第十話 適性と力
「むず痒いな」
「不快ですか?」
「いや、全然」
「ですよね、はあ」
翔子に伴われて学園の敷地に入った二人を襲ったのは好奇の視線であった。どうにもそれ以外にもいろいろな視線があるようにも思えるのだが、あずかり知らぬ二人は気が付かない。
ともかくとして、その視線のほとんどは翔子といることに起因する。性格やその理想の高さを除いて、彼女は容姿端麗で文武両道である。
そのことから地下ファンクラブも存在する上に、この重機関都市日柳の都市統治会の代表の娘という超絶VIPに伴われている見知らぬ二人。
どう考えても、これは目立つ。良い方にも悪い方にも。それにゆえに道行く全ての生徒から好奇の視線を向けられていた。
良い方は純粋な興味や好奇心、悪い方は、敵意や嫉妬心といったそれだ。前者が一般的な反応だとすれば、後者はまず間違いなく彼女のファンクラブの視線である。ほとんどが女なのは推して知るべしだろう。
そんな視線にさらされて堪えるのは大抵、由宇である。人の前に立つのは慣れないのだ。日本においてもあまり目立つようなことはしてこなかったのだ。ゆえに、こういった場は非常に堪える。
雪弥はそういった機微自体がわからないので、堪えるということはない。あー、見られてるんだなあー、程度の認識である。そこから先は考えが及ばない。
では、翔子はどうなのかというと、視線自体には気が付いているものの、まったく気にしていない。それらが自分に向けられた行為の視線であるとまったく気が付いていない。どうにも自分の得意分野以外は苦手らしい。
そもそも、ある一定方向に特化しているのだ。具体的にいうと人を救う方向に。ゆえに、それに関係ない人の視線だとか好意だとかには非常に疎い。まあ、だからこそ由宇にもからかえる稀有な人材ということである。
さて、そのうちに校舎の中に入ると自然と好奇の視線も少なくなって幾分かは楽になった。相変わらず目的地には着かず、大きな校舎を奥へ奥へと進む。
「ここです」
そうやってたどり着いたのは訓練所とでも呼ぶべき建物だった。天井が高く、奥行きも幅もある。複数のブースに分かれているのかどのような訓練もここでできるようになっていた。
その中に入れば先に呼ばれていた谷田恭吾が訓練所に据え置かれたベンチに座っている。いつも通りの仏頂面だ。ただ、格好はいつもの煙突掃除屋のものではなく黒を基調とした動きやすそうな私服であった。
ちなみに、八坂兄妹は普通に私服を着ている。もちろん煤で汚れても大丈夫なように色の濃い黒系統に近いものだ。
「やあ、谷田」
「……だから、苗字で呼ぶなっての」
「おはようございます恭吾さん」
「おう、てか、本当に連れてきやがったな」
「だって、怒ると由宇怖いし」
「……嘘つけ、思ってもないくせに」
雪弥は肩をすくめて答える。
「本当ですね」
「……苦労するな」
「もう慣れました」
「……いいかしら、そろそろ始まるわ」
翔子が区切りの良いところでそう告げる。いつの間にか教官らしき男女が二人ほどやってきていた。
そこで揃って今日よばれた理由を説明される。由宇の適性検査と合わせて、雪弥と恭吾の人の力を見ることが今日の目的。
それらを説明し終えた後、複数の検査機関を持った女性教官が前に出て来る。可愛らしい女性だった。こんな人もいるのかと思いながら言われるままに由宇は指示に従う。
「では、八坂由宇さんはこちらに」
「はい」
「安心してください、全身を魔術的にスキャンするだけですから、気張らずに、自然体でお願いします」
「はい、わかりました」
機材の前に立って、機材が動き出す。ふと由宇は気が付く。機材からよくわからない文字の羅列のようなものが出ていることに。目を凝らしてみると、それはただの文字の羅列ではなく、もっと規則的な何かだとわかる。そう、例えるならそれは方程式。
何かを入力し、何かを出力するそれ。それが現れると同時に機関から何らかの力、エネルギーを感じる。魔術と言っていたから魔力だろうかと当たりをつけてそのあたりを良く視てみると、機関に何らかの回路が描かれていることがわかった。
核のようなものから魔力が回路を走り、そして効果を発揮しているのを見た。
「すごい……歴代トップクラスの魔術適性ですよ。それに、うそ……これ、すごいですよ!」
「――っ、は、はい」
不意にかけられた声で我に返る。集中しすぎていてたようで、検査は終わっていたことにすら気が付かなかった。
女性教官曰く、歴代トップクラスの魔術適性とやらを自分は持っているらしい。それも嘘だと思うようなことも。
なんとなく予想はつくし、何よりこの世界の魔術についてはあずかり知らぬことなので、とりあえずは説明を受ける。
「魔術、ですか。説明していただけますか?」
「はい、それだけの適性ですので、魔術戦闘科に配属されるのは間違いないでしょうし、説明いたします。いえ、まずは実演して見せましょうか」
では、行きます、と彼女は前置きをして、
「私の魔導路の属性は水なので、水の魔術を使いますね。一音節の簡単な奴です。
顕れよ、生命を育み全てを流し尽くすもの。
流麗なる恵みの水流。
顕現――水球」
身体の中央よりやや下のあたり丹田と呼ばれるような場所から右手の平まで術式燃料たる生命力、あるいは生命エネルギーと呼ばれる術式燃料を通していく。
自前の魔導路を術式燃料が通り、魔術の根源である魔力へと変換され、発声による言語式と手の平に存在する刻印式を合わせることにより式が展開され魔術が発動する。
女性教官の手の平から刻印式が展開され、そこに水の球が生じる。その過程を全て由宇の目は捉えていた。
「なるほど……こうでしょうか
顕れよ、生命を育み全てを流し尽くすもの。
流麗なる恵みの水流。
顕現――水球」
由宇は見たとおりにマネしてみた。身体の中央よりやや下のあたり丹田と呼ばれるような場所から右手の平まで術式燃料たる生命力、あるいは生命エネルギーと呼ばれる術式燃料を通していく。
自前の魔導路を術式燃料が通り、魔術の根源である魔力へと変換され、発声による言語式と手の平に存在する刻印式を合わせることにより式が展開され魔術が発動し、教官以上の水球が出現した。
「すごい! すごいですよ! 初めて魔術を見て、発動で来た人なんて初めてみました!」
「いえ、真似をしただけですよ?」
「いやいや、魔導路や魔力、術式燃料を直接見れる人って結構少ないんです。普通は感覚的に流すんで無駄も多いです」
「は、はあ」
魔術の基礎も知らない者にそんな専門用語で話されても困る。ただ、とにかく自分は凄いことをやったのだとだけ由宇は理解した。
一先ずは、戦えるだけの才能はあるということで助かったと安堵しておく。
「あ、す、すみません、えっと、魔術とは、ですね――」
由宇の返事で我に返ったのか、すぐに魔術について解説を始めた。
魔術とは、術式燃料を魔導路、正式名称「魔術式変換伝導回路」と呼ばれる外燃性燃料変換回路に流すことで魔術の根源たる魔力へと変換し、発声による言語式ともともと回路に備わっている刻印式によって発動させる超常の術のこと。魔術を使う者は魔術師と呼ばれる。
原理としては酷く単純なもので、魔導路によってエネルギーを作り出し、刻印式で属性を決定し、言語式によって魔術としての形を与えるといったもの。
「なるほど」
あまり、なるほどというほどわかったわけではないが、だいたいはわかったので由宇はそう言った。原理は頭では理解していないが、実際にやってみたことで身体は理解している。
「魔術の属性はどのくらいあるのですか?」
「ええと、そうですね正直な話、それはよくわかりません」
魔術には火、水、風、土などの属性が存在し、刻印式によって決定される。ただ、それの総数はわからない。
大抵はひとり一から二属性ほどであるが複数の変換式を持つ魔術師もいる。しかし、それはあまり良いことではなく、細分化するほどに魔術の威力や効果が弱くなる。
「なら、私は普通の人よりも八分の一ほどの威力ですか。弱いのですね」
由宇が持つ刻印式は、火、水、風、土、雷、氷、光、闇の八属性分。右手の平に火、水、浄化、光、左手の平に風、氷、回復、闇の四つずつである。
普通ならば細分化されているおかげで威力は通常一属性の魔術師の八分の一である。
「いえいえ、そこです。由宇さんが凄いところは、どういうわけか変換経路が複雑に組み合わさっていて威力が変わらないんです」
「…………あの、それあり得るんですか?」
「今、目の前でありえてます」
「…………聞き方が悪かったです、前例はありますか?」
「ありますよ。魔術の始祖と呼ばれる初代賢者がそうだと聞いてます。だから驚いているんですよ」
ああ、これは面倒なことになりそうだ、と由宇は内心でごちる。この手の才能、あるいは初代と同等だとか言われるとまず間違いなく面倒なことに巻き込まれるのはファンタジー系小説の鉄板だ。
しかも問題はこの手の噂はどうやっても止められないということだ。おそらく、書類審査だとか、なんやらかんやらの手続きが終わる頃には広まっているに違いない。
「はあ、大変ですね……」
様々な懸念を前に億劫そうに、由宇は呟くのであった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
一方その頃、雪弥はと言えば、恭吾と共に講義中であった。
「君たちの場合は既に凶器を出せるらしいけど、凶器についてほとんど知らないと思うから、少しばかり説明するね」
無駄に爽やかな教官が二人を前にそう言った。雪弥はいつも通り、恭吾は酷く面倒そうにそれを聞いていた。
「では、改めて――」
凶器。それは狂気とも言う。
狂うほどに想う心が具現化したものであり、心の刃。素質があり、一定以上の閾値に達した狂想があった場合これを武器として具現化したものが凶器である。
この能力について、研究はされているが原理は不明。魔術と同じく数百年ほど前に誰かが伝えたとされている。
そんなことを簡単に教官は説明した。
「――わかったかい?」
「ええ、とりあえずは」
「……おう」
「うん、いいね。じゃあ、これから君たちの力を見ようと思う。まあ、内容は単純。模擬戦をしてもらう。相手は、学年主席の彼女ね。二対一で十分かな」
翔子が凶器を具現化して既に紫電を纏っていた。
「勝敗条件とかは?」
「うん? ないよ。がんばってね」
「はあ」
「……おい、来るぞ」
「行きます」
紫電が走る。軽い一撫で、されどその速度迅雷につき、もはや人の目には追うことすらできないほど。だが、その一撃を雪弥を躱した。
見て躱したのではなく、ほぼ反射の域で躱した。また、同じく反射の域でその手に《無心》を顕現させる。
それを即座に《罪花》へと変える。それは己に許されたただ唯一の武器。その力によって極限まで強化された身体能力がその斬撃を躱すことを許した。
躱されたとみるや翔子は一秒を切り分けたそのわずかな隙間に、二の太刀を差し込む。大気を裂くようにして紫電を纏わせた刃は雪弥へと迫る。
雪弥は恐れることなく、その二の太刀を半ば無視して《罪花》を振るう。刀が迫れば誰であろうとも恐怖を感じるだろう。それによって行動が遅くなる。
だが、彼は恐怖を感じて行動が遅くなることなく、即座に鞭を振るった。ゆえに、二の太刀よりも早くうねる茨は翔子へと伸びる、音を置き去りにして。されど、
「遅い」
――その一撃は空を切る。
もとより音を置き去りにしたところで、光と共に動く雷を捉えられるはずもない。とんっ、と軽く、舞でも舞うかのように軽く地面を蹴ることによって、それを躱す。
雷化。それは地面を蹴り加速をかけることにより加速方向へと雷速にて移動する能力。その過程で翔子は雷と化すのだ。ゆえに、その速度は光のそれと同等。
確実にこの一瞬、《罪花》の攻撃範囲外へと翔子は動いていた。
「……行くぞ」
そこに放たれるのは炎の矢。
恭吾が小さく、されど鋭く圧縮された炎を放つ。鬼との戦いで気が付いたのは無駄。炎を球にするのは範囲はデカイが遅い。槍は威力は高いものの、構築に時間がかかる。ならば、速く構築できるものを用意した。
それは矢。大きさもちょうど良ければ威力とも採算が取れる。何より、手数を用意できるのが一番のメリット。
放たれるは十数の矢。連続で放たれるそれは真っ直ぐに一瞬の中空にいる翔子へと向かう。
「…………」
しかし、問題はない。
翔子は《建御雷》を振るう。紫電が広がり、炎の矢を打ち消す。凶器同士の戦いにおいて重要となるのは想いの強さであり、どれほどまでにそれを肯定できるかにある。彼女ほど己の想いを純粋に想っている者はいない。ゆえに、炎は打ち消される。
それと同時に、放つは雷撃。轟雷そのままにそれは放たれる。
「撃たせないよっと」
そこに差し込まれる茨の鞭。大きく横へと薙ぐ軌跡を描き、うねる茨は翔子へと向かう。地面を這うかのように彼女の足を狙って。
それを翔子は跳躍して躱す。地を迫る一撃。それを彼女は跳躍して躱すことを選んだ。ただし、前へと跳ぶ。それによって雪弥との距離を縮め、恭吾が炎による追撃を行えないようにした。
――その眼前に雪弥の拳が迫る。
跳躍しそれを躱したそこに雪弥は踏み込んでいた。鬼の一撃を受け止めるほどの膂力にて放たれる必殺の拳。それは容易く少女の肉体を破壊するだろうことは予想できた。
それほどまでに《罪花》の肉体強化は凄まじい。この短い間に翔子はそれを把握していた。当たれば如何に強化した己の肉体であろうとも破壊するに違いない。そう確信できるほどの一撃だ。
「けどね」
当たらなければ、もしくは威力が乗る前に止めてしまえば意味はない。フェイントもなく武術の心得もなく放たれた拳。
確かに威力は脅威ではあるが、学年主席に当たるはずもない。《建御雷》を持ち替えた右手で打撃に威力が乗る前に掴む。そのまま雷を流し昏倒させる。それで勝ちだ。
だが、翔子に捕まれたまま雪弥は拳を振り抜く、下へと。捕まれたことからして、雷化は常時行っていない。その移動は制限があるのだろう。制限がなくとも、少なくとも持続性のあるものではないのは確か。もし常に雷速で動けるならば攻撃は絶対に当たらないからだ。
ならば、どうするか。答えは単純だ。その発動よりも速く叩き付ければいい。強化された身体能力ならばやれる。相手が何かする隙を与えなければ。
――その時、銀閃が閃く。
そんなこと、妨害しなければこのまま叩き付けられることくらい翔子にもわかる。ゆえに、床へ叩き付けようとして、がら空きとなった雪弥の首元へと《建御雷》を振るう。勿論寸止めはする。だが、限りなく殺意、本気の殺気を乗せて振るう。
濃密な死の気配。それは圧となって雪弥を襲う。普通ならば、即座に避けようとするだろう。誰でも死ぬのは怖いのだから。
だが、
「――っっ!」
《建御雷》が止まる。止めたのは翔子自身。なぜならば、雪弥が斬首の一撃をよけようとしなかったから。
まさか、模擬戦だから死なせないだろうという考えからだろうか。いや。いいや、違う。翔子は躊躇いなく振るった。まず間違いなく、素人であれば恐怖するであろう殺気を乗せて。
事実、入学当初にパーティーを組む時に実力をみるために行った模擬戦の時も同じ風にやった場合、きちんと避けた。誰だろうと死ぬのは怖いから。
だというのに、雪弥はまったく避ける素振りすら見せなかった。ゆえに、翔子は自ら刃を止めざるを得なかった。
そして、それは隙だった。妨害がなければ振り下ろせるのだ。ならば、この致命的な隙はそれを確実にするものに他ならない。
「――ガッ!!」
雪弥によって翔子は床へと叩き付けられる。その衝撃は凄まじく、床に隕石でも落ちたのかと思うほどの衝撃でクレーターが出来上がった。流石の翔子も腕を掴んではいられない。
雪弥は腕が離されたとみるや更に追撃を放つ。今度は掴まれていた右。利き腕から放つ。そこに躊躇いはない。
普通ならば人を殴るとなるとどんなに覚悟を決めようとも躊躇する。それが女であれば、普通ならば躊躇う。だが、最初から雪弥は本気で攻撃を放っていた。
握り込まれた拳が振るわれる。躊躇いなく全力を傾けた一撃。拳が到達するその刹那、咄嗟の判断で足を振り上げ地面を蹴る。
多少の加速。だが、一瞬の雷化には十分。天井方向へと雷と化した翔子は一瞬で到達し、雪弥たちと距離を取って着地する。
その瞬間、血を吐く。
「かはっ――」
翔子へ雪弥が与えたダメージは大きかった。だが、血を吐くも、翔子は倒れない。未だ戦意は衰えず、いや、むしろ増大しているように思える。睨みつけるように雪弥を睨んでいた。
「惜しい」
そんな睨まれている中で、そう臆面もなく雪弥はそう言う。そんな雪弥に翔子は問う。
「あんた、命、いらないの?」
「? いや、いるよ」
「なら、なんで避けないの。まともな神経してたら恐怖で勝手に避けるでしょう」
一瞬、翔子が何を言っているのかわからないとばかりに目をぱちくりさせた雪弥は数瞬後、ああ、と何かに気が付いたようにぽん、と手を叩いた。
「そうか、普通ならそうだった。いけないいけない、これじゃ由宇に怒られちゃうや」
「…………」
何だ、こいつは、翔子の脳内にはそれ以外の思考が消える。その間に放たれる恭吾の炎の矢を反射神経のみで捌き、思考は全て目の前の男――八坂雪弥について考える。
普通なら、そうだった? 雪弥はそう言った。確かに翔子は聞いた。まるで自分が普通でないみたいに。
その言い方だと、まるで自分は普通ではなく、恐怖を感じないから避けなかったと言っているように聞こえる。
何たる上から目線だろうか。これが翔子を超える圧倒的な実力者であったならなその言い分も通る。だが、翔子が見る限り素人だ。二対一であるのに、連携も取れず、事実上一対一。動きもそうだ。力は強いが、それだけ。
ならば、それは文字通りの意味に彼女の中で解釈される。恐怖を感じなかった。つまり、それは命を取られても構わないと思っているということである、と。
単純だ、恐怖を感じないのは狂人くらいである。狂人は総じて命を無為に捨てる。目の前の男もそんな男だろうと、彼女は解釈した。
ならば、それは、もっとも彼女が嫌うもので、もっとも認められないものだった。
「命を、大切にしない人なんて、大嫌い……」
その呟きは雪弥には聞こえなかったが、想いは届く。それは、狂えるほどの想い。認められない。認められないから、排斥するのではなく、変えてやるという想い。眩しいほどの決意。真っ直ぐな。
そんな想いを、雪弥は感じて――。
「僕は何も持っていない。
かつて、あの日、あの時に僕は全てを失った。
ゆえに、これは与えられたもの。彼女にもらったもの。
これは彼女の狂想。
それは僕に対する認められないという憤り。
それは僕に対する眩しい変革の決意。
僕は、その狂想を抜き放つ。
狂想顕現――凶器・閃心刀《八雷》」
――ゆえに、言の葉を紡ぐ。
力を見せるならば、これが一番だろうと思ったから。彼女の想いを見てみたかったから。だからこそ、言葉を紡いだ。《無心》の力を使うための言葉を。
狂想が顕現する。それは刀だった。紫電を纏う雷電の刀。
誰よりもまっすぐで、誰よりも鮮烈に、誰よりも輝く尊き心の形。憤り、認められないとしても、そんな人ですら救ってみせるという輝かしい日柳翔子が八坂雪弥へと向けた想いの形。
その顕現に、雪弥以外の全員が驚愕する。
「……おいおい、また変化すんのかよ」
「うそ……それは――」
「なるほど、八坂君、君はまさか……」
驚愕の中で、ありえないだろうと常識を疑う恭吾、全て気が付かずともそれがなんなのか気が付いた翔子、全て気が付き、その在り様について思いを巡らせる教官。
三者三様の反応を示す中、雪弥は動く。
「さて、行くよ」
刀。まだ、鞭よりは使いやすい。かつて日本にいた時は高校の授業で剣道も習っている。ならば、鞭以上に、まあまあ、マシ程度には扱える。ただ、それでも勝てるとは思えない。如何に武器が同じ性能であっても、むしろ同じであるならばより一層技量がものを言うから。
だが、彼は踏み込んだ。迸る紫電と共に雪弥が疾走する。恐怖はないのか。躊躇いはないのか。ないのだろう。だからこそ、彼は踏み込んでいる。紫電と化して翔子へと迫る。刃を振るう。
「――っ!」
それを翔子は受ける。呆けている暇などない。驚いている暇などない。
ともかく、今は、目の前の相手に集中する。自分の考えが正しいことを証明するためにも。その上で、目の前の男を変えるために。
紫電と紫電がぶつかり合う。弾かれるように、あるいは磁石が反発するかのように距離を取った二人は、再び踏み込もうとするその瞬間――。




