10.「巡る優しさ」-1
今日は何の日か、と日本の高校生に尋ねたとしよう。
九割は何の面白みもひねりもなく、「クリスマス」と答えるだろう。
残りの一割は「聖なる夜」とか「彼氏彼女と過ごす日」とか、顔を赤らめたり照れくさそうにして浮ついた答えを返すんだろう。
私は一割の方、その中でも覚悟ガンギマリの極めてレアなタイプのJKだ。
今日は決戦の日。
さかき先生を私のものにする日。
おねだり権と迫真の演技によって勝ち取ったクリスマスデートで先生の心を開かせ、そして最後、イルミネーションを一面に見下ろす丘の上で、魅了の魔法をかける。
そうすれば、先生は私の気持ちを本当の意味で受け止めてくれる。大人とか子どもとかじゃなく、男と女として。
さかき先生対策用ノートに記した計画のチェックリストは、既に七割が埋まっている。
残りの三割は、今日、全て埋まる。
そして今夜から、こんなノートはいらなくなる。
だって、私は先生の彼女になるんだから。
先生が職員会議で夕方まで忙しくしている間、午前中で授業が終わった私は時間を潰すために高校の近くをぶらぶら歩き回っていた。
その間にも、ノートに記した計画を改めて読み直すことは怠らない。既に何度も何度も何度も読み返して一言一句、応用編まで頭に入っているけれど、石橋は叩きすぎたって困ることはない。
「うぁぁぁん!」
さあ、何か聞こえてくるノイズは頭から締め出して、また最初から読み直そう。
まずは先生を出迎える場所からだ。この時期は夕方になると正門に西日が差し込んでよく映える。日に眼を細める格好で、先生がやってきたことに気づいてそっと首を傾けて、先生の気を少しでも引く。
「ぁ、ぁ、うぁぁ!」
……そ、そして先生と二人で駅まで歩く。
この過程で誰かに見つかると煩わしいから、あらかじめ「私と先生が二人でいても誰も疑問に思わない」という改変をかけておいた。チェックリストの86番目だ。
高校から駅までの間には車がよく通る道があるから、もし先生が私をエスコートしてくれるなら全力で甘えて「俺の配慮を分かってくれる」感を出す。もし万が一エスコートしてくれないなら、わざと段差に躓いて先生を心配させる。
「びあああああああっ!」
……。
私は道を逸れて公園に入り、そっとスカートを畳みながら砂地に膝をついた。
「ねえ、どうしたの? 迷子?」
ブランコに座って泣きじゃくっていた女の子は、目の前に座り込んだ私を見て「ひ、がう」と首を振った。
無視しても良かったけれど、流石に一人きりで大泣きしているとなると見過ごせなかった。
黄色い帽子を被っていて、小学校低学年くらいに見える。周りに親御さんらしい影はないから、きっとこの公園まで一人で来たのだろう。
で、「ひがう」と答えたということは、迷子ではないらしい。警察か近所の小学校に案内しようかとも思っていたのだけれど、どうも面倒なことになってしまった。
それでも一度首を突っ込んだ以上は、最後まで責任を持って付き合ってあげるべきだろうか。
「じゃあ、何があったの? お姉ちゃんに教えてよ、解決してあげる」
これでも私は人の気持ち以外なら何でも自由にできる超能力者だ。
職員会議中の先生には申し訳ないけど、いたいけな女の子の笑顔のためにちょっとだけ犠牲になってもらおう。
答えを待っていると、女の子はしゃっくり中心のすすり上げるような泣き方になっていった。
「……あげちゃった、んです」
「あげちゃった?」
よく分からなかったので聞き返すと、女の子は袖で何度も涙を拭って、ついに泣き止んでくれた。
「わたしがあおくんのために作ったプレゼント、ほんとはあおくんにわたしたかったのに、小さい子にあげちゃったんです!」
……ええと?
「あ、ええっと、あなたの名前はなんていうの?」
「……みどり」
緑と青。なるほど、色揃いでお似合いの二人だ。
じゃなくて。
「みどりちゃんは、あおくんのためにプレゼントを作って、でもあおくんに渡すんじゃなくて間違えて別の子にあげちゃったの?」
「はい」
「それで、あおくんに会いたくなくて、この公園に来ちゃった、とか?」
「……はい」
こくり、と頷くみどりちゃんの目にはまた涙がこみ上げてきていた。
どうやらよっぽど悔しいミスをしてしまったらしい。
問題のその手作りプレゼントを私が作ってあげれば、万事解決だろうか。力業だけれど、このまま何もせず別れるよりはずっと気が楽だ。
「じゃあさ、お姉ちゃんがみどりちゃんと一緒にもう一回プレゼントを作ってあげる」
「……え?」
「そしたら、みどりちゃんはあおくんにプレゼントを渡せるでしょ?」
笑いかけると、みどりちゃんはじっと私の顔を見つめた後、きゅっと唇を結んで首を横に振った。
「もう、まにあわないんです」
「えっと、クリスマスパーティーの時間が過ぎちゃったのかな」
「今日がやくそくだったんです。あおくん、今日の三時に引っこしちゃうから……うぅ、ぁぁぁ」
みどりちゃんはまた声をあげて泣き始めてしまった。
小さな背中をぽんぽんと叩いてあげながら、私は少し遠くを眺めて考えを整理した。
みどりちゃんは、今日引っ越してしまう男の子の為に真心を込めて作ったプレゼントを、何があったのか別の子に渡してしまった。そして、三時というタイムリミットを目前にして、もうどうすることもできずに、泣き続けていた。
(……別の子に渡すってのはちょっと意味わかんないなぁ)
ガキ大将みたいな奴に脅されたりしたのだろうか。
でも、私の力があれば問題ない。
一瞬でプレゼントを作って、地球の果てまででもあおくんを追いかけることくらいなら余裕でできる。後は「元々の予定通りにプレゼントを渡した」記憶と本来の記憶を交換してあげればいいだけだ。
ただ、人の気持ちだけはどうしても直接弄れない以上、今の時点でのみどりちゃんの落ち込んだ心を回復させないことには話が始まらない。記憶を移し替えられたのに悲しい気分で目覚めたら、心と記憶に矛盾が生じてしまう。
私はスマホを取り出して時間を確認した。
二時過ぎ。
まだ先生が言っていた職員会議の終わりまでにはそれなりに余裕がある。それと、あおくんが引っ越してしまうまでにも、あと一時間はある。
「木原香織はなんでも安心して話せる存在」と改変してもいいけれど、それは最終手段にして、まずはちゃんと話を聞いてみよう。
「ねえ、何があったのか、お姉ちゃんに話してみてよ。そしたら、何かできることがあるかもしれないしさ」
隣のブランコに腰掛けてそう話しかけてみると、みどりちゃんは泣きはらした顔で考えてから、ゆっくりといきさつを語り始めた。
「あおくん、お兄さんが家ていかのじゅぎょうで作ったドラゴンの体そうぎぶくろをすごくだいじにしてて、でもなくしちゃって悲しそうにしてたんです。だから、わたしがかわりのものを作ってあげたらよろこんでくれるかなってかんがえて、お母さんといっしょにミシンのおべん強をしてがんばって作ったんです」
「とっても素敵。頑張ったんだね」
みどりちゃんの顔に浮かぶ表情は陰ったまま変わっていないけれど、こうして話をするにつれて良い方に転がっていくはずだ。
私も少しでもその助けになろう。
「……それで、今日わたすために作ったふくろをもって家を出た、んですけど」
そこでみどりちゃんは口をつぐんでしまった。
「言いたくない?」
こくり、と小さな頭が縦に揺れる。
「そっか」
たぶん、今の流れのあとに「別の子にあげた」の場面が来るのだろう。まだそれを口にできるほど、みどりちゃんの心は回復していないみたいだ。
このままみどりちゃんに辛いことを話させるよりは、楽しくなれるような別の話題を振ってあげるのがいいかもしれない。
……楽しくなれる話題、楽しくなれる話題……
こんなのはどうだろう。
「あおくんって、どんな人なの?」
「……どんな人?」
「ああ、えっとね。みどりちゃんが知ってるあおくんのことを教えてよ。何でも良いよ、頭が良いとか、背が高いとか、足が速いとか……」
「足が、すごくはやいです」
狙い通り、みどりちゃんはあおくんの話題に食いついてくれた。
「リレーせん手で、おにごっこでいつもにげ切ってます」
……かわいい。
私も昔、こういう軽いノリで男の子を好きになったことがあった気がする。
もちろん本人にとっては軽くも何ともないけれど、でもこうして大きくなってから客観的に振り返ると、おままごとみたいでかわいい、以外の感想が出てこない。
「へー、リレー選手か、かっこいいね! 他には?」
みどりちゃんの座るブランコが前後にゆらゆらと揺れ出した。
良い感じだ。
「わたしを、こっそりたすけてくれます」
前を向いたみどりちゃんの目はとても澄んでいた。
そこにあったのは、純粋な好意と憧れだった。
「ふでばこをわすれちゃったときとか、図工の道ぐが足りないときとか、わたしがどうしようどうしようってしてると、いつの間にかあおくんがこっそり来てくれて、はいってわたしてくれるんです」
「ふーん?」
なんだか流れが変わってきた。
そんなカッコつけと下心をむき出しにした優しさを男の子が見せる理由なんて一つしか思いつかない。
みどりちゃんがあおくんを好きなのと同じか、もしかしたらそれ以上に、あおくんもみどりちゃんのことが好きなんだろう。
「この前も、わたしがお楽しみ会のトランプ大会でかてなくっておちこんでたら、帰り道にだいじょうぶだよってはげましてくれて、とってもうれしかったです」
「へ、へー?」
「あと……」




