Ep:124 贋物
僕は周りを見回す。
「これは…」
「今、君と私以外の時間を止めた」
「時間を止めた…!?そんな事…幾ら魔法でもできる訳が無い…!」
「残念だけど、これは紛れもない事実だ。現に、周りの物は何一つ動いていない」
「嘘だ…!時間の流れをほんの少し遅くするだけでも大量の魔力を消費するのに!」
僕はトイフェルに向かって走り、その首に目掛けて剣を振る。しかし、斬った感触は無かった。
「時間停止は私の意思だ。君の時間を止める事も容易いのさ」
後ろから声がする。咄嗟に振り返ると、いつの間にかトイフェルは僕の背後に移動していた。トイフェルは流麗な動きで僕に向かって剣を振る。その動きを予測し、僕は体を逸らす。だが次の瞬間、トイフェルの剣は僕の首に突き付けられていた。
「君に一つ質問する。私は時間を止めれば、何時だって君を殺せる。そうしないのは何故だと思う…?」
「僕を…魔王の器にしたいから…?」
「半分正解、半分不正解だ。確かに、私にとって君は殺せない。だがもう一つ、明確な理由があるのだよ。それは、そうする意味が無いからさ」
「意味が無い…!?」
僕は首に突き付けられたトイフェルの剣を、自分の剣で押し返す。
「そう、私は時間を止めれば君を殺せる。だが、そうしなくとも、私にとって君を殺すことが容易いからさ」
その言葉は、僕を嘲笑い挑発した。僕は唇を噛み、トイフェルに向かって痣の力で大きく跳躍する。地面が僅かに窪む。
「第一段階!」
僕は一瞬でトイフェルの眼前まで移動し、首目掛けて剣を振る。トイフェルは僕の剣を容易く受け止め、押し返す。僕は飛び退き間合いを取った。
「時間を戻そう」
そう言うとトイフェルは少し若気る。その瞬間、僕が蹴った地面が音を立てて一気に窪む。それに僕は、何か違和感を感じた。
「さてと…まだ言っていない事の二つ目だ。これが何か分かるかな?」
トイフェルはそう言うと、ポケットから一本の注射器を取り出す。その注射器には赤黒い液体が入っていた。
「エルの血…!」
「正解だ」
トイフェルがそう言った瞬間、トイフェルの元に人が一人現れる。
「離せって言ってるだろ…!この…!」
「あぁ、離してあげるよ」
トイフェルに腕を後ろで掴まれた男が抵抗する。トイフェルは言葉と共に男を離した。男は捕まれていた手首を見て、痛みを払う様に手を振る。
「ただし、帰れはしない…」
その瞬間、トイフェルは男の首に注射器を刺す。そして、中に入っていたエルの血を男の体に注入した。
「痛っ!何すんだ――」
そこで男の言葉が途切れる。そして、首から血管が浮き上がり、それは顔まで登って行く。
「何をしたんだ!?」
僕はトイフェルに聞く。
「見ての通り、エルの血をこの男の体に入れた。この男に魔王の力はおろか、英雄の血の一滴も混じっていない。そんな人間に君達の血を入れるとどうなるか…?」
男は首を押さえて悶え苦しむ。その肌には赤黒い斑点が現れ髪は脱色し、段々と異形の姿へと変貌していった。
「魔王の魔力に耐え切れず、魔王の贋物に変貌する。私達はこの姿の人間を、Aと呼んでいる」
「A…!?ふざけるな!何の罪も無い人をこんな目に――」
「それを君が言うかい?君が大人しく回収されない所為で何人死んだ?君達が回収されていれば、誰も死ぬ事は無かった。アードラーもその被害者だ」
トイフェルは嘲笑うような表情で捲し立てる。
「そんなの…!自分の罪を棚に上げて理屈づけているだけだ!」
僕はそう言ってトイフェルに肉薄した。




