エピローグ・幕を一度下そう
<ふむふむ、『宮廷魔導師の暴走!!嫉妬の炎が大炎上!!』とな?>
「だから、何でゴシップ雑誌のほうを読むかな?」
ユーリはうっちゃられている真面目な新聞を拾い上げ、溜息をつく。
今日もユーリは『禁制魔導書』階に来ていた。
アヴィリス達が去ってから早二週間。
魔導書のページの暴走で壊れた修繕室やルキアルレスの炎で焼けてしまった資料階の本や備品の修理や入れ替えが急ピッチで行われている。
修繕室は大幅な改修工事のため、修繕業務は別の部屋で代行されている。
ロランは使い勝手の悪い部屋のせいで不満たらたらだ。
一方、ルキアルレスに焼かれた資料階は備品や天井や床が焼けたくらいで、本や本棚にそれほど被害はなかった。
もちろん、エイリーに炎の中に落とされてしまった本は戻ってこないため、買い替えたりしたが、資料階はほぼ通常利用がされている。
ユーリは拾い上げた新聞に目を通す。
実行犯の魔導師二人と共犯になった司書二人の結末が知りたい。と『禁制魔導書』達が騒いだためにユーリはこのところずっと新聞や雑誌の配達係をしている。
しかし、『禁制魔導書』達が好きなのは話題性とバラエティにだけは富んでいる風刺雑誌のようで、いまも魔導師導師の確執や貴族魔導師たちへの批評を読み上げては笑っている。
真面目な新聞によると、ルキアルレスは魔導師資格の剥奪、それによって宮廷魔導師の地位も追われたらしい。実際に王立学院図書館を焼き、一般市民に魔導で攻撃した事が要になったようだ。
アイギス魔導師はネルーロウ魔導師から破門を言い渡され、<クラン>から一級危険魔導師指定をされたらしい。これは魔導師として生きる人間には相当の痛手だ。
魔導師としての地位を剥奪されたのに等しい処分らしい。
一方、共犯者である副館長は副館長の地位の剥奪と約半年間の拘留処分、エイリーも器物損壊容疑で逮捕一年の留置処分となった。
それよりも、市民の目を引いたのは四人が背負うことになった賠償請求金額だろう。
<十三億七千九百万ソール……>
<払えるか?これ>
<一応貴族が四人そろってるんだろう?>
<払わされる家族が不憫さね>
エイリーが燃やした本の中にかなり希少な図鑑や本が交っていたせいで、彼らは莫大な賠償請求をされる事になったようです。
『大事にしよう。 図書館の本!!』
新聞の小さな文字をユーリは苦笑気味に読む。
<時にユーリや。こんな所で油売ってても大丈夫なのか?>
<エリアーゼのお仕置き、もう終わったのか?>
「な、何とかね……」
げっそりした面持ちでユーリは項垂れる。
アヴィリスが去った後、エリアーゼ館長の事情聴取という名のお説教をがっつり喰らい、また罰として隠し部屋の掃除を課せられてしまった。
何万もあるだろう隠し部屋の全ての掃除をしないといけないのか、と最初は気が遠くなったが、エリアーゼの怒り顔が怖くて文句ひとつ言えなかった。
お許しが出たのは昨日の事、罰掃除から解放されたユーリも肩の荷が下りた気分だ。
<そういえば、事の発端のアヴィリス魔導師はどうした?>
「さあ? 新聞にも載ってないし」
<何だ、ユーリ。連絡先も知らないのか?>
「何でそんなもん知らなきゃなんないのさ」
<そりゃあ、面白いから>
<またあの魔導師と魔導対決してみたいねえ>
「あんた達、あの後あたしと一緒にエリアーゼ館長に怒られたよね? まだ懲りてないの?」
魔力を爆発させて、緑の巨人を作りだし、暴走させた『禁制魔導書』達ももれなくお仕置きを受けたはずだ。
しかし、魔導書達はどこ吹く風。
<何、エリアーゼにバレん様にするさ>
「まったく」
やいのやいのと騒ぐ魔導書達を呆れた様に見回したユーリは暖炉の始末をして家に戻る。
「で、何であんたがここにいるかなあ?」
ユーリは自宅がある王立学院図書館最上階の芝生庭園で伸びている美丈夫に胡乱な視線を送る。
藍色の髪にシャツとスラックスという市民のような質素な衣装を纏っているが、その美貌は隠しようがない。
「疲れた」
げっそりした顔でアヴィリス・ツヴァイ=ネルーロウ・スフォルツィアが溜息をつく。
「どうやってここに来たの?」
「お守りの魔力を辿った」
「あ」
ユーリの脳裏にログハウスのドアに適当に吊り下げている木彫りのお守りを思い出す。
『禁制魔導書』達の入れ知恵で、侵入者撃退効果を上げてもらって簡易防犯装置として再出発してもらっている。
あのお守りが逆に侵入者の道しるべになるとは思わなかった。
帰ったら外そうと考えていたユーリの足下でアヴィリスが大儀そうに体を起こす。
「……しかし、本当にここは図書館なのか? ドアを開けたら洞窟だわ砂漠だわ……」
げんなりとした顔で顔を青褪めさせるアヴィリスは、本当にここまで来るのに苦労したらしい。
「お、お茶でも飲む?」
「飲む」
美貌の宮廷魔導師のぐったり具合があまりに不憫で、ユーリは噴水庭園にお茶の用意をする。
水が遊ぶ涼しげな音を聞きながら、小さな東屋に用意したお茶をアヴィリスはありがたそうに飲み干す。
朝から飲まず食わずで、ここまで来るのに頑張っていたらしい。
「あの後、どうなったの?」
一息ついたアヴィリスに問うと、真面目な顔でポツリポツリと自分とあの四人の近況を彼は語った。
ほとんど新聞に書いてあったことと相違ないらしく、付け加えるならば、ルキアルレスとアイギスが王都から去った事。
莫大な賠償請求は四人で分割して払うことになったらしいが、その賠償金額の割合で彼らがもめた事が語られた。
アヴィリスはあの後、事情聴取や事後処理などで<クラン>に逗留していたり、王都でも色々忙しかったりして、やっと少し時間がとれてここに来たらしい。
それは、まあ、いいとして。
「何でわざわざここまで来たの?」
「自力でここまで来れるか、試したかったから」
しれっと言い返したアヴィリスにユーリは肩を落とす。
「死ぬよ? そんな風に自分の力試しした魔導師を何人も助け出しに行った事があるんだけど……」
過去現在何度も繰り返されて来たメビウスの輪を思い出したユーリはげんなりと忠告する。
「未知への探求心を忘れては魔導師がすたる」
「すたっていいから、あたしの苦労を減らして!! あたしが一年に何人魔導師を救助しに行くと思ってんの!?」
ユーリが思わず頭を抱えると、アヴィリスがさもおかしそうに笑った。
「それがお前の仕事なんだろ? 頑張れ、王立学院図書館司書」
「笑い事じゃないんだってば!!」
ばんばんとユーリが東屋のテーブルを叩く。
テーブルの上にはアヴィリスがお礼の品として持って来たお茶道具一式と王都で有名なお菓子屋のケーキが乗っている。
(いやいや、苦労してもらうぞ。ユーリ・トレス・マルグリット)
この王立学院図書館は魔導師であるアヴィリスにとって、異世界。
アヴィリスはここで己の脆弱さを、小ささを知った。
(世界はこんなに広い。 未知の知識がここには溢れている)
魔導がとても緻密に織り込まれて出来上がったここは魔導師の知識欲と探求心を否が応でも擽る。
魔導師として、アヴィリスはここを知りたい。
久しく忘れていた未知への探求心と好奇心が湧きあがり、体と心を潤す。
この王立学院図書館中に綿密に織り込まれ、編み出された魔導の秘密。
ユーリが奏でる【歌】の謎もいつか解き明かす。
禁忌を恐れては魔導師ではない。
禁忌を越えて正道を導き出して見せる。
(楽しみだな)
アヴィリスはユーリに気付かれないよう、お茶を飲むふりで含み笑った。
魔導師ではないユーリは気づかない。
アヴィリスが送ったお茶道具一式に魔導の楔が記されている事に。
その魔導はアヴィリスを確実にここへ導く道しるべ。
二人は気づかない。
二人は知らない。
この不思議な出会いが、
この奇妙な関わりが、
世界の真実を、
世界の虚構を、
覆し、飲み込む、
巨大なうねりを呼ぶ大いなる出会いであった事に。
ユーリとアヴィリスの奇妙なお茶会は始まったばかり。
いままで読んで下さった方々、本当にありがとうございます。
最後のほう、長文になって読みにくかったかもしれませんが、コレが作者の精一杯です。
今回の『迷子の魔導書と王都の魔導師』はこれにて完結です。
もしかしたら、シリーズ化しようか。とかいう無謀な妄想をしつつ。