、君は自分の幸せを諦めるのか? 気持ちに逆らって、好きでもない男と結婚するの? それこそ後悔するに決まってる。トーラの幸せは、トーラにしか見つけられないんだ。そのためには自分に嘘をついちゃ駄目だ。本当はどうしたいのか、どうするべきなのか……君はもうわかってるはずだろう?」

「ファルク……」

 瞳を揺らしてたトーラは、それを止めるようにギュッと目を瞑ると、ゆっくり瞼を開けてこっちを見る。

「……決められた道をそれるのは、怖くて、恐ろしい……だけど、その道に従って進んだ将来の自分を想像すると、もっと恐ろしくて寒気を感じる……」

「僕は君に、幸せだと思える道に進んでもらいたい。怖いっていうなら、僕が手を貸すから」

 そう言うと、トーラの目にはまた涙が滲み始める。そして唇がゆっくり動いた。

「……それじゃあ、私の願いを聞いてくれる?」

「何? 言ってみて」

 目を細め、トーラは微笑む。

「私は、ファルク……あなたと一緒にいたい」

「うん。……え? そ、それって、どういう……」

「私はあなたといると、自然で、穏やかで、幸せな気持ちになれるの。どうしてこんな気持ちになるんだろうって思って、答えは一つしか見つからなかった……私も、あなたのことが好きになってしまったみたい。頭から離れないほどに……」

 呆然としながら僕は彼女を見た。その言葉があまりに信じられなくて、でもこんなつまらない嘘を言うとも思えなくて、どう反応すればいいのか、心の中があたふたして口が開けなかった。そんな僕に、トーラは照れ混じりの笑みを浮かべる。

「あなたと幸せになりたい。けど、こんな私じゃ、迷惑かな……?」

「そんなことないっ!」

 思わず大声で答えてしまい、トーラが若干身を引いてしまった。

「ご、ごめん。気持ちが入り過ぎて……それと、驚いたんだ。まさか君が、僕のことなんかを好きになってくれるなんて。言われてもまだ信じられなくて……」

「嘘じゃない。私の正直な気持ちだから」

「だけど、本当にそれでいいの? 僕と一緒にいる道で……」

 トーラは小さく頷いた。

「ええ。自分の心に私は従うわ。周りは人間のあなたと一緒にいることをよく思わないかもしれない。エルフはエルフ同士で一緒になるものだと考える人が多いから。でも歴史をさかのぼれば、エルフが他種族と暮らす例はいくつもあるの。それを禁止する決まりもないし、止められるいわれもない」

「許嫁は認めてくれそうにないけど、彼にはどう説明するの?」

「レイダルに嘘やごまかしは通用しないわ。ありのまま、私の気持ちを伝えて説得するしかないと思う。これは幼馴染みを想うあなたにとっても悪いことじゃないって」

「もし難しそうなら僕も一緒に――」

 説得するという言葉をトーラは手を上げて制した。

「それは駄目。あなたが出れば彼は余計感情的になりかねないから。私一人でどうにかするわ。でも、ありがとう」

 気持ちを示すようにトーラは細く白い手をこっちに伸ばした。僕も同じように伸ばしてその手に触れる。お互いの体温が交わって、その温もりをさらに感じようと力を込めて握る。その瞬間、トーラの表情がほころんだ。僕に見せてくれる美しい笑顔……それはひいき目なしに幸せそうだった。

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