第15話「復讐の味」
久我が会社を辞めた。
石田は妻と別居。
佐伯は辞職。
藤堂は警察で事情聴取。
村瀬も証言。
ニュースサイトにも、
十五年前の学校問題として少しずつ記事が出始めた。
俺はそれを毎日確認した。
最初は、
気持ちよかった。
本当に。
「やっとだ」
と思った。
こいつらにも、
俺たちと同じように眠れない夜が来た。
それが嬉しかった。
でも三日。
一週間。
二週間。
何も変わらなかった。
朝起きても、
俺は俺だった。
美咲が笑わなくなったあの日も、
消えていなかった。
久我から呼び出された。
河川敷。
「何」
久我は痩せていた。
「会社辞めた」
「知ってる」
「嫁にも全部話した」
「そう」
「離婚するかもしれない」
「そう」
久我が笑った。
「嬉しそうだな」
「分からない」
本当に分からなかった。
「三上」
「何」
「俺、毎晩夢見るようになった」
「美咲の?」
「いや」
久我は首を振った。
「お前」
意外だった。
「昔、俺がお前を蹴ってる夢」
「……」
「でも途中で入れ替わる」
久我は言った。
「蹴ってるのがお前になる」
俺は黙った。
「俺、怖くて寝られない」
「十五年遅い」
「ああ」
久我は泣かなかった。
「でもな」
俺を見る。
「お前が俺と同じになる必要はない」
俺は久我を殴った。
一発。
久我は倒れた。
「お前が言うな」
本気で腹が立った。
加害者に、
人の道を説かれた。
「お前が言うな!」
もう一度殴ろうとした。
でも。
できなかった。
久我は地面に座ったまま言った。
「そうだよな」
その顔を見て、
初めて思った。
こいつはもう、
十五年前の久我じゃない。
じゃあ俺が殴っているのは誰だ?
三十五歳の久我。
家族を失いかけている男。
もちろん、
だから許されるわけではない。
でも――
俺は何を罰している?
家へ帰ると、
母さんがいた。
「勝手に入るなよ」
「合鍵、前に預かったから」
「返して」
母さんはテーブルを見る。
復讐ノート。
「蓮」
「説教なら帰って」
「美咲、引っ越すって」
身体が止まった。
「どこに」
「教えないって」
「なんで」
母さんは俺を見る。
「あなたに知られたくないから」
言葉が出なかった。
「私にも新しい住所は教えないって」
「……そこまで?」
「あなたが追いかけてくるのが怖いって」
胸が痛んだ。
「俺は美咲に何もしない」
「分かってる」
「じゃあ!」
「あの子は、あなたが何をするかが怖いの」
母さんは静かに言う。
「自分のために人が壊れていくのを見るのが怖いのよ」
俺は何も言えない。
母さんがノートを開いた。
「蓮」
「触るな」
「この人たちが全部不幸になったら、終われるの?」
「……」
「死んだら?」
「何?」
「全員死んだら、あなたは元に戻る?」
「そんな話してない」
「正臣さんを殺すつもり?」
俺は母さんを見る。
否定しなかった。
母さんの顔が歪んだ。
「お願い」
「……」
「もう一人、子供を失いたくない」
「俺は死なない」
「刑務所に行っても同じよ!」
母さんが叫んだ。
「美咲だけじゃない!」
「……」
「あなたも私の子供なの!」
その言葉。
十五年間、
初めて聞いた気がした。
俺は立った。
「帰って」
「蓮」
「帰れ」
母さんは泣いた。
でも帰った。
夜。
一人。
テレビもつけなかった。
復讐ノートを開く。
×が増えている。
久我。
石田。
村瀬。
佐伯。
藤堂。
残る名前。
正臣。
俺は考えた。
もし正臣まで終わったら、
次は?
誰を憎めばいい?
学校?
警察?
見ていたクラスメート?
母さん?
自分?
そこまで考えて、
気づいた。
復讐は終わりに近づいているんじゃない。
対象が広がっている。
十五年前に関わった全員。
何もしなかった全員。
街。
学校。
世界。
そして最後には、
自分。
俺はノートを閉じた。
そのときメッセージ。
美咲。
たった一文。
『お兄ちゃん、幸せになって。』
俺は返事を書いた。
何度も消した。
最後に。
『無理だよ』
そう打った。
でも送れなかった。
画面を閉じた。
翌朝。
美咲のアカウントは消えていた。
電話も繋がらない。
本当に――
俺の前からいなくなった。
復讐して、
妹を守るはずだった。
なのに俺は、
復讐するたびに――
妹を失っていった。
――第15話 END




