第13話「失う順番」
佐伯は教頭を辞めた。
藤堂は警察へ行った。
久我も事情を話した。
村瀬も証拠を提出した。
石田も呼ばれた。
十五年前、
誰も動かなかった。
十五年後。
ようやく全員が動き始めた。
なのに。
俺の中には、
何も終わった感覚がなかった。
むしろ――
空っぽになるほど、
もっと何か壊したくなった。
美咲が家に来た。
突然だった。
「話がある」
部屋に入るなり言った。
「何」
「これ」
テーブルの上に置かれたのは、
俺の復讐ノートだった。
「……どこで」
「お母さんから」
実家に置いていた古い方。
十五年間、
名前。
住所。
勤務先。
家族構成。
気づいたこと。
全部書いていた。
美咲の手が震えている。
「気持ち悪い」
その言葉は、
どんな罵倒より効いた。
「十五年間ずっと調べてたの?」
「……そうだよ」
「私が立ち直ろうとしてる間も?」
「お前のために」
言った瞬間、
間違えたと思った。
美咲の顔が変わる。
「またそれ?」
「違う、今のは――」
「私のためって言わないでって言ったよね」
「分かってる」
「分かってない!」
美咲がノートを投げた。
床に落ちる。
ページが開いた。
藤堂。
久我。
石田。
村瀬。
佐伯。
正臣。
赤い文字。
×。
印。
日付。
まるで標的リストだった。
「これ見て何とも思わないの?」
俺は答えられなかった。
「お兄ちゃん、怖いよ」
その一言で、
身体が動かなくなった。
十五年前。
美咲が言った。
『怖い』
そのとき俺は抱きしめた。
今。
美咲が怖がっている相手は――
俺だった。
「もう連絡しないで」
美咲が言った。
「何?」
「終わるまで」
「何が」
「お兄ちゃんがやってること」
「美咲」
「私は復讐してほしくない」
「分かった」
「分かってない」
「じゃあどうしろっていうんだ!」
叫んだ。
美咲が怯えた。
まただ。
俺は頭を抱えた。
「十五年だぞ」
声が震えた。
「十五年ずっと……毎日考えてた」
「私は忘れろって言ってない」
「じゃあ!」
「生きてって言ってるの!」
部屋が静かになった。
美咲は泣いていた。
「私は、お兄ちゃんに生きてほしいの」
「生きてるよ」
「違うよ」
美咲は首を振った。
「お兄ちゃん、十五年前から生きてない」
何も言えなかった。
「藤堂さんたちと一緒に、ずっとあの空き家にいる」
胸の奥を、
直接掴まれたようだった。
「私もそうだった」
美咲は言う。
「でも少しずつ出てきた」
「……」
「まだ怖いことあるよ」
「……」
「眠れない日もある」
「……」
「でも、今の私には仕事もある。友達もいる」
美咲は涙を拭いた。
「好きな人もいる」
初めて聞いた。
「そうなのか」
「うん」
ほんの一瞬。
兄として嬉しかった。
その感情が、
あまりにも久しぶりだった。
「私、未来に行きたい」
美咲は言った。
「お兄ちゃんは?」
俺は答えられなかった。
美咲が帰ったあと。
部屋が静かになった。
床のノートを拾う。
正臣のページ。
赤い丸。
最後に残った最大の標的。
そのとき、
電話が鳴った。
村瀬。
『三上』
「何」
『動画、全部見たか?』
「まだ」
『最後の一本見ろ』
「何がある」
『俺も昨日初めてちゃんと見た』
村瀬の声が震えている。
『親父さん……じゃない。藤堂正臣が、佐伯先生に何言ったか入ってる』
俺はパソコンを開いた。
最後の動画。
暗い。
村瀬が隠れて撮っている。
正臣の声。
『警察にはこちらから説明する』
佐伯。
『でも、この子は――』
正臣。
『先生』
低い声。
『ここで警察を呼べば、あなたの学校にも責任が及びますよ』
沈黙。
『以前から息子たちの問題を知っていたんでしょう?』
佐伯の顔が青ざめる。
そして正臣。
『だったら、あなたも同じ穴のむじなだ』
そこで動画が切れる。
俺は何度も再生した。
正臣は、
佐伯の弱みを使った。
自分の息子だけでなく、
学校全体を沈黙させた。
それでも。
正臣は事件を起こした本人ではない。
俺の中の声が言う。
それでも一番許せない。
なぜ?
分からない。
もしかすると、
正臣は大人だったから。
俺は子供だった。
美咲も子供だった。
藤堂たちも子供だった。
でもあの日、
正臣だけは完全な大人だった。
すべてを見て。
理解して。
その上で――
隠すことを選んだ。
俺はノートの正臣の名前を指でなぞった。
美咲の言葉。
『未来に行きたい』
俺は目を閉じた。
そして答えた。
誰にも聞こえない声で。
「俺はまだ無理だ」
最後の一人。
こいつが終われば。
きっと俺も――
あの日から出られる。
そのときは、
本気でそう思っていた。
――第13話 END




