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52話 健康なダイアナ=ローウェルでは意味がない

 



 道中大きな事故は起きらず、無事に北の教会支部へと帰還したフィービー達は馬車を降りた。時刻は早朝であるが、皆が起きるにはまだ少し早く、正面入り口には人一人姿はない。代わりに、一面を覆い尽くす雪だけがあった。



「やっと戻った。さすがに疲れた」

「ご苦労だったアルドル。暫く休んでから帝都へ戻るといい」



 オルドーの言う暫くとは、疲れが取れ次第出発しろという意味であるが。

 アルドルは周囲に誰もいないのをいいことに黒眼鏡を外すと悪戯っ子のように笑んだ。



「おれもサンディス領を出発した当初は、帝都に戻るつもりではいましたがちょっと気分を変えました」

「……は?」

「雪が解けた春に帝都に戻ることにします」

「…………は?」



 発する言葉は同じなのに、一回目、二回目で声色が違う。瞬きを繰り返すオルドーと同じでフィービーもアルドルの言葉の真意を見つけかねていた。



「大叔父上のことです、おれが簡単に戻らないとは陛下やお祖父様には伝え済みかと」

「ちょ、ちょっと待て! どこの国の皇太子が長期間意味もなく不在にするというのだ!」

「どこって、この国の皇太子ですよ」

「……」



 開いた口が塞がらないとはこのこと。頭を抱え出したオルドーや途端に上機嫌になって鼻歌を歌いながら馬を労わるアルドル、どちらに声を掛けるべきかと悩んだフィービーは現時点で最も困り果てているオルドーを選んだ。



「オ、オルドー様、お気を確かに」

「あ、あいつはなんであんなに自由なんだ。こういう意味では陛下の血を引いているだけはある……」



 アルドルが聞くと嫌味と捉えられるだろうが、リーンハルトに変に執着されているオルドーが言うと説得力が満載だった。

 馬車を戻してくるとアルドルは再び御者席に座ると馬を動かし、残ったフィービーとオルドーは一旦教会に入った。



「はあ」

「な、なんと言うか、皇太子殿下は帝都で見ていた時と全然違いますね」



 帝都では隙がなく、不敵な態度を崩さない完璧な皇太子を演じていただけで、実際のアルドルはかなり子供っぽい。どちらかと言うと今の方がとても人間味があるとフィービーが述べると頭を抱えていたオルドーは少しだけ安心を見せた。



「他言無用ではあるが此処にいる間は、是非気安く接してやってくれ」

「え? 変装しているとは言え、皇太子殿下ですよ」

「此処でのあいつはただの御者。皇太子なんてどこにもいない。アルドルだって、そう望んでる」

「では、失礼がないようにだけ気を付けます」

「フィービーなら大丈夫さ」



 信頼されているのは嬉しいがフィービーは気を抜くと人に馴れ馴れしく接してしまいそうになる。アルドルが皇太子という地位にいる人だと常に忘れず、かといって、固くなり過ぎないよう接しようと心に誓った。



「そろそろ皆も起きるだろうがフィービーは部屋に戻って休みなさい。また明日から働いてくれ」

「ありがとうございます。ですが、今日はこのまま朝の支度を先にします。馬車で十分睡眠は取らせて頂きましたし」

「休んだつもりでも、身体というのは案外休めていないものだ。上司の忠告はしっかり受け入れ、今日は休むように」



 ここまでオルドーに言われてしまうとフィービーは引き下がるしかなく、素直に受け入れることにし部屋に戻った。


 


 


 ●○●○●○



 ローウェル公爵邸の朝食の場は、いつもクリストファー、レティーシャ、ジェイドの三人が揃って摂っていた。ダイアナはベッドから出られない日々が多かった為、部屋で摂るのが常だった。


 それが今では——



「美味しい! お兄様とお母様と一緒に食事をするなんて何時以来かしら!」



 まだまだ油断ならないが一月前より、明らかに体調が良くなっているダイアナは二日前から家族と同じ場所で食事を摂れるようになっていた。量はジェイドやレティーシャと比べて少なめであるが、美味しそうに、楽しく完食した。



「ダ……ダイが完食するなんて……っ、こんな嬉しいことはないっ」

「もう、きちんと食べれるようになってから日は経っているのにまだ泣くなんて」

「ご、ごめん。私や母上より少ないとはいえ、いつもダイが食べていた量より増えているから、感動してしまって」



 ジェイドの言う通り、健常者より少ないと言っても今までダイアナが食していた食事量より明らかに増えている。それを完食したダイアナを見たジェイドは泣かずにはいられなかった。時には食事を摂ることもままならなかったダイアナが完食するだけで感激していたのだ、これから暫くジェイドが嬉し泣きをしない日はないだろう。兄妹仲良くしている様子を向かいに座るレティーシャはどこか遠い風景を眺めている目で見つめていた。


 自分の目の前に座っている娘は誰か。病弱で何時死んでもおかしくない天使は何処に行った。

 どうしてベッドの中にいない。

 どうして増えた食事量を完食している。

 どうして同じ場で食事を摂っている。

 どうして、どうして、どうして誰の目が見ても分かるくらい——体調が良くなっているのだ。



「っ——」



 有り得ない有り得ない有り得ない。

 有り得ない。



「お母様? どうしました」

「え?」

「先程から、一度も手を付けられていないようですが」



 心配を宿した四つの眼がレティーシャに注がれ、指摘を受けた朝食へ目をやれば、運ばれた時のまま。



「あ、ああ、ちょっと考え事をね。ダイ、無理はしていない?」

「全然です! お腹を空くって感覚初めてでまだまだ食べれちゃいますよ!」

「そ、そう。ふ、不思議ね、お母様も貴女の具合が良くなってとても嬉しいけれど、どうしてそんな急に良くなったの?」

「わたくしにもさっぱり。いつも通り、お母様がお医者様に頂いたお薬を毎日飲んでいるだけです」

「そ、そうよね」



 初めてのお代わりをしようか悩むダイアナをいきなり食べ過ぎてはお腹が吃驚するからと止めるジェイドの声は耳に入らず、俯いたレティーシャが考えるのは——やはりダイアナの体調が良くなった理由についてだった。

 健康であってはならない。病弱だからこそ価値のあったダイアナ。

 健康なダイアナなんて——あの野猿と何も変わらない。あってはならない。

 食欲がないと言い訳をして部屋に戻ったレティーシャは自身とダイアナの侍女を全員部屋に呼び付けた。



「どういうことよ!! どうしてダイアナがあんなにも元気になっているの!!」



 気品と優雅を常に備えた淑女の面を剥がし、憤怒の面を着けたレティーシャの気迫に圧され、皆顔を青くして何も発せられない。



「ダイアナに薬を渡しているのは誰!?」

「わ、私、です……」



 素直に挙手しなければレティーシャの怒りは尚燃えると察知し、前に出たのはマリクとマイラにダイアナの相談をしたあの侍女だ。



「ダイアナの薬をすり替えたわね!?」

「そ、そんなことは決してしておりません! ダイアナお嬢様には、いつも奥様から渡される薬しかお渡していません!」

「っ!!」



 そう。ダイアナがいつも飲んでいる薬はレティーシャに渡されたもの。指摘を受けたレティーシャは幾分か冷静になったらしく、荒ぶる呼吸を鎮めた。冷静になって考えれば、一介の侍女が薬をすり替えるなんて芸当不可能。何より、薬の中身がただの解熱剤だと知るのはレティーシャの専属侍女の中でも特に信頼している一人だけ。

 だったらどうして、どうしてダイアナの具合が良くなっているのか。

 ミゲルと結婚させるまでダイアナは病弱でないとならない。病弱であるからこそ、ミゲルを縛り付ける良い理由であり、ミゲルが決してダイアナを見捨てられない最大の強みだったのに。

 落ち着きを取り戻したレティーシャはこの場を解散させ、信頼する侍女を連れ隣室へ移動した。本来であれば、当主夫妻が使用する寝室。嫁いだレティーシャが此処でクリストファーと閨を共にしたのは手で数える程。そのどれも、薬と侍女を使ってクリストファーの動きを封じ——彼を犯した時だけ。

 大の男でさえ盛られれば身体から力が抜ける代物。侍女を数人使ってクリストファーの手足を押さえ付け、絶叫するクリストファーを犯した。三年の白い結婚を狙っていたのは知っていた。どうにかして結婚を継続させたかったレティーシャが使った最終手段。薬の使い過ぎや量を間違えれば生殖機能に影響が出ると父に忠告されていたレティ—シャはその一回で妊娠しなければならなかった。周期をしっかりと把握し、妊娠をしやすい日を狙って決行した。

 社交界で顔を合わせる夫人達は、皆夫との結婚生活を惚気た。同じベッドで眠ることもましてや肌を重ねることもレティーシャが襲ってやっと成立した。夢見た結婚生活を語る夫人達の顔を引き裂いてやりたい衝動を毎回抑えるのに苦労し、その度にクリストファーに愛されないのはダイアナ=サンディスのせいだと恨みを募らせた。

 湧き上がる憎しみと怒りを抑え、寝室のクローゼットを開き、中の金庫に触れた。暗証番号を解除して鍵を開けるとダイアナに飲ませている解熱剤が入っていた。包み紙を開くが薬に細工をされた形跡は恐らくない。ホワイトゴールド伯爵が処方する特効薬も同じ。



「薬学の知識がない私では、薬に細工をされているかどうか分からないっ」



 見た目は同じ。中身が違うかどうかは不明。



「奥様。金庫の暗証番号を知るのは、私と奥様だけ。鍵を無理にこじ開けた形跡もありませんし、ダイアナお嬢様の具合が良くなっているのは偶々なのでは」

「それだと困るのよ! お前だって分かっているでしょう! クリストファーの目を子供に向けさせるには、ダイアナの病気は必要不可欠だったと!」

「それは……」



 嘗てオルドーが罹った病気と同じだとホワイトゴールド先代伯爵に診断されるとジェイドが生まれても屋敷に寄り付かなかったクリストファーが留まる様になった。名前をダイアナと名付けた時は、出産したばかりだったレティーシャを殴ったクリストファーだが、子供のこととなれば話は別になると初めて知った。

 クリストファーを屋敷に縛り付けるにはダイアナの病気が最も有効ならば、治す理由はない。特効薬を与える振りをしながら解熱剤を渡してきた。効果が出ないのはホワイトゴールド伯爵家が無能だからと罵った。

 ダイアナがミゲルに恋をしたと誰よりも早くに知ったのはレティーシャ。恋をするダイアナの顔は、嘗てクリストファーに恋焦がれた自分そのものだった。ダイアナという名前を付けたけれど、母親としての愛情はある。娘の恋を叶えてやりたいのは母として当然の気持ち。クリストファーだって同じだと、信じていたのに、現在は分からなくなった。



「健康なダイアナなんて要らないのよっ、そんなの、あの野猿と何ら変わらない」

「奥様」

「病弱なダイアナ=ローウェルしか意味がない。お前だって、ミゲル様がダイアナの頼みを断れなかったのは病弱、これが最大の理由って理解しているわね!?」

「も、勿論です」

「私はあの子の恋を叶えてやりたい。母親だもの。クリストファーだって本当はダイアナをミゲル様に嫁がせたいと思っている筈よ。そうでなければ、ダイアナが死に掛けた時ミゲル様を責めたりしない」



 お見舞いに来てほしいと懇願したダイアナの願いを振り払ったせいでダイアナは死に掛けた。あの時、レティーシャ以上にミゲルを責めたクリストファーなら、きっとダイアナの恋を叶えてくれる。未だ屋敷に戻ってこないが父親としての情は残っている筈だ。


 


 


 



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気持ち悪い女。 こんな頭おかしい事言ってるけど、こいつの姉もこんな性犯罪者な妹が大好きなんだよね? 自分たちが溺愛してるダイアナに特効薬与えてないって知っても、レティーシャがそう望むならで許すのかな。…
うーん だんだん読んでいて気分悪くなってきてしまいました。 常軌を逸した女の話が苦痛。 話自体もそんなに進んでいなくて(と感じています)未だ暫くはこの流れで続くかしら? 連作版読んで短編も読んでから…
ほんの欠片でもダイアナを思いやってるのはジェイドだけなのがますますはっきりしてきたね 母ちゃんあんたの夫はレイプで生まれたダイアナを我が子とは思ってないよ ある意味あんた以上に道具扱いだよ 侍女たちも…
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