34話 貴方の真意は①
絢爛と光る多数のシャンデリアの下でダンスを踊る男女を柱に凭れて眺めているアイが考えるのは親戚のフィービー。北の教会支部で元気にやっているのは手紙のやり取りで知っているのと先程彼女を其処へ送った張本人にも聞いた為。あまり接触してはミゲルに怪しまれると考え、長話をせず離れた。
——……にしても。
アイは片手にシャンパングラスを持ち、飲む振りをして目を横にやった。十歩程離れた先にアルドルと話すミゲルがいる。気のせいでなければアイに視線が送られている。
「……私がフィービーをお友達だと思っていないと植え付けたのは良いけれど……」
フィービーの居場所を知られないようにするには、アイ自身がフィービーを友人と思っていないとミゲルに印象付ける必要があった。居場所を知っているが故、常に見張られていては何時下手を打つか分からない。芽は先に潰しておくのに越したことはないにしろ、すっかりと敵意を抱かれてしまった。アリアージュ家はお得意様の一つ。両親に話した時は仕方ないと言えど他にやり方はなかったのかと呆れられてしまった。
あまりミゲルを見ていては目が合ってしまいそうになるので別の人に標的を変えた。
「あ」
次に見たのはウェリタース侯爵夫妻。フィービーが家出をした原因に侯爵が大きく関わっていて、初めは夫婦仲が険悪になると構えていたが割と普通に見える。どんなやり取りをしてきたかは不明だが、一見すると変化はない。エイヴァの実家ホワイトゴールド伯爵家へは、特殊で入手困難な薬草や医療器具を納品している大切なお得意様の一つ。亡くなったダイアナが大好きだった分、侯爵が再婚するのは意外過ぎて再婚相手の女性がどんな人なのか子供ながらに気になった記憶を思い出す。名前を聞いてホワイトゴールド家のエイヴァだと知った時は此方も意外過ぎた。結婚よりも医者としての人生を歩む気でいると伯爵夫人が嘆いていると母がよく話してくれた。
「あっちは心配なさそうね」
今夜のパーティーを記した手紙を書きたいアイとしては、フィービーに様々な提供をしたく、ネタはないかと引き続き周囲を観察する。入場が始まる前、レティーシャがウェリタース家に——正確にはエイヴァに——食って掛かり、亡きダイアナを野猿と罵倒してクリストファーに殴られたと目撃していた友人のダイアナに教えられた。
ついさっき父や母にこっそりと聞いたら、驚きの事実を話され、今まで見ていたローウェル公爵夫妻の鴛鴦夫婦は何だったのかと愕然とした。
そして二つ納得がいった。
何故レティーシャがフィービーを執拗に敵視していたのか。
何故クリストファーがフィービーに執着していたのか、を。
「ん?」
亡きダイアナが全てに絡んでいる。アイにとっては仲良しの親戚の母。完璧な淑女と評される美しい女性。話を聞いてしまっただけにレティーシャは嫌いの前に大を百個付けたくなり、クリストファーについては非常に同情はするがフィービー絡みだと同情はしたくない。
ふと、視界の端にクリストファーが映ったのを見逃さず、庭へ行ったのを見ると好奇心に駆られアイも向かった。会場の熱気に当てられた人が冷えを求めて出ており、数人がちらほらといる程度。
「公爵は何処……と、いた」
皇后お気に入りの花園を見回しクリストファーを見つけたアイは、近くに別の誰かがいると気付いた。腰を低くして花壇に隠れたアイは耳を澄ませる。
「クリス」
この声はアリアージュ公爵のもの。
「バーナードか。何か用か」
「用が無ければ話し掛けては駄目か?」
「いや? お前が私に用も無く話し掛けることはないと思ってな」
ミゲルを巡ってアリアージュ家とローウェル家は険悪というのが周囲の認識。
「ずっと疑問だった。あんなにもダイアナ様を想っていたクリスが横恋慕をしたレティーシャ様を愛するのかと」
鴛鴦夫婦として有名で二人の子供に深い愛情を注ぎ、何かあれば彼等の盾になっていたのが今までのクリストファーだった。
「自分の子供の教育をどうにかしろと私が言った時に見せた感情は偽りだったのか?」
「だとしたら何だ。ミゲル様に執着する娘も擁護する息子も、私にとったらどちらもどうでもいい」
「陛下や皇后陛下の目を気にして演じていたのだな……」
「それもある。一番は……どうでもよくなっていた」
「……」
「どうでもいい、か……」
どうでもいいという気持ちのせいでフィービーとミゲルの関係は破綻し、フィービーの心は疲れてしまったのに。無責任な発言に憤りを覚えつつ、引き続き二人の会話に耳を澄ました。
「本気でフィービー嬢とミゲルの婚約を破棄させる気はあったのか?」
「……」
「クリス、レティーシャ様の思惑通りにすれば、憎んでいる人間は喜ぶだけだぞ」
「ああ。そうだな」
もし婚約破棄になっていてもミゲルとダイアナが婚約を結ぶのは難しかったろう。レティーシャはそのつもりでいてもアリアージュ夫人が絶対に許さなかった。
「フィービー嬢はダイアナ様じゃない。クリスだって分かっているだろう」
「……」
「レティーシャ様の目にもクリスの目にも、フィービー嬢はダイアナ様に映っているのだろう。フィービー嬢はフィービー嬢だ。重ねて見るのを止めるんだ」
愛する人と結ばれたいと思うのは皆同じだ。クリストファーとダイアナが婚約寸前だったのも、レティーシャが皇族の力を借りて無理矢理クリストファーを手に入れたのも愛し合い、愛しているせい。ダイアナ亡き後も彼女だけを想い続けるクリストファーにとって瓜二つなフィービーにダイアナを重ね見ないのは無理な話なのだ。
「なあバーナード。ゴーランド=ウェリタースはダイを愛していたように見えたか?」
「勿論だ」
突然の質問でもアリアージュ公爵は冷静に答えた。
「ダイアナ様も侯爵を愛していた筈だ」
「周りの目はそう見えていただろう」
「違うのか?」
「あの男が愛したダイアナは、完璧な淑女ダイアナ=サンディスだ。政略結婚を受け入れたのは自分だからとダイはあの男を受け入れた」
アイが聞いた話では、ウェリタース侯爵は長年ダイアナに片想いをしており、クリストファーとの婚約が駄目になると一番早く婚約の打診をした。酷く落ち込んだダイアナは政略結婚を受け入れる道を選んだのだ。アイの目から見てもあの夫婦は互いを支え合い、愛し合っていた。クリストファーの目にはそう映らなかったのかと意識を研ぎ澄ませ話を聞く。
「完璧な淑女はあの男の理想そのもの。ダイアナという個人は愛していなかった」
「そんなことはなかったと思うが……クリスは何故詳しいんだ?」
「ダイに聞いたんだ。再会した時に」
結婚後はお互い家庭を持つ身。気安く会える間柄ではないと頭では解しても、一度再会すると定期的に会うようになった。ローウェル家の使用人はレティーシャが連れて来た者以外全員クリストファーの味方でダイアナと会う時はレティーシャ達に知られないよう裏で手を回していた。
「蔑ろにされている訳でもない、嫌われている訳でもない。愛されてはいる。完璧な淑女としての自分を愛している。……話していた時のダイは笑っていたが疲れてもいたんだ」
「……」
「あの男はダイが完璧な淑女であるなら、娘のフィービー嬢にも同じように完璧な淑女を求めていた筈だ」
すごい……と内心呟いたアイは全く外れていない言葉にただただ驚いていた。娘のフィービーに侯爵が求めていたのはダイアナと同じ完璧な淑女。完璧な淑女は婚約者が幼馴染を優先しようと嫉妬をしない、見苦しい姿を晒さないとフィービーは叱責され続けていた。
「……あの子にダイアナを重ねていたのは事実だ。淑女の仮面を付けた姿もダイアナと同じだった」
「フィービー嬢がそうなったのは、クリス、君の娘や妻のせいであるということも理解しているか?」
「ああ。私は寧ろ……」
冷たい夜風が吹き、草花を揺らし、香りが舞う。沈黙が降り、夜風の音が周辺を支配する。言葉の続きをクリストファーは発さない。
そろそろ会場に戻ろうか、とアイが動こうとすると第三者の声が発せられた。
「ローウェル公爵」
この声の主は……とアイは再び耳を澄ませた。
「盗み聞きをするような真似をしてしまい申し訳ありません」
「いるのは初めから気付いていましたよ、ミゲル様」




