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狂想のインサニティエッジ  作者: テイク
第一章 始まり
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第九話 学園へ

 夜が明けて、朝。日は見えずとも朝は来る。少しばかり明るくなる。それがこの重機関都市(ハイ・エンジンシティ)の朝。

 昨夜、あれだけの騒ぎがあったとしても、日柳(くさなぎ)は変わらない。それはいつも想定される事態であるから。

 人が一人死んだとしても世界が変わらず回り続けるように変わらず都市中央の“大機関(メガエンジン)”が稼動を開始し、つられるように“機関群(エンジングループ)”も稼動を開始する。

 いつもと同じように、ささやかな、機関の駆動音が聞こえ出す。

 いつもと同じように、蒸気導管(スチームパイプ)を動力が伝わり、僅かな、されど確かな熱が街を包む。

 いつもと同じように、確かな熱と同時に大冷却機関(ハイフリーザーエンジン)が動き出し冷気が通りを満たしていく。

 ささやかなそれらを感じると共に由宇は起き出す。いつもと同じ朝。いつもの、変わらない。変わらない同じ一日の始まり。

 そのはずだった。


「おはよう、由宇」

「ぅ、ん、おは、よう、ございます、お兄、様……?」


 しかし、今日はいつもと違った。いつもと違って、おはようの挨拶が由宇にかけられる。

 寝起きのぽやぽやした視界には、確かに見慣れた少年が映っているよう。兄である八坂雪弥が家にいる。はて、これはどういうことだろう。

 いつもならば、まだ兄たる雪弥は帰らないはずである。どんなに早くても彼の仕事が終わるのは由宇が働き始めるより少し前なのだ。

 そのため、いつも喫茶店で会い、朝の挨拶をするのが普通。つまり、これは異常なことで何かが起きたことに違いない。例えば、仕事をクビになっただとか。何かあるとしたらそれが一番だろう。

 ゆえに、


「お兄様、何が起きたのか吐いて下さい」


 前置きもなくそう聞いた。

 何か起きたのならばそれは兄の仕業であるというのが彼女の考え。酷いと言われそうであるが、そういわれるだけの実績を雪弥は持っているのだから仕方ない。

 そして、それは全て自分の責任であるということも由宇は理解していた。


「え、いきなり?」

「クビになったのなら正直に言って下さい。怒りませんから。それくらいの蓄えはありますから」

「いや、由宇違うよ。そういうことじゃない」

「では、何があったのか言って下さい」

「鬼と戦った」

「は?」


 ぽかーん、とした由宇を誰が責められよう。鬼とはこの世界において死の象徴と言われているのである。由宇とて出会ったことはないが、小説や喫茶店の同僚である三上に聞いた話を合わせて彼女が想像した通りであるならば、鬼とは相当危険な敵であることは明確である。

 それと戦った、などと、まるで気軽にコンビニに行ってた、みたいな報告と同じように言われれば誰でもそうなる。

 しかし、雪弥はそれをうまく聞き取れなかったのだろうと判断して繰り返す。


「鬼と戦った」

「に、二回も言わなくてもわかります! お兄様、お兄様は煙突掃除に行っていたはずですよね。何で鬼と戦ってるんですか!」

「成り行きで」

「お兄様!」


 ちゃんと説明して下さいと由宇は雪弥に詰め寄る。わかったわかったと雪弥は昨夜の一部始終を彼女に語って聞かせた。

 そしたら案の定、


「お、に、い、さ、ま!」


 私、心底怒っていますという表情の妹。近かった距離が更に近くなる。

 それはそうだろう。自分が悠々と自宅で寝ていた間に兄は命の危険を冒していたのだから。妹でなくとも彼を案じる者ならば誰でも怒るだろう。それほどまでに危険なことをしていたのだ。下手をすればここにはいなかったこともありえた。

 もちろん雪弥はこうなることを予測していなかったわけではない。高確率で怒るだろうと考えていた。そういう妹であると長い付き合いの経験で知っている。そして、それが普通の反応であることも。

 だが、何の対策もなかったわけではない。この妹が怒りを収める方法もきちんとわかっている。長い付き合いなのだ、わかる。

 そして、それは一般にズルと言われるようなものだが、そんなこと知らない。怒っている妹の相手ほど疲れることはないのだ。


「でも、ほら、谷田は見捨てなかったよ」

「……はあ」


 雪弥の予測通り、深い溜め息と共に由宇は身を退いた。助かったと雪弥は息を吐く。別に安堵したわけでもない、当然の結果なのだから。

 そんな彼から由宇は退いてしまう。自分はこの兄に強く出れない。出てはいけない。それを兄はわかっている。ズルいと思う。けれど、それも仕方ない、と彼女は思ってしまうのだ。

 ゆえに、溜め息を吐いて、もういいです、と告げて、


「つまり、お兄様は今日、その叢雲士官学園とやらに呼び出されたというわけですよね」


 と確認する。それに雪弥はうなずいた。


「そうだよ。そろそろ迎えが来るはず。だから、準備して」

「はい……いえ、私もですか?」

「そうだよ」

「いえ、あの、呼ばれたのはお兄様だけなのでは?」

「うん、そうなんだけど。聞いた限りじゃ、凶器? を出せた僕は強制的に入学らしいんだよ。寮生活らしいからね、由宇一人残していくわけにはいかない。それに止めても来るでしょ?」


 そう、わかっているよ、いうような顔で言う。


「………………はあ、わかりました。着替えるので外に出て行ってください」


 すごく何か言いたそうな由宇であったが結局は何も言わなかった、それが無駄であるとわかっているから。

 士官学園に妹と一緒に入学する。それがどういうことであるか、この兄はわかっていない。

 叢雲士官学園。士官学園と聞くだけでわかるだろうが、士官、有体に言ってしまえば軍人を育てる場所だ。詳細を知らない由宇ですらわかる。

 この場合は人を殺す軍人ではなく、鬼を殺す軍人という違いはあれど、そんな違いは些細な誤差に過ぎない。

 問題は、そんな重大なことを妹本人に相談することなく、反対する可能性もあったというのに、二人の入学を勝手に決めていたということ。

 常々常識的に行動してくださいと妹に言われていた雪弥は、躊躇いもせずに妹の入学を決めていた。妹を軍人の道に引き込むということにも関わらず。

 まさか、ただの兄のおまけとして入学させるわけはあるまい。士官学園とて、戦えないものを住まわせるほどお人好しではないだろう。

 事実、寮生活をできるのは生徒のみと雪弥は聞いていた。ゆえに、由宇も士官学園に行くならば戦わなければならなくなる。常に死と隣り合わせとなるであろう戦場で。

そんな過酷な選択を雪弥はためらいもなくしたのだ。何があろうとも一緒にいるから、置いていかないでくださいね、という由宇との約束を守って。

 普通ならばこんな状況であればそんな約束は破るだろう。妹を命の危険にさらさないために。だが、雪弥はそんな躊躇などなく、約束と過去に同じように離れ離れになる状況で由宇が離れたくないと怒ることを思い出したため妹と一緒の入学を選択した。 

 怒られたくないというのが普通の考え方だと考えて。由宇は怒ってもいいところだ、別な意味で。嘆いていいはずだ、別な意味で。

 だが、彼女はそんな選択をした雪弥を責めることができない。雪弥をこんな選択をするような人間にしてしまったのは自分であるから。

 八坂由宇は八坂雪弥から離れない。離れてはいけない。彼を幸せにするために、自分を使い潰すと決めたあの日から。

 つまりは、これもまた八坂由宇という人間への罰と贖罪なのだ。だから、甘んじて受ける。どのみち雪弥が止めようとも由宇は志願しただろう。それだけのことを自らは犯したから。

 ゆえに、何も言わず雪弥を追い出し、着替えをした。ああ、この部屋ともお別れですね、と思いながら。


「お兄様、準備できました」

「うん、ちょうどきたみたい」


 ノックと失礼しますという言葉と共に一人の少女が入ってくる。

 黒の学生服を纏い、学帽にインバネスという出で立ち。長身ですらりとして、尚且つ凛とした彼女の雰囲気もあって学生というよりは正規の軍人のよう。

 可愛らしいというよりは美しい、綺麗などと言った言葉の似合う少女、昨夜紫電を放っていた日柳翔子(くさなぎしょうこ)その人だった。


「準備は、出来ているかしら?」

「出来てるよ」

「はい」

「……本当に、妹さんも来るの?」

「うん、だって、兄妹だもん。離れちゃだめでしょ」


 その一言に翔子の雪弥を見る視線が厳しいものへとなる。本当にわかっているのかとその瞳は語っている。それはつまり、か弱い妹を戦わせるということなんだぞ、と。


「えっと――」

「ああ、日柳翔子よ」

「はい、では、日柳さん。私は八坂由宇と申します。あまり兄を悪く言わないでください。色々と事情があります。兄の決定に私は納得していますから気にしないでください」

「…………そう、わかったわ」


 本人が納得しているのなら良いだろう。それにもしもの時は自分が救うのだという決意をして、翔子は二人を伴いアパルトメントを後にする。そのうち業者が荷物を全て寮に移す手はずになっていた。

 それから、翔子が手配した車に乗って叢雲士官学園へと向かう。この世界に来て初めてのった車に由宇は感心していた。 

 蒸気機関で動く自動車。蒸気機関が異常発達しているこの世界において全ての機械は蒸気機関で駆動している。

 来てすぐも驚いたが、実際に車に乗ってみても驚く。やはり一週間程度ではまだまだ、驚きはそこら中に充ちている。退屈しないですね、と思いつつ由宇はそっと、隣に座っている翔子を観察する。

 綺麗な人だと思う。かっこいい人とも。刀みたいにまっすぐなのだろうなとも思う。こういう人物の方が兄にとっては良いのかもしれない。

 自分ではどうしても兄を、雪弥を変えることはできないから。


「私の顔、なにかついてる?」


 そう言う風にじー、っと見ていたからだろうか、翔子に気付かれてそう聞かれる。


「いえ、お綺麗だなと思っていただけです」

「うぇ!? そそ、そんなこと、ない、わよ」


 慌てることなくそう答えると顔を紅くして否定してくる。反撃のお返しもなし。


――あら、意外に初心。


 この都市の同年代は、三上を筆頭にしてどうにも遊び慣れしすぎていて遊び慣れていない由宇はいつもからかわれる。そんな彼女にとって、からかえる相手というのは実に貴重。

 少々悪戯心を刺激された由宇はからかってみることにする。


「ふふ、謙遜しなくても結構ですよ。事実、日柳さんはお綺麗です」

「け、謙遜、なんて、そんな、わけ」


――あらあら、可愛いらしい。


 耳まで真っ赤にしてしどろもどろになっている姿は凛とした先ほどまでの彼女とは打って変わって非常に可愛らしい。もう少しいじめてみたいものであるが、あまりいじめすぎるのも良くはないだろう。

 バランスが大事であるが、加減がわからない。それは追々ということにしておいて、今は彼女からできる限り情報を集めようと由宇は思う。


「では、日柳さん、少し質問してもよろしいですか?」

「……こほん、いいわ。ああ、あと翔子で構わないわよ」

「わかりました。では、叢雲士官学園に向かっていると思うのですが、どのような場所ですか?」

「そうね、軽くで大丈夫かしら?」

「はい 構いません。ただ、正直な、主観を教えてもらいたいです。」

「わかったわ。じゃあ――」


 翔子に叢雲士官学園について由宇は説明を受けた。

 翔子の主観によれば、生徒の自主性を重んじた自由な校風。いや、放任主義というかなんというか。それでありながら、軍隊らしい規律遵守だけは徹底している学園であるらしい。

 そんなことを聞いた由宇の評価は、


「退屈だけはしなさそうな学園ですね」


 退屈しなさそう、であった。そんな感想に翔子は苦笑だ。

 由宇からすれば、正直なところは実感がわかないというのが本当のところである。なにせ、士官学園などというものは現代の日本ではとっくの昔になくなっているのだ。実感がわかなくて当然。戦後生まれ舐めるな、である。

 ただ、年齢の低い由宇でも入れるのだから、相当融通が利くというか頭が柔軟だとも思うが、その反面話を聞いてみるとお堅いところはお堅いと言った印象。

 全て翔子の主観の話であるが、それだけに結構生々しい話を聞ける。人の主観というのは実に馬鹿にならない。


「ありがとうございます」

「参考になったかな?」

「ええ、ありがとうござます。もう少し聞いていたいものですが、そろそろ到着するみたいなので、あとは学園の方に聞きたいと思います」

「そうね」


 既に自動車は北の学生街に入っている。通りを歩くのはほとんどが学帽を被り、学生服に防寒着なのだろうコートを羽織った姿ばかり。丁度、通学時間なのか大通りはどこも黒一色だ。

 時折、翔子と同じ武器を持ったインバネス姿の学生も見える。他とはどこか雰囲気の違う制服を着ているので目立つ。

 なるほど、あれが叢雲士官学園の生徒なのだろう。他の学生と雰囲気が違うのは制服がより軍服然としているからか。ただ、その中身についてはさほど他の学生と変わりはないように見える。見るだけで実態はわからないのだが。

 そうしているうちに自動車は長い坂を登りきる。小高い丘の上。そこに叢雲士官学園は存在している。


「さあ、着いた」

「大きいなあ」

「ですね、大学くらいはあるのでは?」


 門のところで自動車から降りて門の向こうを眺めながら二人はそんな感想を抱いた。とにかく士官学園は大きかった。二人はあまりの規模に、ぽかーんとしている。

 自分もここに来たときはそうだったなあ、とか翔子は数か月前を思い出して、そんな自分を見ているようで笑みを浮かべた。


「行きましょう。お兄さんの方は良いけど、妹ちゃんの方は適正とか調べないと行けないから、早く行って始めちゃいましょう」

「はい、そうですね」


 そうして、二人は叢雲士官学園へと足を踏み入れた。


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