表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
花泥棒に恋をする  作者: 柏木椎菜


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/16

十一話

「ここが、エルフの都か……」

 僕は一本だけになった松葉杖をついて、都の入り口である大きな門を見上げた。白い石を積み上げた門には扉も装飾もないけど、壁面には木の根やつたが無数に絡み付いてて、一見すると古い遺跡のような様相をしてる。そこをくぐって中へ入っても、柱や建物も同じように緑が絡み付いてた。中には屋根から木が突き出てる家もある。ここまで侵食されて暮らしにくくないんだろうかとも思うけど、自然と共に生きるのは、いかにもエルフ族らしくもある。彼らにとっては、緑に囲まれたこの景色のほうが安らげるのかもしれない。

「お前、都は初めてなのか?」

 僕の隣を歩く巡回兵が怪訝な顔で聞いてきた。

「ああ、来るのも、見るのも初めてだよ」

「その足でよく来ようと思ったな。ここは地形がデコボコしてるから、人間だと難儀するだろう」

「まあね。だから諦めて引き返そうと思った時に、あの魔獣に狙われて……」

「小さい個体で運がよかったな。あれよりもっと大きい魔獣だったら、我々が見つけたとしても、助けてやれなかったかもしれない」

「魔法を使えるあなた達でも、大きい魔獣にはてこずるの?」

「魔獣は、その身体が大きければ大きいほど魔法が効きづらいんだ。その分、大勢で対処する必要がある。二人なんて人数じゃ到底勝ち目はない。だからお前は運がよかった」

 そうなのか……エルフ族も、魔獣対策には苦労するところもあるんだな。それにしても、彼らが思ったより気さくに話してくれてよかった。保守的な種族だから、もっと冷たくされるかと心配したけど、親切で一安心した。

 そんなふうに話をしながら通りを歩き進むが、彼が言ったように、都の中は至るところに坂や段差があった。そこにひしめくように大小の建物が建てられてる。子供や若者ならまだいいけど、体力の衰えた老人じゃ、家を出て帰ることさえ難儀そうだ。片足を失ってる僕も住むには不便そうだな。体力は鍛えられそうだけど。でもエルフの人達はそんな道を涼しい顔で行き来してる。坂はスイスイと、段差もヒョイヒョイと上がって行く。僕はここまで来て少し息が上がり始めてるのに、通行人にそんな人は一人もいない。やっぱりエルフは身軽な種族だ。

「……それで、どこまで歩くの?」

「もう目の前だ。……ほら、着いたぞ」

 そう言って示されたのは、周りの家より少し大きい建物だった。

「ここは我々兵士の詰め所だ。とりあえずここで話を聞かせてもらう」

 促されて僕は中へ入る。ところどころにつたの這う石壁は、汚れもなく綺麗にされてる。照明のろうそくもあって、中は思ったより明るい。いくつか部屋が見えたけど、そのうちの一つに兵士は入って行く。

「さあ、座って」

 数人程度が入れそうな狭い部屋に僕も入る。中央には質素な机と椅子があって、その席に腰を下ろす。

「我々は巡回に戻らないといけないから、代わりの兵士を呼んで来る。それまでここで待っててくれ」

 そう言って命の恩人の二人は僕の前から去って行った。扉が閉められて静けさに包まれると、何だか急に不安を感じた。これは一応、保護という形を取ってくれたようだけど、こんな狭い部屋で話を聞くっていうのは、人間の僕をちょっと怪しんでる部分もあるんだろうか。王都ならここは明らかに尋問室なんだけど……いや、エルフ族と人間はまるで文化が違うんだ。似てるからって同じとは限らない。助けてくれた二人の兵士も嫌な顔せず接してくれた。これから来る兵士もきっと親身になって話を聞いてくれるはず――そう緊張する心をなだめて、僕はしばし待ち続けた。

 五分ほど経った頃、扉を叩く音で僕は振り向いた。そっと開けられた扉から小柄なエルフの兵士が入って来る。

「あなたが魔獣に襲われたっていう人間ですね」

 兵士は僕の向かいに立つと、手元のメモ帳を開いてペンを取り出す。

「大変な目に遭いましたね。でも助かって何よりです。こんなところに足止めされて不満かもしれませんがあなたを保護したこちら側としては襲われた経緯やこの地域にやって来た理由などを聞かなければいけないんですよ。面倒だと思うでしょうが手短に済ませるためにも協力してください。ではまず始めにあなたの名前をうかがっても?」

 まくし立てるように聞かれて、僕は若干圧倒されつつも答えた。

「は、はあ……ファルク・エイステンです」

 兵士はペンを動かしながら続ける。

「ファルク・エイステン……年齢は?」

 そんなこと聞く必要があるのかと、一瞬怪訝な目を向けた僕に気付いたのか、兵士は愛想笑いを浮かべて穏やかに言う。

「あ、ほら、我々と人間とでは外見の年齢がまるで違うでしょう。私は今年百六十四歳になりますがあなたは百歳にも満たないですよね? エルフの感覚ではそれがわからないもので。一応の確認のためですから教えてくれます?」

 この兵士、二、三十代ぐらいにしか見えないのに、百六十四年も生きてるのか。じゃあやっぱりトーラも百歳越えてるんだろうな。

「……二十四歳」

「へえ、二十四……昔から聞いてる通り人間は若くして老けてますね。それでどちらから来たんです?」

「ここからずっと東の、ルネッテっていう町から……」

「ルネッテ……確か、都から一番近い人間の町でしたか。ですが近いと言ってもかなりの時間を要するでしょう? しかもあなたは片足を失ってます。そんな苦労をしてまでなぜ都へ来ようとしたんです?」

「ここに、知り合いのエルフがいるんだ」

「ほお、エルフに知り合いが。その者に会いに来たと?」

 僕は頷く。

「差し支えなければ、どういった知り合いで? 会う約束をしてたんですか?」

「約束はしてない。僕が勝手に来たんだ。これを渡したくて……」

 肩にかけた灰まみれのかばんを机に置いて見せた。

「これは……中を見ても?」

「もちろん。危ない物じゃない」

 開けて中を見せると、兵士は上からのぞき込んだ。

「……大量の植物? 何なんですかこれは?」

「知り合いが必要としてる植物なんだ。彼女、森の再生を目指してるチームに入ってて、それで使う魔法薬作りに、この材料を集めてたんだけど、それが中断されちゃって……だから、僕一人で集めて届けようと思って」

「ああ、研究班の者がそんなことを言ってた気がします。あなたの知り合いというのはその研究班に所属してる者なんですか?」

「そうだと思う。ちゃんとしたことはわからないけど」

「詳しいことはわからないということですか? 名前ぐらいはわかってますよね?」

「それは当然だよ。彼女はトーラ・シェラン。金の長い髪で、緑色の瞳の女性だ」

「ふむ、名前も容姿もごくありふれた者ですね」

 ありふれた? ――その言葉は聞き捨てならない。

「そ、そんなことない。トーラはすごく美しい女性だ。人間の僕を気遣ってくれる、心まで美しい女性で、ありふれた存在なんかじゃ――」

 いぶかしむ目がこっちを見てるのに気付いて、僕はすぐに言葉を変えた。

「……な、名前とか容姿とか、エルフのことはよく知らないけど、でも彼女にはよくしてもらったんだ。僕にとっては、特別な存在だから……」

「特別、ですか……しかし研究班の者と人間のあなたが一体どうやって知り合えたんです? 日常の中で接点などないでしょう」

「接点は……彼女が散歩してるところを、僕が声をかけたんだ」

「散歩って、どこを歩いてたんです?」

「僕の、家の近くを……」

「つまり人間の町まで出向いてたと? 都の者が? 何だか信憑性の薄い話ですね」

 花泥棒のことは絶対に言えないからな……どう言えばいいんだろう……。

「その、彼女は散歩のついでに、材料探しもしてたらしくて、夢中になってる間に、僕の町のほうまで来たらしくて……」

「ほお、なるほどね。研究者は仕事に没頭すると周りが見えなくなる者が多いですからね。そんなこともあり得ますか……」

 少しは納得してくれた様子に、僕は胸を撫で下ろした。

「では確認を。そうして出会った彼女を手伝うために、あなたは集めた材料を手に都へ向かった。その道中であるヤーゲンの森で魔獣に襲われるも巡回兵に助けられて保護された……という経緯でいいですか?」

「うん。それでいい」

 なるほどと呟きながら兵士はメモ帳に書き付けると、パッと顔を上げた。

「協力ありがとうございます。話を聞くに、疑わしいところはないと思いますが念のため知り合いだという女性、トーラ・シェランでしたっけ? その者を捜して連絡しようと思います」

「え、連絡、してくれるの?」

 思わぬ嬉しい話に、僕は一段声が高くなってしまった。

「あなたの話に嘘がないということをこれで完全に証明できますので。まあ通常なら自由に街中へ行ってもらってもいいんですがあなたは人間で慣れてないでしょう。人捜しは我々がやったほうが早く済みます。見つからなかった場合でもここにいれば一晩は過ごせますし。暗くなってきてる時間に帰らせては再び魔獣に襲われかねませんからね」

 いろいろ聞かれて、やっぱり怪しまれてるのかと思ったけど、彼らも心を持った同じ人らしい。帰りの道中の心配までしてくれるとは。まあ、ただ仕事をしてるだけなんだろうけど、僕にとってはありがたいことだ。

「自分で捜してたら、どれだけ時間がかかったかわからない。本当に助かるよ」

「気にせずに。これが私の仕事ですから。では早速行って来ましょう。あなたはしばらくここで待っててください。あ、お手洗いの時は部屋の外にいる兵士に聞いてください。案内してくれるはずです」

 口早に言うと、兵士は小走りで部屋を出て行った。……あの人は多分、せっかちなんだろうな。エルフも人間も、中身はそう変わらないのかもしれない。

 机で頬杖をついた姿勢で僕は待つ。この部屋には窓がなく、天井近くに通気口があるだけで、壁にかかったランプの明かりが揺れる光と存在感を放ってた。正直、腹が減った。多分、夕食時は過ぎてるだろう。何か食べたいけど、お金なんて持ってないし、兵士に頼むのも図々しい気がする。とりあえず今は我慢するしかないか……。あの兵士が捜しに行って三十分は経ったかな。都の広さは知らないけど、トーラの名前は教えてあるんだ。一時間もすれば見つけて戻って――

 ガチャと音がして僕は振り向いた。扉が開くとさっきの小柄な兵士が入って来る。待ち切れず僕は聞いた。

「彼女、見つかった?」

「はい。あなたの知り合いはこの女性ですね?」

 横にずれた兵士の後ろから、長く待ち望んだ美しい姿が現れた。おずおずと前に出て来ると、僕を見つけて表情が驚きに変わる。

「……ファルク! まさか、本当にあなただったなんて」

 僕は椅子から立ち上がってトーラに歩み寄った。

「よかった。また会えて……!」

 トーラは驚き、僕は安堵し、笑顔で見つめる。再会できた嬉しさからか、どちらからともなく手を出して、お互い握り合った。柔らかくて温かい感触が、僕の緊張をほぐしてくれる。

「話は聞いたけど……材料の植物を渡すためだけに、私の元へ来たって……」

「途中で終わったから、君が困ってたり苦労してるかなって思ってさ。これ、集めて持って来たんだ」

 机にあるかばんを示すと、トーラは微笑みながらも困惑の表情を浮かべた。

「すごく助かるけど、都まで持って来るなんて、そんな無理する必要ないのに。魔獣に襲われたんでしょう? 幸い怪我もなく無事だったからいいけど、一歩間違えば死んでたかもしれないのよ? そうなったら私は、あなたにどんな顔を見せればいいのか……」

「どんな顔でもいいけど、できれば笑顔がいいかな……。いきなり来て困らせたことは謝るよ。でも仕事が中途半端になったことが気になって仕方なかったんだ」

「それについてはこっちが悪いんだから、気にすることなんてないのに……あなたはどこまでも気遣う優しい人なのね」

 顔から困惑が消えて、やっと満面の笑みが見られたことに、僕は込み上げる嬉しさを噛み締めた。この輝く笑顔が見れれば、もう悔いはないな。

「二人とも、知り合いに間違いないということでいいですか?」

 兵士に聞かれて、僕達は揃って頷いた。

「そうですか。では身元確認は済みましたので我々の役目は終了です。あとは自由にしてください。ですが何の約束もなしに来たと言ってますから一人だと何かと困るかもしれません。知り合いのあなたが面倒を見てくれると安心できると思うのですが……?」

「心配いらないわ。彼は私の家に泊まってもらうから。面倒はちゃんと見るつもりよ」

 思わずトーラを見返した。……家に、泊まらせてくれるって言った? い、いいんだろうか、許嫁のいる女性の家に、僕なんかが泊まっても。今は一文無しだからありがたいけど、後で何か問題になったりしないだろうか……。

「それなら我々も安心です。協力ありがとうございました。ではこれで失礼します」

 兵士は小さく会釈してから部屋を去った。それを見送ったトーラが僕へ振り向く。

「……じゃあ、私達も行きましょう」

 机のかばんを手に取り、肩にかけようとしたトーラを僕は止めた。

「それは僕が持つから」

「私のために持って来てくれたものでしょう? 私が持つからいいわ。そんなに重くもないし。あなたは何時間も歩いて来て疲れてるんだから、これぐらいはさせて」

 ニコリと笑った顔に、僕の心臓は射すくめられる。

「あ、ありがとう……」

「いいのよ。ところで、松葉杖を一本しか持ってないみたいだけど……」

「もう一本は、魔獣に襲われた時に壊されて……まあ、二本なくても歩けないことはないから」

「でもあったほうが歩きやすいんでしょう? どうにかしないとね。今日はとりあえず、私の家に泊まってもらうけど、いい?」

「それなんだけど、本当に、いいの?」

 これにトーラは少しだけ首をかしげて笑う。

「迷惑じゃないかってこと? そんなこと気にしないで。あなたの家より狭いけど、ちゃんと寝る場所はあるから。嫌だって言うなら、宿屋の部屋を探して――」

「いやいや! 迷惑じゃないってことなら、いいんだ。君の言葉に、甘えさせてもらうよ」

「ええ、甘えてちょうだい。それじゃあ向かいましょう。道中は段差が多いから、歩きづらかったら言ってね。手を貸すわ」

 トーラの背中を追って僕は詰め所を出る。頭上を見上げると、風に揺れる梢の向こうは夜空に変わってた。毎晩見てる同じ夜空のはずなのに、周りの景色が違うだけで夜空も違うもののように感じるから不思議だ。まるで別の世界に入り込んだよう……トーラはここで暮らしてるんだ。そして僕は今夜、ここに泊まる。彼女の家に――変な期待はしてない。でも正直、ドキドキはしてる。トーラの家で一晩過ごせるなんて思いもしてなかったから。襲われたのが、あの魔獣だったのは本当、運がよかったんだと改めて思う。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ