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51話 夢が現実であってほしかった

 



 四日という数字を長い、短いで表すと大体は後者が選ばれるのではないだろうか。サンディス領で過ごして四日目。今日は約束通り、北の教会支部へ戻る。昨夜は滞在を延期してはと祖父母に説得されたが、戻る理由が出来たフィービーは雪が解けた春の日に必ずまた来ると約束をした。春は、フィービーが好きな季節。自分の髪の色と似ている花が多く咲く季節は特に好きな感覚が強い。花畑で花冠を作り、歪な形に出来上がったそれを父に渡したら満面の笑顔で頭に乗せてくれた。



『ありがとう。フィービー』



 あの頃が嘘だったとフィービーは思わない。

 今も昔も、どちらも——嘘ではない。


 纏めた荷物を鞄に詰め、蓋を閉めているとオルドーが様子を見に来た。



「準備は終わったみたいだな」

「昨夜の内に大半は終わらせていました。オルドー様や皇太子殿下は?」

「ぼくやアルドルも終わっている。何時でも出発出来るぞ」



 フィービーは三日間滞在した部屋を見渡した。



「長くいた訳じゃないのに、此処を去るのがとても寂しいです」

「居心地が良かったからな。無理もない。先代夫妻には、春になったらまた来ると約束したんだ。次の楽しみにしておこう」

「はい!」



 懐かしい思い出話から、最近の帝都の事情までたっぷりと祖父母と話し込んだ。叶うなら、この場にゾイも呼びたかったとヴァレリアは残念がっていた。

 鞄を持ってオルドーと玄関ホールへ向かえば祖父母が見送りをするべくフィービー等を待っていた。



「フィービー!」



 フィービーに気付いたジークやヴァレリアが駆け寄り、フィービーを抱き締めた。



「北の地は寒いからね。室内が暖かいからって寒い恰好をしては駄目よ? 貴女、小さい頃暑いからと薄着になって風邪を引いたことがあるもの」

「もう、昔の話ですわお祖母様。今はそんなことしていません」



 心配性なのは相手がフィービーだから、というのもあるのだろう。二人共、フィービーにとても過保護だ。息苦しいと一切感じない、想われていると感じられて胸の隙間が埋まって満ち足りた気持ちになる。そろそろ出発の時間が迫っていた。名残惜しいが約束は約束。



「フィービー嬢、荷物を此方に」

「は、はい」



 御者扮するアルドルが差し出した手に鞄を渡した。恐れ多いが御者に成り切っているアルドルに合わせる。常に耳付きニット帽と黒眼鏡を装着しているのと声を高くしていることもあって四日目を迎えた現在も祖父母は御者がアルドルだと気付いていない。


 但し。



「ふむ……御者の方の声、妙に聞き覚えのある声なんだが……」

「そう?」

「うん……私の聞き間違いかもしれん。若い頃の先帝や皇帝陛下に似ている気がするなんて」



 ギクッと、誰かの肩が大きく跳ねた。アルドルの声は年配の人が聞くと若かりし頃の先帝や皇帝を彷彿とさせるから、態と声を高くしているのだが、分かる人には分かるということ。此処にいるのが前宰相だったら一発でバレていただろう。



「で、では我々はそろそろ。ジーク殿、ヴァレリア殿、大変世話になった。後日、礼の品をお送りさせていただく」

「多大なご配慮ありがとうございます。ですが、私や妻はフィービーと会えただけで十分です。孫の元気な姿を見る以上に祖父母にとって幸福なことはありませんからな」

「そう言って頂けるとフィービーを連れて来た甲斐があるというものです」



 空気を変えようとオルドーは先代夫妻に別れの挨拶を告げ、扉を開けたテーヴに続いてアルドルやフィービー等と外へ出た。辺り一面の銀世界は太陽が爛爛と降り注ぐとより輝きを増す。帝都では見られない景色を目にすることが出来てフィービーは少しの間見惚れていた。

「オルドー様。馬車の整備は終えております」と馬車付近にいたのはクリストファーだった。厩舎の管理人に頼んでクリストファーが行ったらしい。



「公爵は何でも出来るのだな」

「まあ、大抵のことなら。道中、お気をつけて」

「ああ。ありがとう」



 フィービーは二人が会話を終えたのを見計らい距離を縮め、クリストファーに改めて礼を述べた。自分の知らなかった母を知れたことやクリストファーのことを知れて良かったと、サンディス領に足を運んでそう思えるようになった。



「公爵も帝都に戻られるのですか?」

「私はもう暫し滞在します。……帝都に戻ったら、レティーシャに離縁を要求することにしました」



 過去何度クリストファーが離縁を叩きつけても決して首を縦に振らず、離縁をする材料を提示しようと、レティーシャに有利に運ぶ手筈を整えても叶わなかった。フィービーと言葉を交わしていく内、最後の機会としてレティーシャに離縁を要求する決意をしたのだ。



「大丈夫なのか? そんなことをしてブルーメール公爵が黙っていないぞ」

「でしょうね。レティーシャは必ずブルーメール公爵に泣き付く。過去、そうであったように」



 離縁を迫られた報復の矛先がフィービーやフィービーと親しい人達に向けられる危険性はあろうとクリストファーの決意は変わらない。



「無論、フィデス様の手を借りて相応の準備を終え次第、となります」

「フィデス司祭なら、きっと公爵の力になってくれます」



 結婚した当初、白い結婚へ持って行かせるべく様々な知恵をクリストファーに授けたのはフィデス。離縁をもう一度決意したクリストファーの力になるとフィービーは信じていた。

「オルドー様、フィービー嬢。何時でも動かせますよー」と御者に成りきるアルドルの掛け声に返事をしたフィービーはクリストファーに一礼をした後、キャビンに乗り込んだ。オルドーも足を向けかけたが、その前にどうしてもクリストファーに聞きたいことがあった。真剣みの増した声と表情でオルドーが訊ねたのは——クリストファーがフィービーの父親ではないか、というこの疑問のみ。


 真っ向から問われたクリストファーに変化はない。ただただ、淡々とした声色で言葉を紡いだ。



「何故、そう思われるのですか」

「公爵がフィービー嬢に時折向けていた眼差しをぼくはよく知っている。昔……小さかったぼくを見つめていた父上や皇太后と同じ眼差しだった」

「……」

「フィービーが自分の子供でないとゴーランド=ウェリタースが気付いていたなら、あの子をウェリタース家に留めておきたい理由に納得がいく」

「さて、あの愚鈍な男がそこまでの考えを持っているとは思えませんな」

「……公爵はフィービーの父親ではないと?」



 疑惑を宿す黄金の瞳に凝視され、肩を竦めただけのクリストファー。

 馬車を見つめる瞳は……どこか眩しいように細められていた。



「ほんの一時……幸せな夢を見ていました。私にとって最も幸福な時がそれだった。夢は現実にならないものほど、幸福に満ち足りている」

「……」

「ゴーランド=ウェリタースと結婚したダイアナの一番の幸福は、あの子が生まれたこと。私の口から言えるのはこれだけです」

「……分かった」



 疑問の答えにすらなっていない言葉をオルドーは黙って受け入れた。眩しそうに馬車を——キャビンにいるフィービーを見つめる深緑の瞳が物語るのは……。


 


 ——キャビンでオルドーを待っている間、御者席に座るアルドルと会話をしていたフィービーは扉が開くと意識を其方へ向けた。



「待たせてすまない」

「公爵とお話は済みましたか?」

「ああ。問題ない」



 オルドーが乗車したのを確認後、手綱を握るアルドルが馬車を発車させた。



「ローウェル公爵は、本気で公爵夫人に離縁を要求するのでしょうか」

「恐らく、な」

「陛下の誕生日パーティーが切っ掛け、ですよね」

「今まで溜め込んでいたものが此処に来て爆発したか。或いは、フィービーにダイアナ=サンディスとのことを話せた故の考えなのか」

「私、ですか?」



 四日間クリストファーと接してきたが、感情を激しく露にする場面に出くわしてはいない。ずっと同じ声色、感情をクリストファーは保っていた。



「教会に戻ったら色々と決めねばな。クリストファー=ローウェルが離縁を突き付けるにしろ、レティーシャ=ローウェルがフィービーを狙うことに変わりはない筈だ」

「寧ろ、公爵に離縁を要求されたのをフィービー嬢やウェリタース家のせいにして、何をしてくるか分からなくなりそう」



 小窓を開けて会話を聞いていたアルドルの台詞にフィービーは同意せざるを得なかった。

 一度、エイヴァやアイに会うにしても雪が解けてからではないと厳しく、場所の選定をしないとならない。



「あ」

「どうした」

「帝都の中心街を大きく離れた端に、アシュフォード家が管理している小さな一軒家があります。平民の四人家族が住むのに丁度良い大きさで隠れ家として使い勝手が良くて、アイと偶に使っていた家です。アイにその一軒家を使わせてもらえないか相談の手紙を送ってみます」

「アシュフォードお気に入りの隠れ家なら、ブルーメールやウィンドルが知っている可能性は低そうだ」



 アルドルも同意し、アイの返答次第だが、春が訪れればフィービーはアシュフォード家の隠れ家を宿代わりに一度帝都へ戻る算段をつけていった。


 


 

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クリストファーがフィービーのお父さん だったら良かったのに。
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