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45話 一つ一つ片付けて

 



 一番危険なのはクリストファーではなく、レティーシャだと改め、ローウェル公爵家に見張りを置いたミゲルの判断は正しかった。騎士団を率いる父に私的理由で密偵を借りたいと申し出た時は断られる覚悟をしていた。その時は、自分で見張りをする所存でいた。

 ミゲルの申し出をあっさりと承諾した父バーナードにこう言われた。



『お前の判断は恐らく正しい。クリストファーが領地へ行くなら、少なくとも約二月は戻らない』



 ローウェル公爵領へは、どんなに急いでも半月以上は掛かる。先代夫妻の様子を見たいと言うクリストファーの言葉が事実なら、領地に暫く滞在する。戻るにしても出発した時と同じ日数が掛かるなら、最低約二ヵ月の不在は見ていい。



『レティーシャ様が動くとするなら、必ずブルーメール公爵の力を借りる筈だ』

『確か、皇后陛下や公爵夫人の生家でしたよね』

『ああ。ビアトリス様は皇族に嫁がれ、レティーシャ様も嫁がれた為、公爵は親類から養子を取っている。まだ現役でいるがそろそろ養子に爵位を譲るとは聞いている』



 本来であればレティーシャが婿を取ってブルーメール家を継ぐ予定だったが、病を克服し健康な身体を手に入れ美しく成長したクリストファーに惚れ込んだ。



『公爵夫人が公爵を好きになった理由って何なのですか』



 ずっと気になっていた。想い人のいたクリストファーの妻の座に強烈な執着心を見せ、今も尚愛されなくても妻の座にしがみつくレティーシャの恋情がどこから来ているか。ミゲルの問いはあっさりとバーナードに答えられた。



『よくある話さ。病を克服したクリスが偶々参加したお茶会でレティーシャ様に会ったんだ。私はその時クリスと共にいた』



 初めてのお茶会で粗相をしないか不安だったクリストファーに頼まれ、同じく招待されていたバーナードは会場にいる間なるべく側にいた。人の多さに酔ってしまったクリストファーを一旦外へ連れ出し、庭に設置されている休憩スペースに移動した時——蹲って泣いているレティーシャを見つけたのだ。頭にカエルが乗ってしまい、恐怖のせいで声を上げられず蹲って泣いていたのだとか。



『領地でダイアナ様と過ごしていたクリスにとってカエルを見るのは日常茶飯事。素手で捕まえて逃がしてやっていた』



 クリストファーはカエルに怯えて動けなくなった初対面の令嬢を助けただけ。

 レティーシャにとってはそうではなかった。素手で気持ち悪い生き物を遠くへやったばかりか、立てなくなっていた自身に手を差し伸べた挙句、涙をハンカチで拭ってくれた。リーンハルトよりも美しいクリストファーに一目惚れをした瞬間だったのだ。

 女性心に疎いミゲルだが、レティーシャがクリストファーに惚れた理由は分かった。



『公爵夫人が公爵に執着しだしたのは、そこからなんですね』

『クリスはローウェル公爵家の嫡男。婿を取って家を継がねばならないレティーシャ様の相手にはなれないと先代夫妻が断っても執拗に婚約を迫られた。サンディス侯爵家にもブルーメール公爵は手を引けと脅していたと聞く』



 亡き妻が残した娘の願いを叶えてやりたい気持ちは誰にだって解せる。他人の幸福を奪ってまで成就させるのは違う。



『ミゲル。密偵を使う条件として、定期的に私に報告をするように。動きがあればすぐに報せろ』

『はい』

『何が起きても一人で抱え込むな。お前は自分で思う程、強い人間じゃない』

『はい……』



 何でもかんでも一人で抱えた。

 ゴーランドにフィービーとの婚約はあくまでも亡きダイアナの意思を尊重する為のもので本意ではないと言われたこと。

 見舞いに行かなかっただけで幼馴染のダイアナが死の淵を彷徨いトラウマになってしまったことで、彼女の見舞いに行かないとまた死に掛けてしまうという強迫観念によって自分を引き止めるフィービーの手をそっと離してしまっていた。

 従者の報告を受けたミゲルは引き続き監視を怠らないように指示を出すと部屋を出た。壁側に調度品が置かれ、絵画が掛けられた廊下を歩く。目指していたバーナードの執務室に入った。



「父上。公爵夫人がブルーメール公爵邸に到着した後、ブルーメール公爵家の遣いがオーガスタス=ウィンドル子爵の屋敷へ向かったと報せがありました」

「やはり公爵に泣き付いたか」

「今後の動きですが、まずウェリタース家に見張りを置くべきかと」



 プライドの高いレティーシャのこと。公衆の面前でクリストファーに殴られる前、エイヴァに正論を放たれ周囲の失笑を買っていた。必ず憎しみの矛先をエイヴァに向ける。



「ウェリタース夫人に、この後報せを送ります」

「うむ。その方がいいだろう。なるべく、一人で行動しないようにと伝えておきなさい」

「はい。ウェリタース侯爵と公爵夫人が繋がっている証拠はまだ掴めてないのでしょうか」

「夫人からの報せではまだないと記されていた。そう簡単に尻尾を掴ませるヘマはしないさ」



 ゴーランドとレティーシャが繋がっていると言う明確な証拠さえあれば、大きな一歩となるのに。歯痒い思いを持つミゲルは焦りは禁物だと自身に言い聞かせ、次を切り出した。



「公爵夫人がフィービーを狙ってウェリタース領へ刺客を送り込む可能性がないと言い切れません」

「ふむ……フィービー嬢がいないと言えど、領民に危害を加えられる場合もある。それについてはウェリタース夫人と相談をする。ミゲル、私からも一つある」



 バーナードが語ったのはフィービーが帝都にいない現状、レティーシャとブルーメール公爵がミゲルとダイアナの婚約を強行してくるというもの。驚くミゲルは「強行ってどうやって」と否定気味であれど、ない話ではないと考えを改めた。



「どんな可能性とて否定出来なくなっている。お前も外へ出る時は、なるべく一人にならないように。分かっていると思うがローウェル公爵家側の要求には一切応じないように」

「勿論です」



 親しい友人から夜会の招待を幾つか来ており、それらには欠席の方向でいくとした。何時レティーシャやブルーメール公爵の手が伸びて来るか分からない現状、不用意な外出は避けたいところ。



「最近、ダイアナ様のお見舞い絡みでローウェル家の使者は誰も来ていないな」

「ジェイドも来ていません」



 ミゲルが見舞いに行かないとレティーシャは特効薬をダイアナに渡さない。そうするとダイアナは現在も解熱剤を与えられているだけで体調は悪いまま。このまま死んでくれれば始末する手間が省けるとはアルドルの台詞。従妹と言えど、既に愛想を尽かし情を捨てているアルドルは、仮令ダイアナが死んでも心揺らがない。ミゲルはマシになっていると言えど、本当にダイアナが死んだら自分のせい、というトラウマが根強く残っている。人のトラウマは簡単に消えるものではない。

 ダイアナの死を予想して顔色を悪くするミゲルを見上げるバーナード。ミゲル自身で乗り越えなければならないと親心から手を貸してやりたい情に駆られれど見守る側に立つ。



「ところでアルドル殿下がオルドー殿下に付いて行ったというのは本当なのか?」

「本当です。陛下の誕生日パーティーの最中アルドルが言っていました」



 約半月前、城は混乱に染まった。皇太子アルドルが忽然と姿を消したせい。彼の従者ロードでさえアルドルの行方を知らない(という設定)ということでより色が増した。アルドルの寝室にリーンハルトとビアトリス両名宛の手紙が一通残されていた。



「置手紙には、オルドー殿下に付いて行くという旨だけが記されていた。実際、殿下はなんと?」

「気になることがあるからとしか言っていません」



 気になる内容についてアルドルは言わなかった。ただ、アルドルの突拍子のない行動は先帝を味方に巻き込んで行われており、混乱はすぐに収まった。



「両陛下が熱砂の国の国王にフィービーを勧めようとしたのが先帝の耳にアルドルが入れたお陰で、騒ぎはあっという間に小さくなりました。ロード殿曰く、かなり絞られていたと」

「だろうな……」



 もしもあの時フィービーが会場にいて熱砂の国の国王ラジェーシュに見初められていたら、最も得をするのはダイアナで。レティーシャはクリストファーの妻の座を得た時と同じでまたビアトリスに泣き付き、妹の頼みを断れないビアトリスがリーンハルトに相談し、リーンハルトは妻の姪可愛さにラジェーシュにフィービーを捧げてミゲルと婚約解消をさせ、ダイアナと婚約させていた。そうなればまた皇族は貴族の結婚に権力を使い口を出したとして、第二の大きな糾弾を受ける羽目になっていた。二度と同じ過ちを起こさない、起こさせないと先帝はリーンハルトやビアトリスに誓わせていて。結果がこの様かと激怒した。同じ場にフィデスがいたことでよりリーンハルトとビアトリスへの怒りは激しかったとロードに聞かされた。



「今後暫くは、皇后陛下が公爵夫人の頼みを聞くことはありません」

「うむ。その間に出来ることをしよう」



 バーナードは次にオーガスタス=ウィンドルについて言及した。



「しかし、子爵と公爵に繋がりがあるとは聞かんな」

「ですが、ウィンドル子爵には不穏な噂が幾つか出回っています」



 表向きは善良な人間を装っているが、裏で人身売買や闇取引のオーナーをしているという情報がある。確固たる証拠がない為、まだ仮定の話でしかない。



「ウィンドル子爵家にも見張りをつけましょう」

「妥当だな。人選はお前に任せる」



 話は終わり、執務室を出たミゲルは部屋に戻ろうかと考えたが、ずっと室内にいては気が滅入ると方向転換をした。やって来たのは庭。貴族の庭は財力と権力を示す指標の一つだと誰かが言っていた。代々アリアージュ家に仕える庭師が毎日丹精込めて育てる花々は荒んだ心を癒す不思議な力を持つ。



「……」



 フィービーは元気にしているだろうか。遠い地で一人慣れない生活に苦戦してもフィービーならきっと乗り越えられる。不思議と人を魅了してしまうのはきっと亡きダイアナ譲り。人のいる場所にいるとフィービーの周りには、いつの間にか人が集まっている。


 ただ……そこにミゲルがいたことは——ない。


 ダイアナのことはどうにかしないといけないと頭では分かっていても、身に沁みついたトラウマは簡単にはミゲルを手放さなかった。自分のせいで誰かが死ぬと思うと怖くて踏み止まれなかった。



「フィービー……」



 今更何を言ったところで全てが言い訳に終わるだけ。フィービーと再会するには、帝都で片付けねばならない問題が山積みだ。それらを一つ一つ、確実に片付け時、漸くフィービーに会う資格を得られる。



「ミゲル様!」



 考えに耽っていたミゲルを走って来た従者の声が現実に戻した。




 

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― 新着の感想 ―
短編ではミゲルとくっついているけど 私は読んでいて思うのがミゲルと一緒になってもヒロインは幸せになる気がしない。 この お話ではミゲルとはくっつかず別の人と幸せになる結末がいいなぁ 
ミゲルって徹頭徹尾自分の都合の事だけ考えて、フィービー自身の幸せについては1ミリも考慮してないよね レティーシャとダイアナを排除して再会して連れ戻したとして、それで自分はハッピーかもしれんがフィービー…
レティーシャがこれからやろうとしてること。 ・エイヴァとジゼル誘拐 ・エイヴァをジゼルの前で犯させる ・ジゼルをコロコロする ・フィービーを死ぬまで誘拐監禁(絶対犯すまでセット) これ実行されたら黒…
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