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10.「巡る優しさ」-2

 それからみどりちゃんは随分と長い間、「あおくんがわたしをたすけてくれた」エピソードを語って聞かせてくれた。

 どんな些細なことも忘れないみどりちゃんの感受性、それと随所に垣間見えるあおくんの熱意は、もう聞いている私の耳が砂糖漬けになるかと思うほどだった。

 気づけば、みどりちゃんの顔も随分と華やいでいる。良い思い出を話すことが、この子の心に上手く働いたんだろう。


 みどりちゃんの思いは、おままごとと表現するにはちょっとかわいそうかもしれない。大好きなあおくんに最後のプレゼントを渡せないともなれば、それはもう悔しくて悲しくて仕方ないに決まっている。


「だから、あおくんがいなくなっちゃうって聞いたとき、ぜったいおかえししなきゃって思って、お母さんとそうだんして、ミシンとかつかって、かっこいい体そうぎぶくろを作って、わたすつもりだったんです……」


 折よく、みどりちゃんの話が「あおくんに渡すはずだったプレゼント」に飛んだ。

 声が萎んでいくのがありありと感じられた。


 こうして話すのを聞く限り、やっぱり「別の子に渡す」という行為の意味が分からない。

 本人は最初に「あげちゃった」と言っていただろうか。


「どうして、そんなに大切なものを他の人にあげたの?」


 場合によっては、私はそのプレゼント強奪者をシメることになるかもしれない。

 こんな、付き合っていないのが不思議なくらいのラブラブカップルの仲を引き裂いたのだ。それだけで、そいつは万死に値する罪を犯しているといっても過言ではない。

 私も先生にプレゼントを用意しているけれど、それを他の人に奪われるなんて考えたくもない。そんな大罪をを犯そうものなら、死を以て償わせてやろうと思うくらいだ。


 答えを待ちわびていると、ついにみどりちゃんの中で決心が付いたようで、「えっと、」と小さな声が聞こえた。


「家を出て歩いてたら、ちょうど目の前で小さな男の子がころんじゃって、もってたかばんがやぶれちゃったんです。ケガはしてなかったけど、にもつをもてなくてとってもかなしそうにしてて、それで、どうしようって考えて……あおくんなら、ぜったいこのふくろをわたすって思ったから、わたしもわたそうって思ったんです」


(……すごい)


 私は、ぽつりぽつりと言葉を繋げるみどりちゃんを見つめたまま、動けなかった。

 みどりちゃんは、あまりにも優しい女の子だった。「奪われた」とかそんなことを考えていた自分が愚かに思えるくらい、みどりちゃんの心根はどこまでも優しいばかりだった。


「その時は、いいことしたなって思ったけど、後になって、そしたらあおくんがこまってることはたすけられなくなっちゃったって気がついて、それでどうしたらいいか分からなくなって、こわくなって」


 どうしてみどりちゃんが大好きなはずのあおくんに会いに行けなくなってしまったのかについても、大体予想が付いた。

 きっとみどりちゃんには、「あおくんは下心で私に優しくしているんだ」という発想がない。この子の中では、ただ優しさの交換だけで世界が回っている。

 だから、優しさによってでないと、好きな相手に気持ちを伝えることもできない。贈り物という隠れ蓑を失ってしまったみどりちゃんには、自分の好意をまっすぐに伝える方法がなくなってしまったんだろう。


 眩しい、と素直に思った。

 好きな人に迷惑をかけることで好意を分かってもらおうとしてきた私とは、まるで比べものにならない。


「……これはね、お姉ちゃんの予想なんだけどさ」


 気づけば、私は眩しさに引き寄せられるままに言葉を編み上げていた。

 首をかしげるみどりちゃんに向けて、私は私ができる一番柔らかい表情を浮かべた。


「みどりちゃんはきっと、あおくんが好きなんだ」


 見つめる先で、さっきまで泣きはらして染まっていた頬が、おそらく違う理由で赤く染まっていった。それから、みどりちゃんは我に返ったように首を横に振った。

 きっと恥ずかしがっているんだろう。いかにも小学生という感じだ。

 私と違って最初から好き同士なんだから、そうやってもじもじするなんてもったいない。

 こんな眩しい輝きのみどりちゃんが、輝きを陰らせたまま思いを伝えられないなんて結末を、私は認めたくない。


「でも、好きだからこそ、あおくんに嫌われたらどうしようって怖がっちゃう……ね?」


 う、と小さな声が聞こえた。

 図星、といったところだろうか。


「いい、怖がっちゃだめ。これはお姉ちゃんの心からのアドバイス。あおくんは、みどりちゃんが最後に会いに来てくれたら、きっととっても喜んでくれるよ」

「で、でも」


 魔女さんがよく私にやるみたいに、私はみどりちゃんの顔にぐっと顔を近づけて、ぱちりと片目をつむった。


「みどりちゃんの素直な気持ちが一番の贈り物になるんだから、ね?」

「……気もち?」

「そう、気持ち。あおくんは、ありがとうってみどりちゃんが言ったら、いつもどんな顔してたか思い出してみて」


 みどりちゃんは黙って考えて、「……わらってた?」と自信なさげに答えた。


「ほら、あおくんも嬉しいんだよ。だから、ちゃんと素直に、ありがとう、大好きって伝えなきゃ」


 ここまで押せば、流石に心を決めてくれるだろうか───という願いとは裏腹に、顔色をくるくるとめまぐるしく変えるみどりちゃんの中で、どうしても踏ん切りは付かないようだった。


「でも、でも、あおくんがわたしをきらいだったら、すきって言ってもふんってされちゃいます」


 嫌いなんて万が一にもあり得ないだろうけれど、そんなことに怯えてしまうくらいにみどりちゃんは混乱している。

 ちょっと私も煽りすぎたかもしれない。


 ふと気になって、私はポケットからスマホを取り出して時計を確かめた。

 二時四十三分。

 みどりちゃんが言っていたあおくんの引っ越しタイムリミットまで、残り十七分。


「ほら、もうこんな時間。あおくん引っ越しちゃうんでしょ、行かなきゃ」

「え、え、え」


 こうやって崖っぷちに追い込んでいくのは、みどりちゃんにとって逆効果なのは正直分かっていた。

 そもそも、突然告白しなきゃいけないシチュエーションに放り込まれること自体が小学生には飲み込みにくいものだろう。


 解決するにはどうすればいいのかは、最初からずっと変わっていない。

 なくなってしまったプレゼントを私が用意すれば良い。


 ───でも。

 でも、好き合っている二人が互いの思いも知らずに終わってしまうだなんて、私の趣味じゃない。

 優しさの隠れ蓑を持ったみどりちゃんは、きっと優しさだけであおくんを送り出す。

 そうしたら、きっと二人をつなぐ赤い糸は簡単に切れてしまう。


 私にできることは何か。

 考えた時、私の心は一つの答えを導き出した。


「───みどりちゃん、私の目を見て」

 

 みどりちゃんには時間がない。私にはまだいくらでも残されている時間が、この子には絶対的に不足している。

 だったら、その時間の不足を埋めるために、私が力を貸してあげればいい。


 あおくんから巡った優しさの連鎖を誰かに繋いだみどりちゃんには、最初から他の誰かの優しさが与えられるべきだったんだろう。

 きっと、私はその役目を背負って、この公園にたどり着いたに違いない。


「私の言うことを受け入れて」


 吸い寄せられるように私の目から視線を外せなくなったみどりちゃんに向かって、先生に使うはずだった一回きりの魅了の力を注ぎ込む。

 恋に落とすわけではないから、みどりちゃんの気持ちを少しだけ私の思い通りに動かせばそれでいい。


「あおくんが大好きだって、ちゃんとあおくんに伝えよう、ね?」


 どこかから生まれたオレンジ色の光が公園の中を飛び交って、そしてみどりちゃんの心臓の周りに巻き付き、溶けるように消えた。


 上手くいった、そんな感触があった。


「うん、つたえる。あおくん、大すき!」


 みどりちゃんは笑顔で公園を駆け出していった。

 その背中に向けて、「応援してるよ! 絶対に上手くいくから!」と声をかけると、彼女は振り返って丁寧なお辞儀をしてくれた。


「……良いことしたなぁー」


 先生を攻略するための一番の武器を失ったはずなのに、私の心は穏やかで、どこまでも満ち足りていた。

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