第17話「最後の証拠」
空き家へ向かう前日。
村瀬が家に来た。
「入れ」
「顔ひどいぞ」
「用件は」
村瀬はUSBをもう一本置いた。
「コピー?」
「違う」
「何」
「昨日、古いパソコンから見つけた」
ため息が出た。
「もう証拠はいらない」
「見ろ」
「いい」
「見ろよ!」
村瀬が初めて俺に怒鳴った。
「これ見ないで正臣さんに会ったら、お前絶対後悔する!」
俺は黙った。
パソコンを開く。
動画。
三分二十一秒。
再生。
空き家の外。
村瀬が隠れている。
正臣が到着。
佐伯もいる。
ここまでは知っている。
動画の途中。
正臣が翔太を外へ連れ出した。
音声。
『何をした』
翔太。
『……』
正臣。
『答えろ!』
殴る音。
翔太が泣く。
『ごめんなさい』
正臣。
『俺に謝るな!』
俺は映像を止めた。
「これ……」
村瀬が頷く。
「続き」
再生。
正臣。
『あの子に謝れ』
翔太。
『でも――』
正臣。
『今すぐだ』
意外だった。
俺が知っている正臣と、
その後の正臣が一致しない。
動画は続く。
そこへ佐伯が来た。
『藤堂さん』
正臣。
『救急車を呼びます』
佐伯が言う。
『待ってください』
正臣。
『何です?』
佐伯。
『これが表に出たら学校が……』
俺は息を止めた。
逆だった。
最初に隠そうとしたのは――
佐伯。
佐伯が言う。
『警察はまずい』
正臣。
『子供が被害に遭ってるんですよ』
佐伯。
『あなたの息子も終わります』
沈黙。
そして。
正臣の顔が変わる。
長い沈黙。
『……どうすればいい』
そこで動画は終わった。
俺は動けなかった。
「嘘だろ」
村瀬は言う。
「佐伯先生、全部自分が悪いって言っただろ」
「言った」
「たぶん本当なんだ」
佐伯は。
自分に都合よく、
正臣だけを悪者にしなかった。
自分の罪を認めていた。
でも俺は、
聞きたいところしか聞いていなかった。
正臣は最初、
警察を呼ぼうとした。
そして。
佐伯の言葉で揺れた。
最終的には、
隠蔽を選んだ。
罪が消えるわけではない。
だが。
俺が作り上げた、
『最初からすべてを操った悪魔』
ではなかった。
「三上」
村瀬が言う。
「もうやめろ」
「……」
「正臣さん、悪いよ」
「分かってる」
「俺も悪い」
「……」
「翔太も。久我も。石田も。佐伯先生も」
村瀬は俺を見る。
「でも、全部一人のせいじゃない」
その言葉が、
一番苦しかった。
一人なら殺せば終われる。
でも。
五人。
六人。
学校。
親。
自分。
社会。
小さな卑怯さの積み重ね。
誰を殺せば、
十五年前が消える?
誰もいない。
「正臣に会うの?」
村瀬が聞く。
「ああ」
「何する」
「話すだけ」
「嘘だ」
「帰れ」
「三上」
「帰れよ!」
村瀬は動かなかった。
「俺、お前に止める資格ない」
「なら止めるな」
「でも止める」
「何で」
「十五年前止めなかったから」
村瀬の声が震えた。
「もう、見てるだけは嫌なんだよ」
俺は村瀬を見た。
十五年前。
笑って撮っていた男。
今。
俺を止めようとしている。
人間は変わる。
そのことが――
俺には残酷だった。
変わってしまった加害者を、
いつまで十五年前の姿で罰すればいい?
答えは出なかった。
村瀬が帰ったあと。
俺は美咲の手紙を読んだ。
そして。
正臣へメッセージを書いた。
『明日の話はなしにします』
送信ボタン。
指を置く。
押せなかった。
五分。
十分。
画面が暗くなる。
もう一度つける。
押せない。
結局、
文章を消した。
代わりに送った。
『明日20時。予定通り。』
すぐ返信。
『分かった』
それだけ。
俺は引き出しを開けた。
中には、
十五年前の美咲の写真。
笑っている。
図工で賞を取った日。
あの日の少し前。
「ごめんな」
写真へ言った。
まただ。
俺は謝ってばかりいる。
そして。
何一つやめない。
その夜。
夢を見た。
空き家。
美咲がいる。
藤堂。
久我。
石田。
村瀬。
佐伯。
正臣。
母さん。
相沢。
みんな立っている。
俺だけが、
真ん中にいる。
手に火を持っている。
美咲が言う。
『お兄ちゃん』
振り向く。
『それ、誰に使うの?』
俺は答えようとした。
そこで目が覚めた。
午前五時八分。
十五年前、
正臣が空き家にいたのと同じ数字。
偶然。
ただの偶然。
それでも。
俺には、
警告のように見えた。
――第17話 END




