幼馴染3人は冒険者になりたい! #2「戦闘という名の」
「さぁて、いっちょ暴れっか」
エルランドは、飛行しながら軽く関節を曲げ伸ばし、指慣らしをする。身体をほぐし終わると、ちょうどアースドラゴンの群れの上空に来ていた。彼はその場で一度止まると、パチンと一つ指を弾いた。そうすると、彼の両手に、薄墨の濁りを帯びた金色のナックルが嵌った。ナックルは凝った意匠をしており、随所に宝石が装飾されている。拳を何度か閉じたり開いたりして動作を確認すると、ニッと得意げに笑って、真下にいるアースドラゴンを目掛けて、一気に下降した。重力に加え、エルランドは自身に風系統の魔法を掛けて、さながら、海へ飛び込む鳥のように、猛スピードで空を下る。
「ふんっ!!」
エルランドは気を張り、落下の勢いをつけたまま思い切りアースドラゴンを殴りつけた。振り下ろされたその拳は、アースドラゴンの頭部に直撃し、断末魔のような咆哮を上げて、アースドラゴンはその場に倒れ伏した。
「まずは一匹」
残ったもう二体のアースドラゴンは、エルランドの急襲に気づくと、彼に向かって吠声を上げながら襲いかかる。
「おせぇんだよ! 翼も持ってねぇ飛ばねぇドラゴンなんざ、図体でけぇだけのトカゲ同然だぜ!」
アースドラゴンたちが自分の元へ来るよりも遥かに素早く、エルランドは倒したアースドラゴンの死骸から飛び上がり、再び空中で止まる。
「とっておきだ。纏めてぶっ飛ばしてやるよ」
両方の拳を打ち合わせ、強気な笑みを浮かべる。そうして、身体を自分から見て右手側のアースドラゴンに向け直し、右腕を真っ直ぐに突き出すと、アースドラゴンの真下から、細い一本の上昇気流が吹き出した。ニッと白い歯を剥き出したまま、今度は得意げに詠唱を始める。
「我、世を憂いし風の御子なり。嘆きの木霊集わせ、天を切り裂く嵐と成さん。昇れ、空裂嵐」
詠唱の途中から、気流の数は徐々に増え出し、勢いを強めていた。そして、詠唱を終えるや否や、アースドラゴンを囲うように作られた六本の気流は、その勢力を一気に強め、螺旋を組むように絡み合って渦を巻き始めた。一襲の嵐となった気流は、アースドラゴンの巨体を軽々と空中へと攫い、異なる方向へと吹き荒む乱流によって、アースドラゴンを引き裂いた。
「補強詠唱ですか・・・・・・」
エルランドがアースドラゴンを討伐する様を、望遠の魔法で観測していた背広服の男、アーサー・ハーミッドは、エルランドが平然とやってのける高等技術に息を呑んでいた。
(補強詠唱とは、その名の通り、魔法の威力や規模を補強するための詠唱のことである。
はい、二度目の登場、天の声です。
この世界において魔法を発動するための条件は、魔法式と呼ばれる魔法を構築するための図式を、八割以上の正確率で魔力によって編み上げることである。それに当たり、魔法式を構成する要素の大部分である定義文を読み上げる、詠唱を行うことで、魔法発動の条件を満たすのである。勿論、脳みその中で魔法式を八割以上正しくイメージし、魔力でその形を作り上げられるのならば、無詠唱での魔法発動も可能である。
また、詠唱は魔法式の構築時ではなく、構築後の発動前に行うと、その魔法の威力を向上させるものへと変わるという性質を持つ。この性質が、補強詠唱の原理である。すなわち、補強詠唱は、無詠唱で魔法式を構築できることが前提の技術なのだ。そのため、殆どの魔法使いには扱えないのである)
「さあ、取っておきパート2だぜ! 貰っちまいな!」
易々と二体目のアースドラゴンを討伐したエルランドは、そう言って三体目に向かって腕を伸ばす。
「我、人を憂いし風の神子なり。怒りの木霊集わせ、大地を穿つ嵐と成さん。下れ、地抉嵐」
またしても補強詠唱を用いて、エルランドは強力な風の魔法を行使する。今度は、アースドラゴンの真上で気流が円環状に渦を巻き始め、詠唱後に上方から巨大な竜巻となって、アースドラゴンの背に降り立った。竜巻は、その勢いでアースドラゴンの外皮をいとも容易く貫き、ついでその巨体を押し潰した。
「いよっし!」
担当の群れの殲滅を終えたエルランドは、また得意げな笑みを浮かべた。しかし、成果を誇るのも束の間、誰の担当にもない、八百メートル地点のドラゴンたちが、一斉にエルランドの方へと向かって走り始めた。エルランドはそれに気づくと、一瞬表情を崩したが、また直ぐにニッと歯を剥き出して笑い、迎撃体勢に入った。
「そうか、こっちに来んのか。なら、纏めて吹き飛ばしてやるよ!」
エルランドはそう言って両腕を広げると、詠唱を始めた。
「吹き荒みし天を裂く風よ、吹き乱れし地を抉る風よ、汝らは分かたれし一襲の風なり。我が命により、今ここに真なる姿となりて顕現せよ。汝、竜巻なり」
詠唱を終えると、勢いよく手を打ち鳴らす。すると、二襲の嵐はエルランドの元へと集まり、混ざり合う。そうして、融合した暴風は、エルランドの前で龍の形に変わった。
「教えてやるよ愚図ども。これが俺たちの故郷に伝わる、"龍"ってやつだ」
エルランドは合掌を解くと、人差し指を立てた右手を顔の高さまで上げる。そして、立てた指をスっと下ろすと、それを合図に、風で作られた龍は向かってくるアースドラゴン三体を目掛けて突き進んだ。空を切って飛び進む龍は、やがて、アースドラゴンたちの前まで辿り着くと、8の字を描くように周囲を飛び回る。龍の飛んだ軌跡に残る風が、彼が爪を立てたかのようにアースドラゴンたちを切り裂いていった。
「わぁ〜 相変わらず派手だなぁ、エルの颶龍。僕のやることだいぶ少なくなっちゃった」
エルランドの暴れぶりを持ち場から見ていたオスローは、言い慣れたような口調で感動する。
「まあ、僕は僕の最低限の仕事をしようか」
足元を見て言いながら、オスローはローブの内側から鎖のついた懐中時計を取り出した。濁りを帯びた金色の時計には、エルランドのナックルと同じような意匠が施されている。竜頭を押して時計の蓋を開くと、対照の二つの時計が現れた。本来時計がある部分にはXIIを頂点とする時計が、そして、逆位置のVIを頂点とする時計が、蓋の内側に当たる位置にあった。針は上部のXIIを頂点とする時計の方にのみあり、十四時を指していた。
「う〜ん、三時のおやつにはありつけるかな?」
時計の指す時間をじっと見て唸ったのは、実に呑気な理由からであった。しかし、彼にとってはとても重要な事項である────らしい。
「お昼食べ損ねちゃった分、おやつはちゃんと食べたいからね。悪いけど、手早く済まさせてもらうよ」
豊かに表情を変えながらボヤくと、エルランド同様、フフンと得意げに笑う。
「時針剣」
静かに魔法の名前を口にし、指を鳴らす。その瞬間、三本の時計の針の形を模した剣が、オスローの周囲に出現した。もう一度改めて指を鳴らすと、三本の剣は高速で回転を始め、アースドラゴンの首へ向かって飛んでいった。そうして、頑強なアースドラゴンの頸を一撃で容易く断ち切った。断頭した時針は、回転を続けて返り血を吹き飛ばしつつ、ブーメランのようにオスローの元へと帰ってきた。
「さて、レイの方は・・・・・・」
振り返ってレイヴンの方を見ると、レイヴンも自身の担当の処理を済ませていた。
★
ー五分前ー
「さてさて、それでは始めましょうか」
至極冷静に、相変わらずの手つきで眼鏡を上げ直す。そのまま右手を開くと、レイヴンの手に一本の巻物が姿を現した。巻物は紙製ではなく、ごく薄く延ばされた金属によって作られていた。薄鈍の混ざった黄金色の光沢の上に、色とりどりの宝石が散らばっている。レイヴンは巻物を手の中で三回回すと、詠唱を開始した。
「我が手の内に世界はあり。然れど、その世は現世にあらず。其は我が頭中の世。我が言霊は神託。我が意思は神意。我が世に入りし者、何人も、我に背くを我は許さじ。開け、神意はここに下る。創世界」
詠唱を終えると、四角形に魔法式が展開され、アースドラゴン三体を巨大な結界の中に閉じ込めた。すると、たちまちドラゴンたちは苦しみ、もがき出した。実は、レイヴンの固有魔法である創世界は、使用者の意のままに条件を設定、変更可能な空間を作り出すというもので、レイヴンはこの時、空間内部の条件に、"窒素と酸素の完全排除"を設定していた。また、それには、血中や肺胞内の窒素や酸素などの諸々の気体も含まれていた。内部の生物を完全な呼吸不能状態に陥らせるこの結界の中は、生物を殺すための処刑空間とも言える。
「呼吸を許さない擬似的な真空空間。これでも十分倒せますが、このような巨大な物体が残ってしまうと、邪魔になりますね。ポイ、してしまいましょう」
自身の勝利を確信したレイヴンは、ドラゴンを倒した先のことまで考慮し、アースドラゴンの死骸が残らないやり方を実行することにした。またしても眼鏡を直すと、新たに魔法を発動した。
「亜空送監」
魔法の名前を口にすると、結界の上部に亀裂が発生した。レイヴンは結界をアースドラゴンごと浮上させ、そのまま亀裂の先へと放り込んでしまった。
「はい、おしまい」
魔法を解除して亀裂を塞ぐと、いつにない砕けた言い方で息をつく。
「おっと、いけませんね。油断するとつい口調が崩れてしまいます。気を付けませんと」
レイヴンは額に手を当て、頭を軽く左右に振ると、また眼鏡を上げて、オスローたちのいる方角を見た。
「まあ、心配など、するだけ徒労でしょうね」
口ぶりはやや呆れたようであるが、その表情には安心がにじんでいた。




