第12話「藤堂翔太」
十五年間。
何度夢に出てきただろう。
藤堂翔太。
夢の中では、
いつも十四歳だった。
笑っていた。
俺を殴り、
妹を壊し、
楽しそうに笑っていた。
だから現実の藤堂を見たとき、
少し戸惑った。
三十五歳。
スーツ。
疲れた顔。
そして、
隣には小さな女の子。
「パパ!」
娘が藤堂の手を握った。
俺は遠くから見ていた。
小学五年生くらい。
美咲と同じ年頃。
胸の中に、
汚い感情が浮かんだ。
こいつが一番嫌がるものを奪えばいい。
その瞬間。
吐き気がした。
俺は何を考えた?
子供は関係ない。
分かっている。
なのに一瞬でも、
そう思った。
藤堂に会ったのは翌日だった。
俺から連絡した。
返事はすぐ来た。
『分かった。会おう。』
逃げなかった。
意外だった。
河川敷。
俺たちは向かい合った。
「久しぶり」
藤堂が言う。
「その言葉嫌いなんだ」
「そうか」
「謝らないの?」
藤堂は俺を見た。
そして深く頭を下げた。
「すまなかった」
俺は笑った。
「簡単だな」
「簡単じゃない」
「十五年遅い」
「分かってる」
「何が分かるんだよ」
「分からない」
藤堂は顔を上げた。
「お前の十五年は、俺には分からない」
その返しが気に入らなかった。
俺は、
『気持ちは分かる』
と言ってほしかったのかもしれない。
そうすれば怒れたから。
「何で俺をいじめた」
藤堂は長く黙った。
「最初は、むかついたから」
「何が」
「お前が相沢に好かれてた」
あまりにも幼稚だった。
「それだけ?」
「最初は」
藤堂は続ける。
一度俺をからかった。
俺が何も言い返さなかった。
次の日もう一度。
周りが笑った。
気持ちよかった。
「強くなった気がした」
藤堂の声は低い。
「学校で俺の言うこと聞かない奴がいなくなっていった」
「俺を使って?」
「そうだ」
「美咲も?」
藤堂の顔が歪む。
「……あれは」
「言えよ」
「俺が始めた」
風が吹いた。
「相沢がお前の妹と会ってるって知って、頭に来た」
「それで小学生を」
「怖がらせるだけのつもりだった」
俺は藤堂を殴った。
倒れた。
何も考えなかった。
もう一度殴ろうとした。
藤堂は抵抗しなかった。
「殴れよ」
「……」
「好きなだけ」
俺は拳を下ろした。
「その顔すんな」
「何?」
「反省してる顔すんなよ」
俺の声が震えた。
「十五年前みたいに笑えよ!」
藤堂の目に涙が浮かんだ。
「笑えるわけないだろ」
「何でだよ!」
「俺にも娘ができたからだよ!」
叫び返された。
「娘が美咲ちゃんと同じ歳になった」
藤堂が泣いていた。
「初めて分かった」
「今さら?」
「ああ、今さらだ!」
「遅えよ!」
「分かってる!」
二人とも叫んでいた。
藤堂は地面に座り込んだ。
「娘が十歳になって……あの日の美咲ちゃんの顔を思い出した」
「……」
「俺、吐いたよ」
「だから何?」
「何にもならない」
藤堂は言った。
「俺が苦しんでも、美咲ちゃんは救われない」
初めて。
こいつの言葉が、
少しだけ正しいと思った。
それが腹立たしかった。
「警察行け」
俺は言った。
藤堂は頷いた。
「行く」
「全部話せ」
「そのつもりだ」
「父親のことも」
そこで藤堂の表情が変わった。
「親父は……」
「庇うの?」
「違う」
藤堂は首を振る。
「あの日、親父は俺を殴った」
「聞いた」
「初めてだった」
藤堂は笑った。
「でも、そのあともっと最低なことをした」
正臣は言った。
『翔太、お前は何もしていない』
「俺、自分がやったって言った」
でも父親は繰り返した。
『何もしていない』
そして。
『今日のことは忘れろ』
「俺は救われたと思った」
藤堂が言う。
「その瞬間は」
父親が全部片付けてくれる。
警察にも捕まらない。
学校にもいられる。
人生が終わらない。
十四歳の藤堂は、
ほっとした。
「そこから十五年間ずっと」
藤堂は俺を見る。
「親父に助けられた自分が、一番嫌いだった」
俺には同情できなかった。
する必要もない。
でも。
一つだけ分かった。
正臣は息子を守ったんじゃない。
息子から、自分の罪と向き合う機会まで奪った。
帰り際。
藤堂が俺を呼び止めた。
「三上」
「何」
「俺の娘を見ただろ」
心臓が止まりそうになった。
「……それが?」
「頼む」
藤堂が頭を下げた。
「娘だけは巻き込まないでくれ」
俺は答えた。
「美咲も関係なかった」
藤堂は顔を上げない。
「分かってる」
「なら、その言葉を十五年前のお前に言え」
「言えるなら言いたいよ」
俺は背を向けた。
十歩。
二十歩。
藤堂が叫んだ。
「三上!」
振り返らない。
「俺は警察に行く!」
声が響く。
「逃げない!」
俺は歩いた。
その言葉を信じる気はなかった。
だが翌日。
ニュースになった。
三十五歳の男性が、
十五年前の未成年時の事件について、
自ら警察へ相談した。
詳細は伏せられていた。
それでも。
藤堂は本当に行った。
俺は画面を見ながら、
何も感じなかった。
いや。
違う。
悔しかった。
藤堂が自分から罪を認めたことで、
俺が復讐する場所が一つ、
なくなった。
その感情に気づいた瞬間。
俺は初めて思った。
もしかすると俺は、
正義なんて求めていない。
ただ――
誰かを苦しませたいだけなのかもしれない。
――第12話 END




