第11話「教師の告白」
佐伯隆志は、
十五年前よりずっと小さく見えた。
待ち合わせ場所は、
学校でも喫茶店でもなかった。
墓地。
「なんでここなんです?」
佐伯は一つの墓の前に立った。
「妻だ」
墓石には名前。
佐伯祥子。
五年前に亡くなっていた。
「ここなら嘘をつかずに話せる気がした」
俺には理解できなかった。
でも黙った。
佐伯は墓前に花を置いた。
そして。
「三上」
俺を見る。
「本当にすまなかった」
頭を下げた。
十五年間。
ずっと欲しかったはずの謝罪。
なのに、
何も戻らなかった。
「なんで場所を知ってたんです?」
佐伯は話し始めた。
事件の数日前。
藤堂正臣から電話があった。
『息子たちが空き家で遊んでいるらしい』
「正臣から?」
「ああ」
近隣住民から苦情が入ったので、
学校から注意してほしい。
そう言われた。
佐伯は空き家へ行き、
藤堂たちを見つけた。
そこで叱った。
「それだけなら……」
「違う」
佐伯の声が低くなる。
そのとき、
藤堂が言った。
『今度ここで面白いことする』
佐伯は冗談だと思った。
「何するって?」
「言わなかった」
「じゃあなぜ――」
「俺は嫌な予感がした」
だが何もしなかった。
忙しかった。
学年主任への昇進話。
保護者対応。
部活。
自分に言い訳した。
『ただの子供の悪ふざけだ』
そして二月十四日。
相沢から電話。
『青葉町の空き家です』
佐伯は、
藤堂の言葉を思い出した。
『やっぱりそこか』
「それで行った?」
「ああ」
「警察に電話せず?」
佐伯は目を閉じた。
「そこで人生最大の間違いをした」
佐伯は学校を出る前、
藤堂正臣へ電話した。
『息子さんが問題を起こしているかもしれない』
「なんで警察じゃない」
「穏便に済ませたかった」
「自分のために」
佐伯は頷いた。
「そうだ」
言い訳しなかった。
「問題が大きくなれば、俺の管理責任になると思った」
「だから正臣を呼んだ?」
「そうだ」
佐伯は先に空き家へ到着。
中を見た。
相沢。
美咲。
藤堂たち。
「そのとき助ければよかった」
「助けなかった」
「ああ」
「なんで」
「怖くなった」
教師が。
大人が。
十四歳の子供たちを前に。
「何が?」
「人生が壊れることが」
佐伯は泣いていた。
「俺は自分の人生を守ろうとした」
その結果。
俺たちの人生が壊れた。
「正臣が来てから?」
「全部仕切った」
美咲を落ち着かせる。
子供たちからスマホを回収。
現場を片付ける。
学校へ報告する内容を決める。
佐伯へ言った。
『警察沙汰にすれば、全員の人生が終わる』
全員。
その言葉の中に、
被害者である美咲も入れられていた。
「正臣は、事件を隠したかっただけ?」
「そうだと思う」
「本当に?」
「少なくとも俺が知る限りでは」
つまり。
正臣が事件を計画したわけではない。
藤堂たちが始めた。
佐伯が止めなかった。
正臣が隠した。
それぞれ別の罪。
俺は一人の悪魔を探していた。
全部の責任を背負わせられる、
分かりやすい悪魔を。
でも現実には――
小さな卑怯さが何人分も重なって、
一人の子供を壊した。
その方が、
よほど気持ち悪かった。
「写真は?」
俺は聞いた。
「相沢の手紙も?」
佐伯は頷く。
「正臣に渡した」
「なぜ」
「命令されたから……いや」
佐伯は首を振った。
「違うな」
自分で言い直した。
「俺が選んだ」
沈黙。
「命令されたとしても、断れた」
佐伯は俺を見る。
「全部、俺が選んだ」
初めて。
少しだけ。
俺の怒りが行き場を失った。
言い訳される方が楽だった。
『仕方なかった』
と言ってくれれば、
憎めた。
でも佐伯は、
自分が卑怯だったと認めた。
「今さら謝って何になるんです?」
「何にもならない」
「じゃあ何で」
「お前に許してほしいからじゃない」
佐伯は言った。
「警察へ行く」
「……」
「学校にも全部話す」
「教頭ですよね」
「ああ」
「仕事なくなりますよ」
「当然だ」
「家族は?」
「息子がいる」
「迷惑かかりますね」
佐伯は黙った。
俺は石田に言われた言葉を思い出した。
『俺の子供は関係ねえだろ』
「それでも話す?」
「話す」
俺は何も言えなくなった。
帰り際。
佐伯が言った。
「三上」
「何ですか」
「復讐してるだろ」
「……」
「久我のことも聞いた」
「だから?」
「俺にもするのか」
俺は佐伯を見た。
「分かりません」
本当だった。
さっきまで、
こいつの人生を壊したかった。
でも今。
自分で壊そうとしている。
「俺が何もしなくても先生は終わる」
「ああ」
「それで満足するか分からない」
佐伯は悲しそうに笑った。
「満足なんてしない」
「何で分かるんです」
「俺も十五年間、自分を罰してきたからだ」
腹が立った。
「被害者ぶらないでください」
「その通りだ」
また否定しない。
佐伯は去った。
俺は墓地に一人残った。
復讐は、
相手が悪人でいてくれないと困る。
泣かないでほしい。
反省しないでほしい。
家族なんて持たないでほしい。
人間らしいところなんて、
見せないでほしい。
その方が憎みやすい。
でも――
十五年経てば、
加害者にも人生がある。
その事実が、
俺には許せなかった。
スマートフォンが鳴る。
美咲から一通。
『もうやめて』
俺は返信しなかった。
代わりに検索窓へ、
次の名前を入れた。
藤堂翔太。
――第11話 END




