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花泥棒に恋をする  作者: 柏木椎菜


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十三話

 驚いて固まった僕を、レイダルは冷たい怒りの眼差しで見てくる。

「まさかと思って来てみれば、やっぱりお前だったか」

「やっぱりって、何が……?」

「今朝知り合いから聞いたんだ。トーラが昨夜、人間の男と歩いてたとな。私は前に言ったはずだぞ。彼女をたぶらかすなと。それなのに家まで訪ねて入り込むとは……厚かましいにもほどがある」

 さげすむ視線が睨んでくる。

「だから! 僕はたぶらかしてなんかない」

「じゃあ人間のお前が、何でこんなところにいるんだ」

 鋭い眼光と共に、感情を押し殺したような低い声が聞いてきた。

「材料を、届けに来ただけだよ」

「材料?」

「森を再生させるための、魔法薬に使う植物だ。前回、あなたが現れたせいで中断したから、僕が一人で集めて、それで持って来たんだ」

「トーラに頼まれたのか?」

「違う。これは僕が勝手にやったことで、彼女は知らなかった」

「つまり、お前がいきなり押しかけて来たということか……それで、トーラはどこにいる。部屋に見当たらないが」

「僕のために、松葉杖を作りに行ってる。ほら、書き置きも……」

 一旦机に行って置かれた紙を手に取り、レイダルに見せた。

「ふむ……そうみたいだな。まったく、余計な世話を焼いてる」

 視線が紙からこっちへ、ジロリと向いた。

「用はもう済んだはずだ。杖を受け取ったらさっさと帰れ。トーラにこれ以上構ってくれるな。わかったか」

「ここへはどうせ頻繁には来れない。僕じゃ時間がかかり過ぎるから」

「自覚できてるならいい。もうその顔を見せに来るな」

 そう言うとレイダルは踵を返して去ろうとしたから、僕は思わず呼び止めてしまった。

「彼女の帰り、待たないのか?」

「……待ってどうする」

「どうするって、彼女からも話を聞いたり――」

「お前の話で事情はわかったんだ。他に何を聞くんだ」

 怪訝な表情を浮かべるレイダルに、僕は違和感を覚えて聞いた。

「こう言うのも何だけど、僕が本当のことを言ってるとは限らないし……」

「すべて嘘だったのか?」

 僕は首と手を振って否定した。

「いやいや、全部本当だから。嘘なんて一つもない」

「お前が人間であっても、話が真実か嘘かぐらい何となくわかる」

「信じてもらえるのは嬉しいことだけど……」

「……何だ。何か言いたいことでもあるのか」

 腕を組み、わずらわしそうにこっちを見てくる。それを見据えて僕は聞いてみた。

「心配じゃないのか?」

「何がだ」

「彼女、トーラのことがだよ」

「お前にいられたら確かに心配だ。だがお前はもうすぐここから消える」

「そうじゃない。あなたは事情はわかったって言ったけど、僕は昨夜ここに来て、今朝はここで目覚めたんだよ? この事実は気にもならないのか?」

 レイダルはわずかに首をかしげる。

「一晩この家にいたことが、何だと言うんだ」

「それ、本気で聞いてるの? 僕はあなたの許嫁と一晩、二人きりで過ごしたんだよ? 彼女のことが心配にならないのか?」

「ああ、そういうことか……お前はトーラに手を出したのか?」

「そんなこと、するわけないだろう」

「ならいい。仮にそうだったとしても、お前はもうここへは現れず、トーラも人間の住む地域へは行かない。それで問題はない」

「本当に、そう思ってるのか? 僕を疑わずに?」

「何だ、私に疑ってほしいのか?」

「そうじゃないけど、あなたが彼女に対して、あまりに素っ気ないから……恋人なら、その身を案じたり、怒りを見せたりするもんだ。前にあなたが僕の家に来た時みたいに」

「あの時は状況が違う。トーラは人間の家に行き、都を離れてた。だが今回は自分の家にいる。お前が何か悪だくみしてるというなら別だが、聞く限りお前の言葉に嘘は感じられない。トーラが私の側にいるなら心配する理由などない」

 僕は思わず眉をひそめた。

「側にいれば、案じる必要もないと?」

 話を続ける僕に、レイダルは苛立ち混じりの溜息を吐く。

「……何なんだ。私に何を言いたいのか、はっきり言え」

「じゃあ、言うけど、それが恋人に対する態度なのか? 他人の僕が一晩過ごしたっていうのに、あなたは彼女の心配もせず、帰りを待つこともしない。側にいるから問題ないなんて、あまりに冷めた態度だ」

「お前の態度こそ理解できないが? 私は話を聞いてお前を咎めることはしてない。なのになぜ信じるんだとか、怒らないのかとか……ここから叩き出されるのが望みならそう言ってくれ。すぐに手を貸すぞ」

「話をそらすな。僕が言ってるのは、あなたの、彼女への気持ちだ。もうすぐ結婚する相手とは思えない言動だ」

 僕は迷いを振り切り、レイダルを見据えて言った。

「ごまかさずに言うよ。僕は、トーラのことが好きだ。少なくとも、今のあなたよりずっと深くね」

 レイダルの表情に緊張が走るのがわかった。でも一度瞬きをすると口の端を引き上げた。

「ついに本音を出したか」

「彼女はすべてが美しい人だ。出会った時から心を奪われた。でも許嫁がいることを知って、これが叶わぬ恋だとわかった。だからせめてその結婚を祝福したいと思ったんだ。だけどどうだ。その準備は全然進んでない。二人が許嫁っていう事実だけが取り残されてる。お互いを愛し愛する気持ちはどこにあるんだ? あなたは、トーラをどれだけ深く愛してるんだ? 彼女を本気で幸せにするつもりが――」

「人の婚姻に口出しするとは、うるさい人間がいたものだ」

 ずいと詰め寄って来たレイダルは、僕より頭一つ分高いところから睨み下ろしてくる。

「たかだか数度会っただけで……私はトーラと数十年間一緒にいるんだ」

「時間が長くたって、気持ちが通い合ってなきゃ意味はないよ。あなたはそれができてるって、思えてるの?」

「彼女はわかってくれてる。慣れないことで多少の戸惑いはあっても、私と婚姻を結んでくれるだろう。それが最善だと理解してるはずだ。少なくともお前の横槍に気を取られるような愚かなことはしない。私達は、婚姻を約束した仲なんだ。この先も互いに寄り添い続ける。それは決まってることだ。それでもまだ口出しするというなら、お前の望み通り、許嫁に手を出した人間として突き出してやる。それが嫌なら、そのわかったふうな口は閉じろ」

「婚姻が決まってるからって、気持ちがなきゃ――」

 話そうとした僕を、レイダルは突き刺すような視線で制した。

「自分の家へ、無事に帰りたくないのか」

 冷たい口調に気圧されて、僕は思わず口ごもってしまった。

「……杖を受け取ったら、黙って帰れ」

 そう言うと睨む目を残してレイダルは去って行った。遠ざかる背中が見えなくなったところで、僕は深い溜息を吐いた。扉を閉めて、ヨロヨロと椅子に座る――あれで本当にトーラを愛してると言えるのか? 結婚にはかなり積極的なくせに、それに比べて彼女に対する関心は薄いように感じる。あいつの気持ちは一体どこにあるのか……。やっぱり問題はレイダルにあるのかもしれない。だからトーラも、結婚の準備に前向きになれてないのかも。だけど、そうだったとして、僕に何ができるのか。エルフでもないし、親族でもない、偶然知り合っただけの人間なんだ。癪だけどあいつの言う通り、二人の間の問題に口出しできる立場じゃない。でも、トーラが幸せな結婚ができないと、僕の気持ちが納得できない。彼女はこのまま進んでいいと思ってるんだろうか。抱えてる問題の中身はわからないけど、あいつとの結婚に納得してるんだろうか……。

 モヤモヤした気持ちで食べかけの朝食を食べ終えて、特にすることもなく一時間ほど外の景色をぼーっと眺めてると、長い金髪をなびかせた姿が横切って玄関扉から入って来た。

「おはようファルク。留守にしてごめんなさい」

 笑顔のトーラが側まで颯爽と歩いて来る。その右手には真新しい松葉杖が握られてた。

「おはよう。朝食、ありがたくいただいたよ。美味しかった」

「食べてくれたのね。よかった。……はい、これ、作ってもらったんだけど、バランス大丈夫か確かめてみて」

 渡された松葉杖を受け取って、僕は早速左脇にあてがってみる。

「……長さは問題なさそうだ」

「頼みに行く時、あなたの松葉杖の長さを測らせてもらったの。測り間違えはしてなかったみたいね」

「うん……歩いてみても、前とそんなに違和感ないよ。作りも頑丈そうだし、長く使えそうだ。ありがとうトーラ。本当に助かるよ。この費用は――」

「それはいいの。気にしないで」

「そうはいかないよ。今は手持ちがないけど、ちゃんと払うから」

「私のよく知る職人が格安で作ってくれたものだから大した費用じゃないの。だから平気よ」

「だけど、タダなんて悪いよ」

「あなたが持って来てくれた材料のお礼と思って。それならいいでしょう?」

 ニコニコしながらトーラは同意を求めてくる。そんな彼女の優しさに逆らえず、僕は渋々頷くしかなかった。

「これでちゃんと歩けるようになったわね。よかったら近くを散歩してみる? 私が案内してあげるから」

「それもいいけど……僕は帰るよ」

「え……何か、予定でもあるの?」

「ないけど、僕の足じゃ時間がかかるから」

「かかるって言っても、まだ朝よ? 帰り着くには十分余裕があると思うけど……」

「道中、何があるかわからないから……いろいろありがとう。また……会うのは難しいかもしれないけど、どうか元気で。それじゃあ……」

 作った笑顔を見せて歩き出したところで、その動きはすぐにトーラに止められた。

「ちょっと待って。……ファルク、私がいない間に何かあったの?」

「……何で、そう思うの?」

「だって、あなたの表情がおかしいから……」

「そうかな。普通に笑ってるつもりなんだけど……もう少し口角を上げたほうがいい?」

 僕は指で口の端を押し上げておどけてみせた。でもトーラは微塵も笑ってくれない。

「何かあったなら、言って。お願い」

 彼女にはお見通しらしい――僕は観念して一息吐く。

「……実は、君の許嫁が訪ねて来たんだ」

 これにトーラは目を見開く。

「レイダルが……?」

「僕が君と一緒にいることを聞いたらしくて、それで確認に来たみたいだ」

「彼に何か、言われたの?」

「僕がここにいる理由を話したら、とりあえず理解はしてくれて、でもそのまますぐに帰ろうとしたんだ。だから彼女のことは心配じゃないのかって聞いたら、自分の側にいれば心配ないって、まったく君の身を案じてなかった。一晩他人の男と過ごしたっていうのに」

「彼の、言いそうなことだわ……」

 トーラはフッと苦笑を漏らした。

「その態度が気になって、言ったんだ。僕はあなたより、ずっと深く彼女のことが好きだと……本当の気持ちを明かした」

「えっ……」

 かすかな驚きの声を上げてトーラはこっちを見る。その動揺する視線を受け止めて、僕は真っすぐ見つめ返した。

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