↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/20

第18話「戻れる場所」

正臣と会う日の朝。

藤堂翔太から電話が来た。

出るつもりはなかった。

でも出た。

『三上』

「何」

『親父に会うだろ』

「誰から聞いた」

『親父』

俺は黙った。

『やめてくれ』

「お前に言われる筋合いない」

『分かってる』

「なら切る」

『待て』

藤堂の声が震えていた。

『俺も行く』

「来るな」

『親父が何をしたか全部俺のせいだ』

「違う」

初めて。

俺はそう言った。

藤堂が黙る。

「全部お前のせいじゃない」

自分で言って、

妙な気分だった。

「お前が始めた。でも、止めなかった奴もいた。隠した奴もいた」

『……』

「だから来るな」

『三上』

「何」

『俺、お前に殺されても仕方ないと思ってた』

「気持ち悪いこと言うな」

『でも違った』

藤堂は言った。

『俺が殺されても美咲ちゃんには何も返らない』

俺は通話を切った。

もう聞きたくなかった。

みんな同じことを言う。

美咲。

母さん。

相沢。

村瀬。

藤堂。

正臣。

復讐しても戻らない。

知ってる。

そんなことは、

最初から知ってる。

午後。

会社から連絡。

退職について話したい。

返事はしなかった。

冷蔵庫には何もない。

部屋は散らかっていた。

十五年間、

真面目に生きてきた。

遅刻しない。

犯罪もしない。

酒にも逃げない。

全部、

復讐する日のためだった気がする。

今、

ようやく俺は自分の人生を壊し始めている。

妙に安心した。

これでいい。

俺だけ普通に生きているのは、

美咲に申し訳ない。

そう思っていた。

でも美咲は、

そんなこと一度も望んでいなかった。

全部、

俺が勝手に決めた。

夕方。

相沢からメッセージ。

『美咲ちゃんからです。』

写真が一枚。

海。

夕日。

美咲の後ろ姿。

その下。

『今日もちゃんと生きてるよ』

俺はしばらく見た。

涙が出た。

美咲は、

俺がいなくても生きている。

当たり前だ。

妹はもう、

守られるだけの小学生じゃない。

二十六歳。

自分の人生を選べる。

俺だけが、

美咲を十五年前の浴室に閉じ込め続けていた。

「……ごめん」

また言った。

その瞬間。

本当に行くのをやめようと思った。

正臣へ電話。

呼び出し音。

一回。

二回。

三回。

出ない。

切る。

メッセージ。

『今日の話、やめます』

送信。

既読にならない。

俺は椅子に座った。

終わった。

行かない。

復讐しない。

明日会社へ電話しよう。

美咲にいつか謝ろう。

母さんにも。

そう思った。

午後七時四十一分。

電話。

正臣。

『すまない』

「メッセージ見ました?」

『今見た』

「なら今日は――」

『もう着いてる』

心臓が止まった。

「どこに」

『空き家だ』

「帰ってください」

沈黙。

『三上君』

「何」

『俺もここへ来る必要があった』

嫌な予感。

『十五年間、一度も来られなかった』

正臣は言った。

『逃げ続けた』

「明日警察行くんですよね」

『ああ』

「なら帰って」

『君が来なくても構わない』

電話の向こうで、

風の音。

『俺は少しここにいる』

通話が切れた。

俺は立ち上がった。

行く必要はない。

分かっている。

でも。

十五年間。

俺が夢の中で立ち続けた場所に、

正臣が一人でいる。

俺は車の鍵を掴んだ。

午後八時十四分。

空き家。

取り壊し用の囲い。

正臣は中にいた。

「来ないんじゃなかったのか」

「帰らせに来た」

正臣は笑った。

「それなら帰る」

あまりにも簡単だった。

俺は腹が立った。

「待って」

正臣が止まる。

「何だ」

「一つだけ」

俺は聞いた。

「美咲のこと、今でも覚えてるって言いましたよね」

「ああ」

「何を覚えてる?」

正臣は目を閉じた。

「俺を見た目だ」

「……」

「助けてくれる大人が来たと思ったんだろう」

正臣の声が震えた。

「安心した顔をした」

俺は息を止めた。

「そして俺は、その期待を裏切った」

正臣が泣いた。

「十五年間、あの顔が消えない」

その瞬間。

俺の中で何かが崩れた。

こいつも覚えていた。

忘れて幸せに生きていたわけじゃない。

だから何だ。

罪は消えない。

それでも。

俺が想像した世界とは違った。

復讐するために、

俺は加害者を怪物にしていた。

怪物なら殺せるから。

でも目の前にいるのは、

ただの弱い老人だった。

俺は言った。

「帰ってください」

正臣が頷く。

「分かった」

その瞬間だった。

外で大きな音。

工事用の資材が風で倒れた。

正臣が驚いて振り返る。

そして足を滑らせた。

俺は反射的に腕を掴んだ。

二人で床に倒れた。

近くに置かれていた古い照明器具が倒れる。

火花。

埃。

乾いた廃材。

小さな火がついた。

俺たちは同時に見た。

まだ、

消せる火だった。

正臣が言う。

「三上君、外へ」

俺は立ち上がった。

出口。

正臣。

小さな炎。

その三つを見た。

ここで出ればいい。

正臣も一緒に。

それで終われる。

本当に。

戻れる。

俺は――

そのはずだった。

――第18話 END

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。