Ep:72 女王
「やはり姉上はお強い」
トイフェルは悪意無く笑みを浮かべ言う。
「今度はこちらから…!」
そう言うとトイフェルは音も無く女に肉薄する。木剣と木剣のぶつかり合う音が、中庭に響く。常人では目で追う事も出来ない程の速度の攻守。その連撃は暫く続き、突然止まった。
「私など、姉上と対等に渡り合えているかすらも分からぬ程で――」
「そう言うのが私は気に入らないの。貴方は昔からそう…私の剣から何も学ばない…でも、私は貴方の剣から色々と学んだわ…」
女は悲しそうに、しかし力強くトイフェルを見据える。
「それはそれは。お褒めに預かり光栄です」
「貴方はそうやっていつも飄々として、何も考えていない様に若気る…その奥には途方も無く大きな野望を抱えていると言うのに…私は、そんな貴方が、昔から大嫌い…ッ!」
「これは…辛辣だなぁ、レジーナお姉様」
「私を気安く呼ぶな、トイフェル…!私は必ず貴様を止める。その為ならば、この命を投げ出す事も厭わない…!」
トイフェルはその細い目をレジーナと呼んだ女に向ける。その眼差しは、レジーナの向ける眼差しとぶつかる。月明かりに照らされ、金色に輝くレジーナの前髪の奥の翠色の瞳は、確かにトイフェルを睨んでいる。
「ご自分の状況をよく考えてから、そういう事は仰って下さい」
そう言ってトイフェルは自分の首を指差す。それは、暗にレジーナの首についているチョーカーを示していた。金のチョーカーには、レジーナの瞳と同じ色の翠色の宝石が埋め込まれていた。
「くッ…!」
レジーナは木剣を強く握り直す。その時、中庭の生け垣が風も無いのに動いた。
「姉上は女王の暗示…所詮ヘルツには勝てませんよ」
トイフェルはそう言って、レジーナを強く睨んだ。細い目の奥には、紅い瞳が怪しく光っていた。
「お嬢様、お夕食のご準備ができました」
突然、中庭に執事の老人が来て言う。レジーナはその言葉に狭くなっていた視界を取りもどす。
「トイフェル様も、ご一緒にお食事になられてはどうでしょう?」
「そうだな…今日はもう遅い。泊まっていく事にしよう」
「畏まりました。ご準備して参ります」
「頼むよ」
そう言いながらトイフェルは木剣を革製の鞘に納める。
「さぁ、姉上。行きましょうか?」
「え、えぇ…」
レジーナはそう呟き、屋敷の中へと入る。中で待っていた使用人にトイフェル同様木剣を預け、食堂へと向かった。
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食事を終え、自分の泊る客室へと戻ったトイフェルは、徐に葡萄酒を取り出す。瓶の口のコルク栓を、オープナーを使って回し抜く。紅い葡萄酒をグラスに注ぎながらトイフェルは呟いた。
「ヘルツ」
「はッ…!」
開けられていた窓から入って来たのか、雀色のフードを被った女が部屋に現れる。
「姉上が彼ら…ライトとエルに接触しない様見張っていて欲しい。実力は君より互角以下とは言え、彼らと組まれると対処に困る。頼むよ?」
「畏まりました…!」
そう言ってヘルツは踵を返し窓の方を向く。
「あぁ、そうだ。ヘルツ、君もどうだい?」
トイフェルは振り返ったヘルツに葡萄酒の入ったグラスを見せる。
「結構…いえ、頂きます…」
そう言ってヘルツはグラスを受け取り、回しながら香りを嗅ぐ。そして、一口含んだ。
「実に美味で――…ッ!?」
突然ヘルツが首を抑えて倒れる。仰向けでのた打ち回るヘルツを、トイフェルは黙って見ていた。
「があぁッ…!ぐう…ッ!」
「判断のしようが無いか…」
そう呟き、トイフェルはヘルツの鎖骨の中心辺りに指を二本当て、魔力を流す。
「がぁッ…!ハァ…!ハァ…!ハァ…!」
ヘルツは、倒れたまま肩で息をし、暫く横たわったままだった。




