第9話「最初の復讐」
復讐には順番があると思っていた。
一番罪の軽い奴から。
一人ずつ。
そして最後に藤堂。
そう考えていた。
でも実際に始める瞬間、
順番なんてどうでもよくなった。
最初に選んだのは、
久我直樹。
理由は単純だった。
十五年前、
一番俺を殴った男だから。
久我が働く中古車店へ行った。
「いらっしゃいませ」
久我は俺を客だと思った。
「車をお探しですか?」
名札。
店長 久我直樹。
俺は笑った。
「久しぶり」
久我の顔が止まった。
「……誰?」
「三上」
一瞬。
たった一瞬で、
十五年前の顔に戻った。
「三上……蓮?」
「覚えてたんだ」
「まあ……」
久我は周囲を見る。
「外で話そう」
駐車場の隅。
久我は煙草に火をつけた。
「何だよ、急に」
「同窓会」
「ああ」
「来る?」
「行けたらな」
普通だった。
あまりにも普通。
「美咲を覚えてる?」
煙草を持つ手が止まった。
「……誰?」
俺は殴りたくなった。
でも我慢した。
「俺の妹」
「……ああ」
「あの日のこと覚えてる?」
久我は煙を吐いた。
「昔の話だろ」
その言葉。
たったそれだけで、
十五年間が吹き飛んだ。
俺は久我の胸ぐらを掴んでいた。
「昔?」
「おい!」
「美咲は十五年苦しんだ!」
「離せ!」
「俺もだ!」
久我は俺の手を振りほどいた。
「だから何だよ!」
逆に怒鳴られた。
「ガキの頃の話だろ!」
頭の中で何かが切れた。
気づいたとき、
久我は地面に倒れていた。
俺の拳が痛かった。
「てめえ……!」
久我が立ち上がろうとする。
俺はまた殴った。
一度。
二度。
三度。
昔とは逆だった。
今度は久我が地面にいる。
俺が立っている。
十五年前、
どれだけ望んだ光景だろう。
なのに。
何も満たされなかった。
「やめ……ろ……」
久我の声。
俺は拳を振り上げた。
そして――
美咲の顔が浮かんだ。
『私のためって言わないで』
拳が止まった。
久我は鼻血を拭いながら笑った。
「結局……お前も同じじゃん」
その言葉で再び殴りそうになった。
でも。
やめた。
「警察呼べよ」
俺は言った。
久我が睨む。
「呼んだら十五年前のこと全部話す」
沈黙。
「お前がやったことも」
久我の顔が変わった。
「……脅しか?」
「違う」
俺はスマートフォンを出した。
村瀬から受け取った動画の一部。
久我の声も顔も映っている。
「証拠がある」
久我は青ざめた。
「これ……どこで」
「村瀬」
「アイツ……」
「今度は逃げられない」
久我は震えていた。
その姿を見た瞬間、
初めて。
ほんの少しだけ――
気持ちよかった。
これが復讐か。
そう思った。
翌日。
俺は証拠のコピーを弁護士へ預けた。
さらに村瀬は警察へ行った。
十五年前の事件。
時効や証拠の問題。
何がどこまで罪として扱われるのか、
俺には分からなかった。
でももう、
「なかったこと」にはできない。
久我から電話が来た。
十七件。
全部無視した。
十八件目。
留守番電話。
『三上、頼む』
再生した。
『俺、家庭あるんだ』
笑った。
お前もか。
みんな家庭がある。
守りたい人間がいる。
十五年前、
俺にもいた。
『会社にも知られたら終わる』
知らない。
『金なら払う』
その瞬間。
吐き気がした。
正臣と同じだった。
金。
どうしてこいつらは、
人間の痛みに値段をつける。
俺は久我へ返信した。
『金はいらない』
すぐ既読になった。
『じゃあ何が欲しい』
俺は迷った。
そして。
『十五年前に戻れ』
送信した。
もちろん戻れない。
俺も知っている。
だからこそ送った。
夜。
美咲から電話。
「もしもし」
『久我さんに会った?』
「誰から聞いた」
『村瀬さん』
俺は舌打ちした。
『殴ったの?』
「少し」
『なんで』
「理由分かるだろ」
美咲は黙った。
『気持ちよかった?』
答えなかった。
『お兄ちゃん』
「何」
『気持ちよかったんでしょ』
俺は電話を切った。
その夜。
鏡の前に立った。
拳が腫れている。
十五年前。
久我の拳は、
こんなふうになっていたのだろうか。
殴った側の手も痛む。
初めて知った。
でも、
だから何だ。
被害者の痛みとは違う。
そう思おうとした。
スマートフォンが震えた。
久我から。
『警察行く』
短いメッセージ。
『全部話す』
続いて。
『ただ一つだけ言っとく』
『あの日、美咲ちゃんに一番ひどいことをしようとしたのは俺じゃない』
まただ。
誰も自分が一番悪いとは言わない。
藤堂のせい。
正臣のせい。
先生のせい。
環境のせい。
怖かった。
子供だった。
俺はスマートフォンを投げた。
そのとき最後のメッセージが届いた。
『石田だ』
俺は画面を拾った。
続き。
『あいつ、今でも笑ってるぞ。』
十五年前。
一度も俺を殴らなかった男。
ただ、
ずっと笑っていた男。
次は――
石田亮介。
――第9話 END




