第7話
アーデハルト王国、王都アーデンヴェルク。
王都の片隅にある馴染みの酒場。
「さあ、さっそくはじめましょう! アルルさまによる恋愛講座!」
葡萄酒を片手に、アルルが上機嫌に語りだす。
「おお! んで、何を教えてくれるんだ、アルル!」
ニトが前向きに言葉を返す。
「そうね。まあ、まずはデートの作法ね!」
「ふむ。だが、その前に聞きたい。デートの定義とは何だ?」
レゼリアが真剣な表情で問いかける。
「定義ね。そりゃ、男と女で遊びに行ったらデートじゃない?」
「飯でもデートなのか!?」
ニトがさっそく骨付き肉を喰らいながら問いかける。
「そうね。ただ、重要なのは相手に気に入ってもらうことよ。だからそういう風にがっついちゃダメ」
と、アルルがニトが食べていた骨付き肉を、口から離す。
「おい、何すんだアルル!」
「いい? デートの作法として、女たるもの上品に食べなければならないのよ」
「えー! めんどくさいぞ」
と、あからさまに不満を表情に出すニト。
「でもアルル。さっきだってレゼリア様も言っていましたわ。素の方がいいのではって」
「そうね。もちろん、いつまでも無理をするのはよくないわ。だけど、いい? 相手は初対面よ。アタシたちみたいに、普段から飲んだりしてるなら別にいいけど、こっちも相手も、お互いにどんな人か知らない。そんな状況で、最初くらいは上品にふるまわなきゃ逆に相手に失礼よ」
「ふむ、たしかに。アルルの言うことも一理ある」
レゼリアが葡萄酒を静かに飲み頷く。
「どうせニトのことだから、隠そうとしたって隠すことができないのはわかっているわ。それでも、じゃあ全部曝け出せばいいってもんでもないでしょ?」
「それはそうですね。まあこの際だからニトも少しは上品にふるまってみるのもいいのではありませんか?」
ローナが同意する。
「えー、上品ってどうやるんだよ」
「ナイフとかフォークを使って食べるのよ。そうすれば、いまみたいに油まみれの手にはならないでしょ? というか、相手は料理人なんだから、少しくらい料理の食べ方を学んだほうがいいわ」
そう言ってアルルはニトへと食器を差し出した。
「そうですわね。まずはナイフとフォークの持ち方から練習しましょうか」
ローナまでニトの脇に立ち、二人でニトへの指導がはじまる。
「それでナイフの持ち方はこう……」
「こういう風に口元に持って行って」
「だー!! わかったわかった! ちょっと一旦離れろ! 一回自由に食わせろ!」
「だめよ! せっかくできてきたんだから、もう一回!」
三人があーだこーだ言いながら苦戦しているのを、レゼリアは見つめ、
「……こういうのもなかなか楽しいものだな。少し寂しくなるが…… 上手くいくといいな、みんな」
葡萄酒をゆっくりと飲みながら、そう小さく言葉を吐いた。
◆
それから、数日間。
アルルとローナを中心に、ニトへの恋愛講座や準備が続く。
◆
「そうね、今日は服を見に行くわよ! やはり、デートと言えば、勝負服!」
「えー、でも俺、勝負鎧が……」
「普通の女子は、デートに鎧をつけてこないわ!」
「むー、じゃあ斧は……」
「斧も持たない!」
「じゃあ、ベヒーモスでも現れたらどうするんだよ!」
「現れないわ」
「じゃあ、魔王は!?」
「魔王は私たちで倒したじゃない?」
「……クソー!! 俺の命より大事な斧まで奪われるのかよ!」
◆
「あら、このスカートとか似合うんじゃない?」
「こちらのドレスはどうでしょうか?」
「おい、そんなフリフリした服を着るなんて冗談じゃないぞ!」
「いいじゃない。アンタこういうのも意外と似合うわよ」
「そうですわ、一度着てみたらいいのですわ」
「おい、レゼリアー! 助けてくれ!」
「いいじゃないか。私も似合うと思うぞ」
「レゼリアまで俺を裏切るのか!?」
「ふふ、まあ世界を救ったしな。少しくらい、ニトだっておしゃれをしてもいいだろうさ」
「なんだよなんだよ、こないだと言っていることが違うぞ!」
「……世界が変わったように、私たちだって変わってもいいだろうさ。せっかくの機会だし、試すくらいなら、いいだろう?」
「ねえ、ニト! これ着てみなさいよ!」
◆
「次は美容院ね!」
「アルルー! このスカートさっきからスースーして慣れねえんだけど」
「でも、よく似合ってるわよ、ニト」
「そうか? ま、じゃあいいか! で、美容院って何するんだ」
「髪の毛を整えるのよ。ほら、アンタせっかく綺麗な長い髪なんだから、結ってもらったらいいわ!」
「そうですわ。それにニト。あなた、せっかく綺麗な肌をしているのですから、お化粧も大事ですわよ」
◆
「お待たせしました! 最高に可愛くなりましたよ!」
ニトのカットを終えた美容師さんが言う。
「……あら、すごい可愛いじゃない。私といい勝負できるわ」
「驚きましたわね……」
カットを終えたニトの姿を見るなり、アルルとローナが息を呑む。
美容室の椅子に座っていたのは、いつもの野生児のように髪を無造作に下ろしていたニトの姿からはまったく想像できない美女だった。つややかに光る茶色い髪が、ハーフアップで可愛らしく結ばれている、一見、色白のおしとやかなお嬢様にしか見えない——そんな姿へと変貌していた。
「そ、そうか? なんかよくわからんけど……」
「ふむ、すごいじゃないかニト! 見違えたぞ!」
レゼリアもまた、ニトの姿を見るなり興奮したように声をあげる。
「そうですよ、ほら鏡で見てください」
美容師に差し出された鏡を見つめるなり、ニトは驚き——
「おい、誰だよこれ!」
「アンタよ」
「俺!? ぜんぜん違うぞ!」
「これなら、もう見た目は完ぺきね! あとは当日を迎えるだけだわ!」




