第十二話 第107期士官候補生
しばらく、平和な日常が続きます。
翌日。
雪弥と由宇、それと恭吾は、支給された制服に身を通す。黒の制服。余計なものが何一つない黒の制服。制服というよりは軍装に近い。
まず、着るのは黒のインナースーツ。男は身体にぴったりとフィットした上下セット。その上に直接上着やズボン、女子ならばひざ丈ほどのスカートを着る。女子に関しては上のみで下は専用の下着のみである。
上着やズボンも身体に合わせたものであるが、脇や股などには激しい動きに合わせて、身体の動きを阻害しないように余裕を持たせてある。また、袖は身体の内側は短め、外側が多少長めになっている。
それら全ては瞬時に着替えることができるようにボタンではなく、片手でも止めやすい専用の留め具が使われていた。
そして、最後にブーツであるが、瞬時に履けるようこちらにも上着などと同じ留め具が使われている。
今まで着ていた服よりも上等であり、何より軽い。着心地は良いものだった。あとは、外に出るときはこれにプラスしてインバネスと帽子があるが、今はどちらもつけない。寮内を移動するだけならばいらない。
ただ、そんな制服に袖を通せば、まったく訓練を受けていない雪弥たちであってもそれっぽくなる。
「馬子にも衣装ですね」
とは、由宇の自虐の言葉である。
その後は寮の食堂で朝食を摂る。自炊しようにも、未だ食材などの買い出しにも行けていないのだ。何もない状態で何かを作れるわけもないので、今日もまたあの味気ない食事。
そして、やはり見慣れない三人の生徒が翔子と食事をしているとあれば食堂の注目の的になるのは必然だった。由宇はやはり落ち着かない様子で、その他三人は気にせずに朝食を食べる。
その後、担当教官に呼ばれた三人は教官についていき、翔子は大講義室へと向かう。同期生たちは既に集まっている。ざわざわとした講義室の中。話題は編入学されてくる三人について。
特に、八坂由宇についての話題がほとんどだ。なにせ、学園始まって以来、最高クラス称される魔術資質を持つ少女。誰でも欲しがる戦力だ。
凶器を持つ者もそうであるが、話題としては学園始まって以来の大魔術師になりうる人材の方が価値としては高い。凶器持ちは全体の2%しかいないとはいえども有用性からすれば魔術師の方が高いのだ。
ただ、ほとんどというだけであって、ないわけではない。比率として多いだけのことだ。なにせ、評判は除いて学年主席たる翔子に一撃入れたという凶器持ち。
話題にならない方がおかしい。しかも、噂に尾ひれが付いて、今では翔子が倒されただとか、そんな噂まである始末だ。
そして、そういう噂に目聡い友人は必ずやって来る。
「しょうちゃ~ん」
「ほら、来た」
どこかふんわりとしたゆるふわウェーブヘアーの少女が翔子の前にやってきた。
胸元に刺繍された名前は、雨野小夜音。翔子と同い年のはずであるがどこをどう見ても年下の女の子にしか見えないゆるい女の子だった。
ただ確かに可愛らしいのだが、どこか色っぽくつかみどころのなさそうな感じは、長い時を生きた長命な魔女を思わせる。あるいは妖婦だろうか。熟練の娼婦のような色香がなぜか感じられる。ただ、その端々にどこか幼さも感じられた。
彼女は魔術師であるのだから、あながち魔女でも間違いでは無いだろう。彼女にいれば笑われそうな話である。
そんな彼女、小夜音は翔子の数少ない友人の一人であり、彼女の難儀な性格をわかっている理解者でもある。そして、この手の話が好きな噂好きだ。
「むぁ? なんか言ったしょうちゃん?」
「何も。で、何?」
「噂について、教えて欲しいのぉ」
そう彼女は直球で聞いてくる。どこか男を誘う女のような艶やかさをかもしながら。
それについてはすっぱりスルーして、やっぱり、と口に出さず翔子は呟く。
「特に、何もないわ」
「でもぉ、一発ぅ、入れられたんでしょぉ? どうだったぁ?」
「まあまあって、ところよ。少し、予想外なことがあって、驚いただけよ」
「ふぅん、そーなんだぁ」
にたあ、と笑う小夜音。
「なによ」
「べっつにぃ~、なんでもなぁい。ということは、しょうちゃんの班に入るんだよねぇ。班員、いないのしょうちゃんのとこだけだしぃ」
「ええ、そうね。続くかわからないけど」
「ふーん……あ、そうだ良い男だったぁ? かっこよかったぁ?」
唐突に小夜音はそう聞いてきた。
「なんでそんなこと聞くのよ」
「後学のため」
「何が後学よ。知らないわよ」
「んんー、そっか、そっかぁ。じゃあ、自分でぇ、確かめるねぇ」
そういう小夜音の顔はまるで獲物を見つけた獣を想起させるものになっていた。ぺろりと、唇を舐めて、明らかに狙っている。
なにせ、この小夜音は、同期の男子のほとんどを食っただとか、そういう噂まであるほどの肉食系なのだ。男は放っておかない。もちろん女も。
しかし、それに翔子は気が付かない。素で気が付いていない。遊び慣れていない。堅すぎるのだ。まあ、そこが可愛いと小夜音は思うのだが。
「?」
「ん、しょうちゃんは可愛いなって、こと」
「なっ!?」
「ふひゅふふふ、んー、しょうちゃんに一発入れられたのは本当ってことは、期待できるんでしょ?」
「どうかな」
「でも、気にはなってるんでしょ?」
するどい。この友人はとても。
翔子は思う。確かに、そう気になっているが、小夜音が思うほど下世話なものではない。危うく、認められない。それでいて、心配になるあの少年を変える。
それだけだ。そう、それだけ。
しかし、それは友人には面白くないらしく、
「ぶー、面白くなぁい。しょうちゃんは、さあ、浮いた話とか興味ないのぉ?」
「今は、戦時下でしょ。そんなことしている暇ないわよ」
「むぅ、違うでしょぉ。戦時下だからこそぉ、子孫を残す努力は怠ったちゃぁ、駄目でしょぉ」
「そんなことしている暇があったら、一人でも多くの人を救うわ」
それが日柳翔子の存在理由なのだから。そのためだけに生きている。
「まあぁ、しょうちゃんはそういう人だよねぇ」
そんな翔子はやれやれ、という風に小夜音はジトり、とした視線を向ける。その理由がわからないのか翔子は首を傾げた。
「おーい、みんなー」
そんな中で、一人の非常に馬鹿っぽい少年が講壇に立って注目を集める。また、こいつかと同期は呆れ気味だった。
ただ、一方で、どんな面白いことをしてくれやがるんだろうかと期待もしている。
「聞いてくれみんな。これからさー、新しい仲間が来るわけじゃん? ほら、俺ってば、そういうイベントには全力を出す男じゃん?」
いや、しらねーよ、と総ツッコミ。
だいたい入学してから未だ二ヶ月ほどでしかないのだ。この第107期生もようやく学園の生活に慣れてきたぐらいであるし、イベント事などまだまだこれからで未だ一回もそういったイベントはない。
そんな中でこの男――住吉栄光がイベントごとに全力を出す男だと知っている者などたかが数人だろう。昔からの付き合いのある奴らだとか、そういう連中だけだ。
しかし、そんなことなど気にせず。むしろ、ツッコミもらって嬉しそうな住吉は続ける。
「だからさ、俺考えたわけよ。これから一緒に戦う同期になるわけだから、歓迎しないといけないなって」
そう彼は拳を握って力説する。
「ふむ、道理ね」
翔子は少なくとも悪いことではないと思った。付き合いは短いが、なかなかいいやつなのかもしれないと彼女は住吉の評価を上方修正する。
小夜音はというと、
「あー、これは悪いこと企んでるなぁ」
などと翔子に聞こえないように呟いて内心興味津々である。
翔子と違って付き合いは長い。初等部でも小夜音は住吉と一緒だった。ゆえに、彼の性格は理解している。この手の事で前に立つときは大抵悪いことを考えている時であるのだ。
だからこそ、彼女は非常に楽しみだった。今度は何をしてくれるのだろうか、と。
「てなわけで、黒板消しを仕掛けてみました!」
『馬鹿だ! 馬鹿がいる!』
「おいおい、そんな褒めんなよ、照れるだろ」
『褒めてねえよ!』
確かに、大講義室の入り口には入った際に黒板消しが命中するようにして設置してある。何も知らずに入れば黒板消しを喰らい真っ白になること請負だった。
しかし、だ。そう、あくまでこれは編入学生の歓迎の為にやっているのである。いや、まあ、諸々の疑問や歓迎になんてことしてんだ、という批評などを全て押し殺したとして、問題があるのである。いや、そもそも問題だからけなのだが。
「一番最初に入ってくるのって、確か教官のような?」
そう、一番最初に入ってくるのは編入学生を伴った教官である。つまりこのままやれば教官に当たるのは確実だった。あの教官ならばあたるだろう。
「あはは、また住吉君が馬鹿やってるぅ」
「笑ってないで、止めるわよ」
流石に教官相手にこんなことは許されないだろう。一年の担当教官が如何に緩い人だろうとも。特に、こういった小馬鹿にされるのを最も嫌う人だ。冗談で済まないだろう。だが、
「んー、いいなじゃないかなー? 編入する子たちだって、緊張してるだろうし」
「そういう問題じゃないでしょ、というか小夜音。あなた楽しんでない?」
「にゃはは、ばれたぁ? んじゃ、行かせないからねぇ」
「ちょっ、離して!」
ギャーギャー、そんな感じに争う二人、と講壇の上で小躍りしている住吉。皆触らぬ神にたたりなしとばかりに設置された黒板消しには触れもしない。
約一名。遅れてやってきた約一名以外。黒板消しを落とさないように無駄に凝った入り方をして講壇に飛び乗って、
「まったく、あんたら楽しそうよね! このあたしを差し置いて何をやってるのかしらねこの小市民共は!」
そうのたまう。
ああ、また面倒くさいのが、と言った風の同期生たち。講壇の上には半裸の女が立っていた。
着ているのは胸の部分しかないインナーのみ、惜し気もなく肌を晒している。上着はどうしたのかと思えばなにやらスカートのようなものに改造されてバラバラの紐状になっていた。どうみても、完全な痴女である。こんな女でも鬼を狩りまくり上を認めさせているのだから侮れない。
そんな女は、講壇の上にわざわざどこかからもってきたパイプ椅子を更においてその上に立って、腰をくねくね。
「やるなら、もっと過激に! あたしが目立つようにしなさい! ほら、ほら!」
何言ってんだこいつ。といったほとんどの第107期生たち。入学式から彼女――此花咲耶はこんな調子である。
「あはは、また、さくちゃんが面白いことしてるぅ」
「ええい、いいから離しなさいよ! いい加減止めないと!」
「だめよぉ。だってぇ、こっちの方がぁ、面白いじゃない。つっきーもそう思うよね?」
「…………」
羽橋月読と名の付いた腕章をつけて、顔を半分隠した天井からぶら下がる特殊忍装束の少女がこくりと頷く。
結局、翔子が彼らをどうにかすることは出来なかった。羽交い絞めにされていたのもあるが、何より時間切れになったのが致命的だ。チャイムの音と共に全員が席に座りその背を伸ばす。あくまでも士官学園。教官には絶対服従だ。
ゆえに、教官が入ってくる時は、そうやって姿勢を正しておかなければならない。私語も許されない。そして、教官が入室する。
その瞬間、住吉のトラップが発動し、黒板消しは教官を真っ白にした。時間が停まったかのような間の中、
「いよっしゃあ! 大成功!」
いつの間に作ったのか大成功フリップもって住吉が登場した。
あ、死んだなこいつと誰もが思う。教官の肩は怒りで震えていたからだ。
「おう! 教官どうよ! 編入してくる奴らのための歓迎の意を表してみたぜ!」
満面の笑顔でサムズアップして教官の前に立っている住吉。教官の肩はぷるぷると震えていた。どう考えても爆発秒読みである。
一番前の方。現在、茶番が繰り広げられている講壇近くにいた奴らはそれを敏感に感じ取り後ろの方へと避難する。
「あの、これはいったい?」
「なんだろうねえ?」
「…………」
気が付いていないのは住吉と編入した三人。
「はいはい、君たちも危ないからこっち来てようねぇ」
「え、あ、はい」
小夜音が三人を引っ張って避難させる。
「あーあはははは、面白い。いい度胸してるわ。んじゃあ、覚悟もできてんだろうなあ。おら、とっとと表出ろや。こらあ!!!」
その時、教官がそう低い声で告げた。得物である長剣を振るう。
女とは思えないほどの剛腕で振るわれたそれは、まったく避ける気のなかった住吉の胴見事に入り、彼を壁へと叩きつける。
凄まじい衝撃で壁から弾かれるボールのごとく弾かれて戻って来た彼に教官はアッパーを叩き込んで天井へと突き刺した。
「はい、天誅。んじゃ、面倒だからさっさと紹介しちゃうわねー」
そして、何事もなく続ける教官。ぶっ飛ばされて、天井に突き刺さって前衛的なオブジェと化して、なぜか嬉しそうな住吉を放置して第107期士官候補生の担当教官――杉原喜美は続ける。
編入学生三人。雪弥、由宇、恭吾の三人。三者三様の様子で。雪弥は、へらへらと笑いながら、由宇はなんなのこの状況と混乱しながら、恭吾は面倒臭いと億劫そうにしていた。
「じゃ、自己紹介しなさい」
「八坂雪弥です。よろしく」
「ええと、同じく、八坂由宇です。雪弥の妹です。ダメなお兄様の妹ですがどうか宜しくお願いします」
「……谷田恭吾だ」
「はい、良いわ。それぞれ、八坂兄が凶器戦闘科、八坂妹が魔術戦闘科、谷田が蒸気甲冑戦闘科ね。はい、そんじゃ、あとはあんたたちでやんなさい。私は、そこのバカのせいで所要ができたから」
とさっさと杉原教官はさっさと講義室を出て行った。チョークの粉をさっさと落としに行くのである。全自動黒板のくせに、住吉がどこからか調達してきたチョークの粉というか石灰をしこたまつけていたせいで真っ白になったので、教員室のシャワー室でも使うのだろう。
「おっし! 覗き行こうぜ!」
それを予想してか、天井から即座に降りてきた住吉が言った。
「行くかばか!」
「えー」
総スカンであった。
「ほら、住吉、あんな女やめた雌ゴリラよりあたしを見なさい! ほら、ほら! あたしの方がぴっちぴちよ!」
咲耶が再び講壇に現れてそんなことをいう。
「これは、また、キャラが濃いですね」
そんな奴らを見て人知れず由宇はそんなことを呟くのであった。
「あはは、面白いじゃん」
「……思ってもないくせに」
雪弥は肩を竦める。
「どうにも、大変そうですね、これは」
由宇の呟きは、目の前の騒ぎに飲まれて消えたのであった。
明日の更新は休みです。




