第十一話 案内
「そこまで!」
ぱあん、という音と共に雪弥と翔子の間に教官が割って入った。翔子と雪弥の腕を掴みその刃が触れる前に止める。
完全に止まったところで彼は二人を離す。
「うん、みんな良い感じだね。学年首席相手にこれだけやれたらいいんじゃない? これ以上はちょっと危なそうだから、今日はここまで」
「はあ、つかれた」
「……もう二度としねえ」
「ははは、そうですねえ。もう寮の部屋とかは手配してるから日柳さんは案内してあげてください」
「は、わかりました」
「うん、じゃあ、そういうことでお疲れ様」
何やら紙に色々と書き込みをしてから教官たちは去って行った。片や名残惜しそうに、片や楽しそうに。戦った三人も凶器を消して、由宇のところに戻る。
「お疲れ様です。翔子さんは大丈夫でしたか? お兄様が本気で殴っておりましたが」
「ええ、だいぶ効いたけど、なんとかなると思う。無理なら保健室行けば良いだけよ」
「どうかご無理はしないでくださいね」
「ええ、ありがとう。さ、寮に行きましょう」
再び翔子の先導で学園内を歩く。特に会話はなかった。全員が色々と話したいことがあったが、話すならば寮でという暗黙の了解のもと歩いている。
好奇な視線も今が講義中だということもあってすっかりなりを潜め、おかげで行きよりは楽に学園内を歩くことができた。
校舎を抜けて広大と形容できるほどに広い軍事演習用のグラウンドで走る生徒たちを横目に、校舎脇の学生寮へと向かう。
全校生徒が暮らす学生寮だけあってその寮は大きい。雪弥たち風に言えば日本の小規模な四階建てのマンション程度はあるだろう。
そんな学生寮に入る。
「一階は共有スペースね。お風呂や、食堂なんかはここよ」
翔子の説明を聞きながら階段を上がって行く。
「二階は三年生。三階が私たち一年生の部屋のある階よ」
そう言って三階の手前側の部屋へ入る。二段ベッドが二つおかれた部屋。あるのは少しの収納と個人の机。
まさに勉強と寝るだけの部屋と言った風情だ。ただ学生寮といったこんなものだろうという考えからは外れていない。
「ここが私たちの部屋よ」
「私たち、ということはお兄様や恭吾さんもここですか?」
「ええ、将来は軍に入る人がほとんどだし、どうやっても力を持てば鬼と戦うことは避けられない。そんな時に男女の区別なんてしていられないから、だいたい一班四人で部屋は同じなのよ。まあ、班変更とかある時もあるから、固定じゃないし変わりたかったら変わればいいと思うわ」
「ああ、そうですか」
納得といった風の由宇。
「あら、意外、気にするかと思った」
「そうですか? ここに来るまで貧乏ゆえに兄と一緒にお風呂入ったり、一つの布団で寝てましたから、今更ですよ」
「そ、そう」
想像して顔が赤くなっている翔子。本当にからかい甲斐がある。かっこいい可愛らしい人だと由宇は思う。
このままからかうのもいいが、その前に、彼女に聞いておくことがある。
「班で一つの部屋ということは、私たちは班を組むということですか?」
「ええ、悪いけどそう言うことみたい。私としては私に一撃でも入れられたのだから、渡りに船で良いけど、あなたたちもそれでいいの?」
「別にかまいません、お兄様と一緒で在れば」
「同じく」
「……別にかまわないさ。どうせ、どこも同じようなもんだろう。それなら気の知れた奴らの方が楽だからな」
「そう、じゃあ、よろしくね」
そんな諸事情を聞いて、二段ベッドの割り当てを決めた後は、お待ちかねのお話タイムである。一番聞きたかったことを聞かねばならない。
「で、あなたの凶器の力、なんなのあれ」
「ん? ああ、あれ? うーん、と、なんだっけ、そう狂想だったよね凶器って。僕の凶器は他人の狂想を使えるんだよ。だから、変わるわけ。茨の鞭が由宇ので、刀は君の。まだこの二本しか変えられないけどね」
「…………は?」
聞いた者がその答えに呆けた。凶器を知るものならば当然の反応だった。なぜならばそれはありえないから。
狂うほどの想い。狂想には二種類がある。自己狂想と他者狂想。
簡単に言ってしまうと、自己狂想とは自分自身が持つ狂おしいほどの想いであり、他者狂想とは他人に向けられる想いである。
普通使われるのは自己狂想である。というより、これ以外に使われるはずがない。なぜならば、自己と他人であれば自己を優先するのが当然であるからだ。
他人を優先しているように見える翔子であるが、彼女もきちんと自身の中の想いに従っているだけのことなのでこれから外れていない。
凶器を出せる者は、著しく他者から与えられた狂想の値が閾値を下回る。彼の凶器がありえないのはこの点。自己に比重をおくため、他者の想いの値は反比例するように軒並み下がるのである。
他者の狂想を凶器に変える凶器。
ある一定の閾値を越えた他者が自分に向ける狂想を凶器に変えることのできる能力というのが翔子の予想である。無制限に使えてしまうほど凶器の能力は万能ではない。
翔子の雷化が踏み込みによる加速が必要であるように。凶器の力は無制限に使えるようなものではないのである。他人の狂想を無制限に使えるならば何本もあってしかるべきだろう。
「制限は?」
「んー、なんか強い想いしか無理っぽい感じ」
「…………」
やはり雪弥の凶器はおかしい。何度も言うが、自己と他人であれば自己を優先するのが普通なのだ。その中で他者の狂想を使う能力。閾値を超えた想いだけを凶器化するのが制限。
他者狂想を使うには自己狂想が邪魔である。つまり、それは自己がないということに他らなず、そこに矛盾が生じる。
まず間違いなく、凶器は自己の狂想の形であるはずだから。自己の想いの絶対値が閾値を超えたことによって生じるはずだから。
翔子は思う、そんなことを可能とする自己の狂想とはいったいなんなのか、と。いや、と翔子は頭を振る。今は、そこを気にするべきではない。おそらく、それは彼の中に踏み込む行為であるから。
昨日今日であった自分がおいそれと踏み込んでいいものではない。ただ、いったん保留にするだけで諦めたわけではない。
彼女は未だ、彼を認められず、彼を変えようと思っているのだ。狂想はおそらくそれに関係があると彼女は気が付いた。
だから、ひとまずは、納得したフリだけはしておく。
「そう、色々言いたいことはあるけど、わかったわ」
「それはよかった」
「じゃあ、良い時間だし、食堂に行きましょ」
時間も良いころあい。動けば腹を空く。ならば食堂に行こうという翔子の提案。反対などは特にない。魔術を使うのも動くのと変わらずに腹がすく。昼食の後は校内を案内するという事で四人は寮の食堂へ向かう。
昼時、腹を空かせた学生が集うはずであるが、そこにはあまり人はいない。昼間であればほとんどが校舎の方の食堂に行っている。わざわざ離れた寮まで来るのは物好きか、あまり人ごみを好きでない者くらい。
料理を注文すれば機関式の自動調理で食事が出て来る。味の方は正直に言ってそれほど良い物ではない。寮の共有スペースには調理場もあるが、そちらを利用する者の方が遥かに多いくらいには味は悪い。
戦闘食だとか、そう言ったのに慣れる意味合いもあるという。慣れていない由宇はやはり渋い顔で、翔子はそれを見て苦笑しながら、恭吾は特に気にした様子もなく、雪弥は変わらない笑顔で昼食を摂る。
ある程度満足した後、かねてからの予定に従って一行は校内を回ることにした。
大講堂と中講義室を見て回り、模擬戦で使用した訓練場、グラウンドや食堂、最新の演算機関と解析機関の情報処理室などと言った施設を見て回る。
そうしてやってきたのが教官棟。理事長を含めた教官たちの部屋がある棟だった。
「ここが理事長室ね」
一階の一番大きな部屋。上の階は教官たちの部屋であると説明されて最後に理事長室。おそらくは縁のない部屋だろうと由宇は思った。
だが、
「入りなさい」
そんな、綺麗な、いや、綺麗すぎて悪寒すら感じる声が理事長室の扉の中から四人にかけられる。思わず顔を見合わせた。
「いいから、入ってきて」
しかし、最上位者たる理事長の命令。逆らうわけにもいかず、四人は断りを入れてから入室する。
「いらっしゃい、私がこの士官学園の理事長をやってる豊陽よ」
叢雲士官学園理事長室。椅子に座る漆黒の夜会服を纏った女性がそう言った。彼女がこの士官学園の理事長なのだろう。
だが、予想に反して彼女は弱弱しく、華奢で細く小さい。抱きしめて力を込めれば小枝のように折れてしまいそうだと錯覚すらする。
理事長室は広すぎるというほどに広いというわけではないが、理事長室の椅子というものに座っているこの部屋の主人のせいか、酷くここは大きく広いように感じる。
だが、ここにいる全ての人間は思う。弱弱しく見えても叢雲士官学園という鬼を殺す者を育てる機関の長がそんな弱い女なわけがないだろう、と。
一度見たことのある翔子を別にして、由宇や恭吾はこの女を敵に回すのだけは、機嫌を損ねるのすら回避すべきであると感じた。
それは間違いではなく、彼女の瞳に映るのは底なしの闇だ。光すら反射して、そこにはなにも写ってはいない。見る者全てが呑み込まれている。
喪中であるかのようなベールの奥に浮かべた微笑は怖気が走るほどに美しく、濡れたような髪はさらさらと音が鳴るかのよう。
ああ、まさにこの学園の支配者だ。それがわかった。ゆえに、緊張で固まる。この学園の最上位者が一体何の用だというのだろうか。少なからず不安と恐怖に背中を冷や汗が流れる。
「ふふ、そんな緊張しないで、単純に顔を見たかったからよんだの」
「は、はあ」
「ふふ、面白い組み合わせ。でも――」
そこで彼女は間を置いた。一人ひとりをじっくりとその中身でも見るかのようにじっくりとみてから、
「――死相が視える」
そう言った。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
日柳の南外門。鬼を寄せ付けないという碩学たちが作り上げた壁に存在する出入り口の一つ。その南側から、一台の軍用車両が都市外へと出発する。
最新式の軍用装甲車両。一個小隊16人が乗り込んだ装甲車はゆっくりと任務のため鬼のひしめく暗闇の中へと進んでいく。
――大進行ノ兆候アリ
そんな叢雲士官学園の理事長からの知らせを受けた軍が調査のために派遣した斥候部隊だった。
「なあ、本当にあんのかよ」
部隊の一人がそんなこと発言する。
「あ? なにが」
「だから、大進行の兆候だよ」
「疑ってるのか?」
「ああ、小娘の予言なんぞほんとにあたんのかよ」
「ああ」
その物言いに、聞いていた男――キースは納得したよう。先に疑問をぶつけてきた男はつまるところ、正規に士官学校を卒業した者ではないではないのだ。おそらくはフリーの鬼狩り上がりだろう。知らないから、豊陽の能力について疑うのだ。
「確かさ、それについては。大進行ほどの予兆ならばほとんど100%といっていいくらいには信用できる」
「そうかい」
しかし、男は落ち着かないよう。それもそうだろう。大進行などという危険極まりないものの兆候が出たといわれれば誰であろうと落ち着かなくなる。
大進行。
その名の通り、鬼が群れを成して移動すること。過去に起こったときは一つの都市が滅んだという。だいたい千余から数千ほどの鬼がどこかを目指して進行するのだ。まさに鬼気迫るという勢いで。
一説によれば、強い鬼が生まれたことにより、弱い鬼が逃げているとも言われているが詳し所はわかっていない。
ただ、その進路上に都市があれば都市は滅ぶ。規模と相手の等級によるが、もしそれが多く高ければほとんど確実に都市は滅ぶ。人と機関は食い尽くされ、あとには何も残らない。
小隊に与えられた任務はその予兆を調査し、大進行の規模と進路がどちらに向いているのかを調べること。
ゆえに、進む。暗がりを。鬼の出る暗がりを彼らは進む。
都市を出て二日が過ぎた頃、小隊は報告のあった場所へと辿りつく。大きな盆地だった。偵察に向いた地形。山の上から盆地の中を覗き見る。
「……わかってはいたが……」
キースは呻くように言う。
ひしめく機関の駆動音、歯車の駆動音、機械の軋む音。
暗がりの中でそれは蠢いていた。蠢く漆黒の何か。それは、幾千の鬼が集まっている様子だった。大進行の兆候。彼らはどこかへ走り出す直前に、必ずどこかへ集まる。それが兆候。
規模は、二千くらいだろうか。正確な数はわからないが、感覚的にそれくらいだろうとキースは予測する。
鬼の等級は、見る限りは級。
ろ級が更に人と機関を喰らい進化した姿。ろ級と比べ格段に強くなっており、倒すには一体につき小隊規模で相手をしなくてはならない。怪物的な要素が強まりより異形然した姿になるが、それと比例して知性も向上しておりたどたどしいながらも人語を介すようになっている。
この耳障りなキー、キーと響く音は彼らの会話の声だ。
「は級ならば問題はない、か」
そう、は級だけならば問題はない。軍だけでも、余裕をもって対応できる。は級は未だ、皮膚有機体が光によって不活性化する。は級一体は小隊規模で相手すれば問題ない。
未だ、蠢くだけというならば、あと一ヶ月は時間があるその間に対策を練ればなんとかなるだろう。
そう、これだけならば。
「問題は……」
ここにはもう一つ盆地が隣接していた。双子盆地。日柳では少なくともそう呼ばれる地帯。小さな村があったはずの場所は、今や見る影もない。
そして、問題はそこにある。未だ、まったく何も集まっていないように見える盆地。瓦礫ばかりが目立つ。だが、そこには確実に紅い眼がういている。
「に級……」
そこにいるのは異形だ。完全な。既存の生物種に分類されない、竜やクラーケンなどと言った幻想の存在の姿形をした鬼がいる。
それは、は級が更に進化した姿だった。より異形性が上がり、既存の生物では分類できないような姿に変貌している。
その上で、特殊な能力すら持っているという。皮膚有機体は安定化し、光によって不活性化しなくなったため、暗がりから外に出るようになる再生だけでなく操作できるようになっている。
この段階に来ると一体につき一個中隊48人で当たらねばならない。それほどまでに高い戦闘能力を持つ。
あとの問題は進行方向。それが日柳の方向を向いていなければまだ、なんとかなるが。
「望み薄、だな」
キースは自嘲する。
どうみても紅い双眸は全て日柳の方向を向いている。つまりは、その裏側に何かがいるということで。大進行の侵攻経路は日柳を通過するだろうことは明白だった。
早く帰還して報告しなければならない。
そうしなければ確実に滅ぶ、
「ニンゲン、か。ほう、予兆に感づいて偵察ニ来タカ」
キー、キーと耳障りな声が背後からキースに降ってくる。
咄嗟に凶器を顕現し、斬りつけた彼の判断は間違いではなかった。だが、
「ふむ、コノ程度カ?」
「――――!?」
そこにいるものを見て、彼は絶句する。
そこにいたのはその両手を真っ赤に染めて、何かを咀嚼する人型の竜というべきもの。異形を無理矢理人型の型に詰め込んだかのような歪な人型。
キースは見た。キースは、見てしまった。
鬼が、咀嚼しているのは自分の同僚であるという事実に。首だ。驚愕の表情をしたあの、豊陽を疑っていた男の目がキースを見ている。
叫びださなかったキースは自分を褒めるべきだろう。ここで叫べば、全て終わりなのだから。だが、どの道助かることなどできはしない。なぜならば、目の前にいるのは、
「――――」
その考えに至り血の気が引く。
逃げろ、逃げろと本能が叫ぶ。だが、この赫の双眸が逃がしてくれるはずもない。見れば、己の凶器は半ばから折れていた。相手の皮膚有機体を傷つけることすらなく。
いや、いいや。それだけではない。腕が、折れていた。振るった腕が。その皮膚有機体の硬さに負けて無惨に折れていた。
痛みすらなく。
「まあ、いい。我らガ主ガ生まれるのダ。新しき二十二位ノ一人ガ生まれるのダ。我らガ祝祭ノ時ヨ」
耳障りな声で、鬼はそう言う。
その時には既にキースは全力で逃げていた。何でもいい。逃げなくてはならない。逃げられる望みは少なくても、逃げなければならない。何が何でも。この情報を持ち帰らなければならない。
だが、鬼が逃がしてくれるはずもない。キースの視界が一瞬のうちにぶれる。横に吹っ飛んでいた。回転する視界。その中で、自分の身体がばらばらになるのをキースは見た。
そして、それが最後に視た光景だった。




